刑法234条、威力業務妨害罪とは、威力を用いて人の業務を妨害した者に対する処罰であり、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処される。
「○○駅に爆弾を仕掛けた」などとの偽の情報をインターネットに流し、警察に本来必要のない警備や警戒をさせた場合などに適用される。しかしながら、不必要な警戒にあたらせたことによる警察に対する業務妨害は逮捕はされても起訴された例はほとんどない。
平成27年4月24日夜、福井県小浜警察署に40歳の無職、山本泰雄なる人物が自首してきた。去る22日に首相官邸の屋上で発見されたドローン落下事件の犯行を認めてのことだ。動機は政府の原発政策に対する抗議だと言っている。
過去にホワイトハウス敷地内でのドローン墜落事件があり、ドローンによるテロ行為に警鐘が鳴らされたばかりの事件であったために、警察の空の警戒態勢の不備が露呈された。さらに、このドローンには発煙筒とともに放射性危険物を表わすシールの貼ってあるプラスチック容器が取り付けられており、放射性セシウムが検知されたために国をひっくり返すような大騒ぎになった。
ところで、ここ数年話題に上ってきてこの事件で一躍有名になったドローン( Drone )は今回の犯行に使われた4発の無人ヘリコプターのことを指すのではない。無人で飛行が可能な航空機の総称でUAV( Unmanned Aerial Vehicle )とも呼ばれる。
従来のラジコン飛行機やラジコンヘリコプターのようにコントローラーによる遠隔操縦ができるほか、ナビシステムとコンピュータによる制御で、あらかじめ定められた飛行経路を自力で飛翔することができる。
今回の報道で「ドローンが悪用された」と言う報道が少なくないが、実はドローンはもともと人的損傷なしに敵陣営に対して攻撃や偵察をするために開発されたれっきとした軍事兵器なのだ。
開発の歴史は第1次世界大戦に遡る。第2次世界大戦の頃から開発が本格化して、現在では全幅30メーターに及ぶ大型のドローン、MQ-1プレデターがアフガニスタンのタリバンやイスラム過激派テロ組織に対する攻撃に使用されている。
したがって、最近の物流現場での利用は軍事兵器の平和転用であって、今回の方が本来の目的にかなった使用法なのである。
さて、山本容疑者の自供によるとプラスチック容器の中には福島の放射能汚染土を入れたという。しかし、その放射能は政府が国民の不安をそらすためによく用いられた言葉「直ちに健康被害を及ぼすほどではない」程度のものだった。
しかし、彼は4月9日未明に官邸屋上に落下させたと述べているから、それが本当だとすると、2週間近く首相官邸の頭上に福島の汚染土が載っているのに気付かなかったにことなる。
もしこれが高濃度の放射性物質であったら、または炭疽菌やサリンなどの生物・化学兵器であったらと考えると、空恐ろしさを感じる。オウム真理教を生んだ我が国、またダーイシュ(ISIS)から敵性国家と名指しされた現在、ドローンを利用した空からのテロ行為に対してはもっと厳重な対策が必要であろう。
国家の安全に大いなる警告を与えた今回の事件。さて山本氏に対する処罰はいかなるものになるだろう。
まずは官邸の上空を無許可でドローンを飛ばしたことに対しては航空法違反が考えられるが、同法では航空機の飛行に影響を及ぼす行為を禁じているだけだ。そしてその目安は高度250メーターとされている。このため、近くの駐車場から飛ばしたと考えられる今回の事件はおそらく数十メーターの高さしか飛んでいないと思われるので航空法に抵触することはなさそうだ。
傷害罪(刑法204条~208条)は誰にも傷害を与えていないので端から無理。放射性セシウムが検出されたとはいっても、その量は「直ちに健康被害を及ぼすほどではない」量であり、しかも普段人が立ち入らない屋上への放置なのだからとても傷害とは言えない。
次に建造物侵入罪(刑法130条)。しかしこの法律も正当な理由なく人が建造物に侵入する行為に対して適用されるため、人の乗らないドローンの落下では同法は適用されそうもない。
次いで公務執行妨害罪(刑法95条)。官邸はまさに公務の集中する施設だから同法の適用も考えられるが、落下したドローンは執務中の官邸職員や警備にあたっている公務員になんら危害を加えてはいない。したがって、この法律の適用も困難と思われる。
唯一抵触すると考えられるのが冒頭に述べた威力業務妨害罪だ。プラスチック容器に放射性物質のマークが貼られていた。その量が僅かであったとしても人に脅威を与えるには十分だと考えられる。したがって人に脅威を与える汚染土入りのプラスチック容器を積んでいたことによって、官邸機能に障害を与えたわけだから同法が適用されると思われる。
威信を失墜させられた格好の警察組織は何が何でも立件に持ち込みたいだろう。また、裁判所も治安を揺るがして世間を騒がせた点から有罪判決を出すことも想像できる。
しかし山本氏は確信犯である。彼はこの行為によって、安倍政権の詐欺まがいの原発再稼働推進政策に一石を投じたかったのだから、むしろ起訴されることを望んでいるのではないだろうか。
私は彼の行為を正当だとは言わない。しかし、弱者には目もくれず、資本家の利益のためならば強権をふるって、言論を統制してでも自らの政策を押し通す安倍政権。官邸周辺のデモに対しては「うるさいゴミめ!」と嘯いているそうだから、彼らに対してはこのような示威行動もやむを得ないのかもしれない。
結局実際には誰にも被害を与えることなく、浮かれて木に登った豚さんたちに冷や水を浴びせ、しかも潔く自首した今回の行動に、私はむしろ喝采を浴びせたい気持である。
官邸の浮かれ豚さんたちだけでなく、原子力村の住民、電力関係者、経済界の面々も、今回の事件を機に、増え続ける放射性廃棄物、何十年にもわたって失われる土地、そこに住んでいた人々の暮らしに、ほんの僅かでよいから思いをはせてほしいものだ。
そして改めて考えてみよう。「国益とは何か」を。