投稿日:2014年12月8日|カテゴリ:コラム

取り締まりの強化を嘲笑うかのように、このところ危険ドラッグがらみの事件が急増している。池袋で起きた事件のような交通事犯は全国各地で起きているが、それより多いのが急性中毒で意識不明に陥ったり、幻覚・妄想に支配されて自傷して救急搬送されるケースだ。
交通事故死は含まずに、危険ドラッグが直接的な死因とされる死亡者だけでも12012年8人、2013年9人だったのが今年は11月末までで既に111人と急増している。
さらに、先日はアパートの隣室に住む女性をナイフで刺して重傷を負わせた事件も報道された。朝、突然隣室に住む男が侵入してきて意味不明の奇声を発しながら顔などを切り付けたという。犯行後、田中勝彦容疑者(31歳)は逃げもせず自室にいる所を現行犯逮捕された。逮捕後の取り調べ段階でもまだ薬の影響下にあり、興奮して「しぇしぇしぇのしぇ~~~」などと意味不明の発言を繰り返していたが、薬が切れた後は「何も覚えていない」と容疑を否認したまま送検された。
本人の主張が正しいとすれば、被疑者は犯行時に意識障害があったと考えられる。意識障害下では正常な事理弁識能力が備わっていたとは考えにくい。それ以上に行動制御能力が大きく損なわれていたと考えられる。
となると刑法第39条1項が適用されて傷害や殺人未遂については無罪となる可能性がある。責任能力を厳しく判定したとしても第2項が適用され、心神耗弱時における犯行として大幅に減軽される可能性が高い。
田中が確実に裁かれるのは危険ドラッグ取締法違反だけである。危険ドラッグに対する法律は平成26年4月に改正されて、指定薬物については所持、購入・譲り受け、使用が禁止されて、違反すれば3年以下の懲役または300万円以下の罰金に処せられることになった。この他、国が指定した薬物以外でも各都道府県が独自に指定した薬物はそれぞれの条例によって取り締まられる。
しかし、懲役3年では、なんの瑕疵もないのに顔を切り刻まれた女性の恐怖と苦しみを癒せるとは到底考えられない。
刑罰は被害者感情に報いるだけが目的ではない。同様の犯罪の発生を防止し、社会の安寧を保つという保安的意味もある。この点からも現行の量刑は軽すぎるのではなかろうか。
さらにアヘン戦争に見られたように、こういった薬物の蔓延は社会秩序を混乱させるだけでなく、直接的にも国力を大きく損なう。なぜならば、こういった薬物に耽溺したものは生産性のある社会活動から脱落する。労働力が奪われるのだ。
しかも、生産性が落ちるだけではない。依存性の強い薬に溺れた者はたとえ止めたとしても、その後も死ぬまで後遺症を示して働き手に復帰することは困難だ。そういった者の多くは我々の税金で賄われる生活保護で命を長らえていく。
つまり、この手の薬の乱用者はまっとうに働く私たちにとって経済的に二重の重荷になる。もし、意図的に我が国にこういった薬を持ち込むとしたら、それは我が国に対する武器を使わない戦争行為とも言える。
以上を鑑みれば、違法薬物に関わる現在の量刑はあまりにも軽すぎると言える。

薬物がらみの犯罪では、犯意の有無の認定が問題となるだろう。たとえばAが酩酊状態でBを殺害したとする。両者が全く縁も所縁もなく、行きずりの殺人だとすれば、酩酊状態を勘案して減軽も妥当だろう。だがもし、日頃からBに対して恨みを抱いており、殺意を持った状態で飲酒をしたうえに殺害したとなると、飲酒は減軽の理由にはならないと考える。
だが、心の奥底の犯意は本人と神のみぞ知るであり、他人には本当のところは知り得ない。計画的な殺人であるのに減軽を目論んでわざと犯行前にドラッグを使うような悪質な人間がいないとは限らないのだ。
したがって、犯行時の責任能力の有無ではなく、薬物使用時の責任能力で判断するほうが良いのではないかと考える。つまり、その物が危険ドラッグであり、それが極めて重大な結果を招くことを認識していながら製造、譲渡、売買、使用した時点で責任能力ありと判定すべきだと考える。

以前は脱法ドラッグと呼ばれた危険ドラッグとは実に多種存在する。主なものは合成カンナビノイド(THC、AM-2201、AKB-48、5F-PB-22など)、アンフェタミン、メタンフェタミン、MDMA、カチノン類(カチノン、メトカチノン、メチロン、MDPV、メフェドロン、α-PVPなど)、エフェドラ、ニトライト、ブプピロン、5-APDB、メスカリン、トリプタミンだが、次々と新しい構造の薬が開発されている。中でも中枢神経刺激・覚醒系のカチノン類の新手が次々と開発、合成されている。
現行の法律では主成分が指定薬物であることが特定されないと取り締まりができない。これが危険ドラッグ撲滅を困難にしているもう一つの理由だ。
特定薬物の指定が危険な薬物の開発に追いつかない現状を打破すべく、鳥取県では成分が特定されなくても興奮や幻覚を引き起こす恐れのある薬物については「危険ドラッグ」として取り締まりができる条例を制定した。
有益な新薬の開発などに支障をきたすという意見もあるが、原則禁止にして、研究者などには例外的に免許を与えればよいように思う。
鳥取県の条例は危険ドラッグに対する一つの実験的な取り組みで是非とも成功してほしい。

私たちの生活に脅威を与え、国を亡ぼす薬物は包括的に取り締まるべきである。また、それに違反した者に対する刑罰はそういった薬物を所持、製造、売買、譲り受け、使用しただけで少なくとも懲役10年以上の厳罰に処すべきではないかと考える。

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