投稿日:2015年10月12日|カテゴリ:コラム

世の中にはその人の偉業を讃える様々な賞がある。叙勲、文化勲章、学士院賞、ガードナー国際賞、フィールズ賞などなど数え上げたらきりがない。その中でもやはりノーベル賞は特別な存在だ。選考基準があいまいな文学賞、経済学賞、また政治色が濃すぎる平和賞はともかくとして、医学・生理学賞、物理学賞、化学賞は自然科学の研究を志す者にとってはやはり最高峰の賞と思える。
連日、日本人研究者のノーベル賞受賞の報が届いて、街は俄かに祝賀ムードで覆われている。医学・生理学賞を受賞した大村智先生とその受賞対象となったエバーメクチンについては恥ずかしながら全く知らなかった。医師として恥ずかしい限りだが、対象疾患が我が国ではお目にかからないオンコセルカ症とかフィラリヤ症といった寄生虫症なのだからお許しいただきたい。
大村先生の業績については新聞で知っただけなのだが、伊東の川名ホテルゴルフ場の土壌から大村先生が発見したこの薬剤によって年間3億人の人を失明の危機から救っていると聞いて、彼の業績の偉大さに驚いている。
自分の発明したダイナマイトをはじめとする爆薬が兵器として利用されたことを悔い、遺産を人類のために貢献した人に与えるとしたアルフレッド・ノーベルの遺志に適った素晴らしい研究だと思う。
物理学賞を受賞した東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章先生のニュートリノ振動の発見も与えられて当然の偉大な発見である。
現代の素粒子物理学は宇宙を支配する4つの力、重力、電磁気力、強い相互作用、弱い相互作用を統一的に扱うことを求めて進められてきた。だが今のところ重力だけは他の3つの力とあまりにも性質が異なるために同一レベルで扱うことはできない。
しかし、電磁気力、強い相互作用、弱い相互作用の3つは標準モデルという一つの理論で統一することが可能となったと思われてきた。
この標準理論はニュートリノが重さを持たない素粒子だということを前提としている。そこへもってきて、梶田グループがニュートリノもごくわずかだが重さを持つということを証明した。つまりこれまで正しいと考えられてきた標準モデルを考え直さざるを得なくなったのだ。
この発見は絶対時空が存在するという仮定の下で成り立ってきたニュートンの力学を時空もすべて相対的な存在であるとして根底から覆したアインシュタインの業績にも匹敵する。
だが、今回このニュートリノ振動の発見で梶田先生が受賞されたが、実は2008年に死去された戸塚洋二先生主導の共同研究であった。戸塚先生がご存命であれば当然戸塚先生が受賞されたと考えられる。また、さらに遡れば、この研究は2008年にノーベル賞を受賞された小柴昌俊先生のニュートリノの発見に端を発する。つまり、小柴、戸塚と脈々と受け継がれてきたチーム研究の成果と言える。
梶田先生たちの研究は大村先生の研究のように今すぐ私たちの生活になんら恩恵を与えてくれるものではない。しかし、こういった地道な基礎研究がより大きな成果、宇宙はどうやって作られて今後どうなっていくのかという人類究極の課題への道標となってくれる。
ニュートリノについては次回もう少し詳しくお話ししたいと思う。
最近、ノーベル賞に対する批判も耳にするが、やはりお二人の業績は讃えても讃えたりないほどのものである。
大村先生、梶田先生、おめでとうございます。

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