投稿日:2014年5月5日|カテゴリ:コラム

ハッブル望遠鏡、COBE探査機、赤外線望遠鏡、CERNの大型ハドロン加速器などなど宇宙や素粒子の分野での研究が急速に進歩している。その結果、現在の宇宙の状況や宇宙誕生直後の様子、さらには宇宙の将来像に関して数多くの有力な情報が得られてきた。
こうして宇宙のことが分かってくればくるほど、究極的な謎が深まる。それはなぜこの宇宙は人間の生存に適した状態に発達したのかという疑問である。この宇宙はまるで人間のために最初からデザインされたのではないかと思えるほどに、我々に奇跡的なバランスを提供してくれているのだ。

宇宙誕生の時、真空から様々な粒子が誕生した。何もない状態から物が生まれるのだが、すべての性質が真反対の粒子が同時に誕生する。たとえば電子と陽電子だ。だが、マイナスの電荷をもつ電子とプラスの電荷をもつ陽電子はすぐにぶつかって光(γ線)を発して消滅してしまう。
だから本来は、いくらものが生まれてもすぐに消滅してしまう。生成と消滅を繰り返す真空の状態が続いて、この宇宙には物質が存在できないはずである。
だが、宇宙の始まりの時、粒子の方が反粒子よりも数億個分の1個だけ多かったらし(対称性の破れ)。このほんの僅かな不均衡が成長して粒子の集まった物質で構成される現在の宇宙が出来上がった。このほんの僅かな非対称性がなければ夜空を飾る星々も、地球も、そしてもちろん私たち人間も存在しえない。
天の川銀河の中心にある巨大ブラックホールは現在休息中なのか、周囲の物質をあまり飲み込んでいない。またそもそも太陽は銀河中心から遠く離れた辺境に位置するので惑星が存在できる。
地球の太陽からの距離も絶妙としか言えない。今よりも近ければ地球は灼熱の岩石惑星であっただろう。遠かった場合には凍てついた氷の惑星であって、生命のゆりかごである液体の水が存在できなかっただろう。
地球の質量も人間の注文通りに量り売りされたかのようである。もし、質量がこれ以上重かったとすると水素やヘリウムだけでなく、もっと重いメタンやアンモニアなどの有害ガスがひきつけられるために、生物が生息可能な大気成分を維持できない。また、引力が強くなるために、宇宙に漂う隕石を今よりもはるかに多く引きつける。そうなると隕石の落下が日常的となる。これまた高等生物の生存は危うい。
質量が小さかった場合はもっと悲劇的だ。引力が弱くて大気を引き留めておくことができないので、空気は存在できない。太陽からの距離だけを考えれば、充分に生物が生息可能なのに火星が不毛の惑星であるのは、主として質量が地球の半分しかないことによる。
このように、もし自然法則やその中に登場する物理定数が僅かでも違えば、人間のような生命、それを構成している原子、そしてこの宇宙自体、今のように安定して存在しえなかったのである。
給料が安いとか、親兄弟が自分のことを理解してくれないだとか、子供の成績が思った通りに上がらないだとか、現在の自分の境遇に不平不満を持つ人が多いが、宇宙の時間、空間的な視野で考えた場合、我々が生存できること自体が奇跡的であるということを理解できるだろう。その事実を踏まえれば、私たちの不満がいかにちっぽけなものであるかもお分かりいただけると思う。
ではこの、絶妙の配剤はどうしてデザインされたのだろうか。あまりにも奇跡的な条件の積み重ねを目の前にしたとき、神を思い描く人が少なくないだろう。確かに、現在の地球環境を考えると、神が人間のためになした業と考えても不思議ではない。
アインシュタインが量子力学の確率論的な考え方に異論を唱える際に「神はサイコロを振ってすべてを決めない」といったのは有名だ。物理学の巨人アインシュタインでさえ、究極の段階になると神を持ち出さざるを得ないのかもしれない。
神のような超越的な存在を仮定しないで宇宙の絶妙のバランスを説明する方法が「人間原理」だ。人間原理は「この宇宙が人間に適しているのは、もうしそうでなければ宇宙を観測することができないから」という考え。
実際には人間が存在できない宇宙が無数あるのだが、宇宙を観測する者が存在できない宇宙では、その宇宙自体を認識できない。だから認識できる宇宙は必ず人間のような知的生命体が存在可能な絶妙なバランスで構成されていると考える。
最近の宇宙物理学の計算によると宇宙は無数存在し我々の宇宙はその中の一つである可能性が高くなってきている(マルチユニバース)。他の宇宙の中には我々とそっくりの宇宙が存在し、そこには私たちのそっくりさんが別の人生を歩んでいる可能性もあるらしい。
また、ホーキングによるとこの宇宙の始まりと考えられる時点より以前に時間の流れが逆の宇宙が存在した可能性がある。ただ、その現象は決して観測できない。なぜならば、人間が宇宙を観測する時、人間の脳に記憶されるが、時間が逆転すると記憶は失われていくので、観測が不可能になる。したがって私たちの宇宙で、時間が過去から未来への一方通行でしか流れないのは、人間がそのような時間の流れの宇宙しか観測できないからだとホーキングは主張している。

神が存在しないとこの宇宙が生まれなかったのか、はたまた私たちの宇宙は無数の宇宙の中のとてもラッキーな一つなのか、現時点で結論は出せない。しかし、どちらであっても、とてもロマンチックなことだ。

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