投稿日:2014年3月10日|カテゴリ:コラム

先週このコラムで言論の統制化傾向を警告した。これをもう少し詳しく説明する。
よく誤解されているが、NHK(日本放送協会)は、けっして中国の中国中央電視台や北朝鮮の朝鮮中央放送のような国営放送ではない。言論が国家権力のプロパガンダ機関に貶められないよう、視聴者の受信料で運営されている社団法人なのだ。
では、国の影響を全く受けないかといえばそうではない。NHKを運営する最高機関、経営委員会は衆参両院の同意を得て総理大臣が任命する12名の委員によって構成される。役員の職務の監査をする監査委員会は経営委員会の委員の中から委員会が任命する3名で構成される。
実際の放送実務を指導、監督するのは理事会(理事10名)である。だが、この上に会長が協会の代表として業務を総理する。つまり、理事会の上に君臨するのだ。この会長は経営委員会の議決により選任され、副会長は経営委員会の同意を受けて会長が個人的に任命する。
この組織図からすれば、反動的発言を繰り返し、公共放送を牛耳ろうとしている籾井会長は極めて民主的に選出されたように見える。だが実際には、安倍は経営員に自分の意向に沿った人物を次々と送り込み、経営委員会を傀儡化している。そうしてその委員会によって専横的な籾井を任命させたのだ。結果として公共放送を国営放送化しようと企んでいた。
だがこの籾井、安倍が見込んでいたほど狡猾でなかったために、理事全員に日付を空欄にしたままの辞表を提出させるというあからさまな行為に出てしまった。これで大騒ぎとなった。早晩、籾井は辞任せざるを得ないだろう。

安倍は現行憲法下における集団的自衛権行使の可能とするように、憲法の公式解釈を変更しようと企んでいる。安倍はその目的のために、内閣法制局長官に元フランス特命全権大使の小松一郎という外務官僚を任命した。小松氏は外務省時代から憲法9条が集団的自衛権を否定するものではないという持論を展開していた。安倍にとってはうってつけの人材だった。
内閣の1局の人事を総理大臣が取り計らうことは適法であり、何ら問題はない。しかし、
我が国に戦火をもたらすかもしてない重要な事項の審査・決定の責任者に自分の意向に沿った人物を当てるのはいかがなものだろうか。
しかも、安倍はこの問題を最終的に閣議だけで決定すると豪語している。「自分は先の選挙で国民から全権委任されているのだから、俺の決定は国民の決定だ」という理屈だ。驕り以外のなにものでもない。連立与党の公明党が難色を示しているが、おそらく強引に決定してしまうだろう。
これもよく誤解されているが、憲法とは国が国民に強いるものではない。逆に、主権者たる国民に対する国家の義務責任を規定したものだ。「国は国民にこういうことをやります。こういうことはやりません。」という誓約書のようなものなのだ。憲法によって縛られ、それを順守しなければならない立場の国(政府)が、自分たちだけで勝手に解釈を曲げることを許すということは、「盗人に鍵を預ける」がごときであり、断じてあってはならないことなのだ。

安倍は「原子力発電を重要な基本電源」と位置付ける内容のエネルギー基本計画が3月中に閣議決定しようとしている。現在停止中の原子力発電所の速やかな再稼働まで言及している。エネルギー基本計画とは我が国の中長期的なエネルギー政策の指針である。今回の基本計画が決定すれば、2011年3月11日の東日本大震災に引き続いておこった福島第1原発メルトダウン事故以来、与論に広がっていた脱原発の潮流を大幅に後退させることになる。
この原子力政策変換に対しては野党、民主党、共産党のみならず与党、自民党、公明党の中からも異論がでている。
しかし、これも強引に中央突破するだろう。最近になってから、原子力村(原発で利権を受けている多くの企業、団体)の攻勢は凄まじいものがある。原発推進派の議員に対する援助の増額と同時に、反対派に対する様々な形の締め付けだ。たとえば、原発即時廃絶の急先鋒に立った小泉元首相が顧問を務める諸団体への企業からの寄付がストップされたと聞く。
原子力規制委員会の学者たちに対する水面下のなだめすかしは強烈さを増すだろう。肝心の安倍が原子力村の代弁をするのだから原発再開も遠くないと思われる。

世界の主導者はもう皆、私と同様に第2次世界大戦を実体験したことのない世代になった。彼らは戦争の悲惨さを痛感していない。だから、戦争へのブレーキが甘くなってきた。いざとなったら戦争もやむなしという結論に達しやすい。
安倍はその最たる人物だろう。彼はA級戦犯となりながら、アメリカ側との何らかの取引で釈放され、のちに総理大臣にまで上りつめ、「昭和の妖怪」と呼ばれた岸伸介を祖父に持つ。本人は女好きの軟派であるのに、岸の孫であることだけを拠り所に、保守本流の硬派の政治家を演じている。この実体と仮面のかい離が、彼を極めて危うい外交に走らさせているように思う。
彼の増長は主権者たる国民の責任も大きい。太平洋戦争の後全く戦火の経験のない我が国では、戦争をテレビの画面に映し出される非現実的なゲームのようにしか受け止められない人が多くなった。こういう人たちは威勢のいい発言が大好きだ。
彼の暴走をこのまま見過ごすならば、我が国の政治は急速にファシズム化するだろう。そうなってしまって悔やんでも遅い。一刻も早く、この反民主、半平和の流れを断ち切らなくてはならない。

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