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   <title>クリニック西川 東京都 豊島区 大塚 精神科 心療内科 神経科 内科 神経内科 往診 うつ病 パニック障害 認知症 メンタルクリニック</title>
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   <updated>2010-03-21T15:05:03Z</updated>
   <subtitle>東京都豊島区大塚駅近くにて精神科 心療内科 神経科 内科 神経内科の診療をしているクリニックです。訪問診療も行っております。お気軽にご相談下さい。</subtitle>
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   <title>動かずにはいられない－むずむず脚症候群－</title>
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   <published>2010-03-21T15:02:07Z</published>
   <updated>2010-03-21T15:05:03Z</updated>
   
   <summary>目覚めた時にはなんでもないのに夕方になると下肢を中心にむずむずとした不愉快な感覚...</summary>
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      <![CDATA[目覚めた時にはなんでもないのに夕方になると下肢を中心にむずむずとした不愉快な感覚が起きてくる。この苦しみから逃れるために脚を動かしたいという強い欲求が起きてじっとしていられなくなる。ベッドに入る頃になると、その異常感覚は激しさを増し、もういてもたってもいられなくなる。もぞもぞ、そわそわ、脚を動かし続けるためになかなか寝入ることができない。明け方近くになるとこの異常感覚が弱くなってきてやっと眠りにつける。しかし、間もなく起床しなければならない。かかりつけの医者から睡眠薬を処方してもらって飲んでもいっこうによくならない。<br />
こういう不眠にお悩みの方はいらっしゃいませんか。あなたは「むずむず脚症候群（Restless Legs Syndrome（RLS））」の可能性が高いのです。この病気についてはすでに昨年のコラムでご紹介しましたが、再度説明したいと思います。というのは、一般の方にまだ十分に知られていないことと、最近新しい治療薬が承認されたからです。<br />
ここで、むずむず脚症候群をもう一度おさらいしてみます。<br />
異常感覚は名前の通り、脚のむずむず感ですが、自覚的には必ずしも「むずむず」という表現だけで表わされるものではありません。「つっぱる感じ」、「ちくちくする」、「ひりひりする」、「むずがゆい」、「虫が這う感じ」、「痒い」、「火照る感じ」、「ピンでなぞられている感じ」、「針で刺されている感じ」、「痛い」、「振動みたい」などさまざまです。出現部位も脚だけではなく、腰や背中にも出現しますし、上肢に異常感覚を感じる患者さんも稀ではありません。中年以降に発症して、男性よりも女性の方が1.5倍かかりやすいことも分かっています。<br />
不眠症の原因疾患として取り上げられるむずむず脚症候群ですが、本体は一般的な睡眠障害と違って、睡眠覚醒機構そのものにある訳ではありません。この病気の本体はどうやらパーキンソン病などと同様に、不随意運動をつかさどる錐体外路系の神経機構の異常にあり、この病気でも脳内のドパミンの機能異常が主な原因であるらしいのです。<br />
むずむず脚症候群の患者さんの85％以上に周期性四肢運動が認められます。周期性四肢運動とは手足の筋肉が20～40秒間隔で0.5～5秒の持続で不随意にぴくぴくする症状です。このうち、睡眠中に起きる短持続の不随意運動は以前、夜間ミオクローヌスと呼ばれて不眠の原因の一つとされていました。その後の研究でもう少しゆっくりしたディスキネジアと呼ばれる運動も見られるし、覚醒時に起きることもあるので周期性四肢運動と呼ぶようになりました。<br />
周期性四肢運動が不随意運動をつかさどる錐体外路系の機能異常であることは疑いがありません。治療的にもクロナゼパムという抗てんかん薬やドパミン製剤が有効なことからも理解できます。<br />
むずむず脚症候群にこの周期性四肢運動が高率に合併すること、また同じくクロナゼパムやドパミン製剤が有効なことが、「むずむず」という異常感覚が主訴であるにもかかわらず運動機能系の機能異常が根本問題であると考える根拠の一つです。<br />
症状が似ているために鑑別が必要な疾患にはアカシジア、睡眠時クローヌス、夜間ディストニア、線維筋痛症、多発性神経障害、下肢の血行障害、うつ病などがあります。臨床的な鑑別は習熟した専門医でないと難しいので、むずむず脚症候群患者さんには誤った診断、治療を受けて長期間にわたって苦しんでいる方が少なくないと思われます。<br />
中でも、精神症状として分類されるアカシジア（起座不能）との鑑別はかなり困難です。アカシジアはドパミン受容体拮抗薬である抗精神病薬の副作用として出現することが多い病態です。日本語の病名が示すとおり、座っても立ってもいられない状態です。<br />
むずむずした感覚が下肢を中心に起こりじっとしていられません。絶えず脚を動かして、足踏みをしたり頻繁に体位を変換したりします。同時に心拍数が増加して息切れがする。精神的には強い不安、いらいらによって不穏状態となります。治療は原因となっている抗精神病薬を減量あるいは中止することですが、そうできない時には抗ヒスタミン薬、抗コリン薬、&beta;ブロッカーを併用します。<br />
ドパミンの機能低下が一時的原因であることも共通しているので両者は同一の病気であるという意見もありますが、アカシジアはじっとしている時に限定して起こるわけではなく、むずむず脚症候群と違って午後から夜間にかけて悪くなるという症状の日内変動がありません。発生部位も下肢に限らず上肢、顔、舌など広範囲に起きます。このように幾つかの点で大きな違いがあるために両者の関係については未だ最終結論が出ていません。<br />
ドパミン機能異常による病気の本家本元であるパーキンソン病との関連性も今後の研究の課題として残っています。<br />
むずむず脚症候群の治療は、パーキンソン病と同じようにドパミン製剤が有効ですが、量的にはパーキンソン病よりもはるかに少量で済みます。さて、<br />
これまで厚労省は実際には有効な薬なのに、保険診療における使用を認めてきませんでした。そうなると本来は患者さんたちに自費で支払ってもらわなければなりません。しかも現時点では混合診療は禁止されていますから、その薬の分だけを実費でいただくと言うやり方さえ許されていません。<br />
そうはいっても現実的には診察料をはじめその日の診療費のすべてを自費で支払っていただくわけにもいきません。そこで私たちは保険審査の目をかいくぐるためだけの病名をつけることになります。それを「保険病名」と呼びます。<br />
この保険病名は違反行為ですので表立って言うことはできません（今言ってしまいましたが）。でも実際の臨床では、そうしなければ患者さんの治療ができないのが実態です。ですから保険病名の使用は、むずむず脚症候群に限らず、あらゆる病気の治療で行わざるを得ないのが現実ですから、私がここで書かなくてもすでに公然の秘密です。<br />
むずむず脚症候群の患者さんの場合にドパミン製剤を使用する場合には「パーキンソン病」という保険病名をつけていました。ところがこの度、プラミペキソールというドパミン作動薬の効能・効果に晴れてむずむず脚症候群が認められました。<br />
これから私たちは嘘を吐かずにむずむず脚症候群の治療をすることができるようになったのです。むずむず感や通常の睡眠導入薬で改善されない不眠でお困りの方は専門医を受診することをお勧めします。
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      <![CDATA[<br />
<strong>【当クリニック運営サイト内の掲載記事に関する著作権等、あらゆる法的権利を有効に保有しております。】</strong>
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   <title>違法行為を強いられる在宅医療</title>
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   <published>2010-03-14T22:40:46Z</published>
   <updated>2010-03-14T22:49:21Z</updated>
   
   <summary>2006年の道路交通法の改正によって駐車違反の取り締まりが強化されてほぼ4年が経...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[2006年の道路交通法の改正によって駐車違反の取り締まりが強化されてほぼ4年が経ちます。私のクリニックの前の通りではめっきり駐車している車の数が減りました。300円投入すると30分間駐車できるスペースにも車の姿を見かけません。そんながらんとした通りを駐車監視員（緑のおじさん）が暇そうにぶらぶら散歩をしています。<br />
のんびり散歩をして健康保持のためになり、しかも給料をいただけるのですから、駐車監視員は退職後の再就職先としてうってつけのように思います。<br />
さて、この厳しい違反駐車の取り締まりによって通行の迷惑になる駐車がなくなるのはありがたいことですが、さほど邪魔になるとは思われない場所に止まっている車や業務上やむを得ず、ほんの短時間止まっている車に対しても、杓子定規に違反切符を切るやり方は乱暴であり納得がいきません。<br />
わが国の道路交通行政は現実に則していないものが数多くあります。この駐車違反はその代表例です。都内の道路は隅から隅まですべて駐車禁止です。クリニックのすぐ近くに計画途中で中断した片側3車線でどん詰まりの道路があります。両側にこれといった商店もなく、場違いにだだっ広い全長200メートルほどの通りはめったに車が通りませんから、ここに駐車しても誰にも迷惑がかからないと思うのですが、こんな道路にさえ駐車禁止の標識が立っています。<br />
あらゆる道路が駐車禁止になって、緑のおじさんが歩き回っていては路肩への駐車は不可能です。つまり、私たちは駐車場が完備した場所以外には車で出かけられないということになります。<br />
以前、Ｆ1レーサーであった中島悟さんがテレビ番組で我が国の道路行政を痛烈に批判していました。「私たちレーサーは走ることが目的です。しかし、一般の車のユーザーは走ることそのものが目的ではありません。別の目的を果たすための移動手段として車を運転するはずです。だから、ずっと走り続けることはありません。言い換えるならば駐車するために走るのです。それなのにこの国では走らせても止めさせない。一般の人に公道でカーレースをしろと言うのでしょうか？」<br />
<br />
私は開業から20年間、ずっと往診を引き受けてきました。当時は今のように声高に「在宅、在宅」と叫ばれるずっと以前で、在宅診療に対する報酬もずっと低かったので、多くの開業医は往診を好んではいませんでした。<br />
私も積極的に在宅医療を心がけたわけではありません。口コミで聞き付けた人からの依頼に応じているうちに、いつの間にか週に1日半を往診に充てなければならないほどに膨れ上がってしまったのです。<br />
やがて、在宅医療に高い診療報酬という人参が吊り下げられると、我も我もとこれに飛びつく医師が急増しました。それに反比例して私へのリクエストは減ってきました。今は最盛時の半分程の例です。でも、先日還暦を迎えた私には真冬の雨の中の往診が相当にこたえるようになってきていたので、これ幸いと往診を減らしていこうと考えていました。<br />
ところが、精神科で往診をする医師は今でも少ないらしく、どこからか聞きつけて時々依頼があります。そういう依頼は誰もが引き受けたがらないような難しいケースです。なかなか楽をさせてもらえません。<br />
豊島区は昔の農道がそのまま道路になっているようなところが多くて車での往診はなかなか困難です。そこで往診をするにあたってキャノピーを購入しました。ピザの配達に使用されている50ccの原付三輪車です。これにまたがって豊島区、文京区、板橋区を走り回っていました。15,000kmほど走行するとパワーが落ちて急な上り坂で青息吐息になったので、数年前にバイクを買い換えました。<br />
どうせ走るならば少しは快適にと思って、2代目は改造して屋根を付けたビッグスクーターを選びました。ワイパー付きでハンドルグリップにはヒーターも装着してあります。これで厳しい冬の辛さが軽減されました。こうして少しでも快適に往診業務を遂行できるように工夫してはいるものの、いまだに往診の度にひやひやと気が気でないことがあります。それはいつ何時私のスクーターに駐車違反のステッカーが貼られやしないかという恐怖です。<br />
往診をする医師は警察に申請すれば警視庁所管の「駐車禁止・時間制限駐車区間規制除外車両標章」というステッカーを発行してもらえます。これは駐車禁止の場所に駐車しても違反切符を切られないためのステッカーです。そんなものがあるんだったら、それを利用すれば問題ないのではないかと思われるでしょうが、それがそうともいかないのです。<br />
このステッカー、昔は簡単な手続きで発行してくれました。ところがここ十年ほどは、毎年嫌がらせのように提出書類の数を増やして面倒にして取得しにくくされてきました。<br />
それよりも、もっとも根本的な問題は、このステッカーを発行するための要件が「緊急往診に限る」となっていることです。つまり、在宅医療で定期的に往診するケースは対象外なのです。ですから、「申請の理由」欄には「心筋梗塞とか脳卒中のような病気を書かなければ認められません。私のように「認知症」を診察する時はこのステッカーを利用してはいけないのです。つまり、警察庁は在宅医療を推し進めようとする厚労省の方針を全面否定しているのです。<br />
さらにこのステッカー登録対象はあくまで自動車であって私の往診用スクーターは申請することさえできません。今や世界中で温暖化ガスを排出する化石燃料の使用量の減少に躍起となっています。人一人が移動する際に排気量2,000cc以上で重量が１トンを超える四輪車に乗るよりも、250ccのスクーターを利用する方が環境に優しいことは火を見るより明らかです。にも拘わらず警察庁の方針はこの環境対策の一大潮流にも真っ向から逆らうものです。<br />
<br />
今のところ、「往診中」と手書きしたステッカーを作って、往診中バイクに置いています。しかしそんなものは法的には何の効力もありません。私は往診をするたびに違法行為を繰り返さざるを得ないのです。診察中に運悪くサディスティックな婦警か責任感の強い緑のおじさんが通りかかったら問答無用で違反ステッカーを張られてしまいます。そしてこのまま在宅診療を続けていれば必ずその時がやってくるでしょう。<br />
この他にも、円滑で安全な交通の確保を目的に駐車禁止としておきながらお金を支払えば駐車を許すパーキングエリア。国民の健康増進の目的と称しているものの税収の増加が本音の煙草税の値上げ。物事に本音と建前がつきものとは言うものの、この国の行政の在り方にはこのギャップが大きすぎます。<br />
この国は一体私たち国民をどこへ導こうとしているのでしょうか
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      <![CDATA[<br />
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   <title>臨時休診のおしらせ</title>
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   <published>2010-03-12T23:49:41Z</published>
   <updated>2010-03-14T15:08:31Z</updated>
   
   <summary> ご迷惑をおかけ致しますが、学会出席のため下記の期間、臨時休診とさせて頂きます。...</summary>
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      <![CDATA[<p>
<strong>ご迷惑をおかけ致しますが、学会出席のため下記の期間、臨時休診とさせて頂きます。<br />
<span style="color: #ff0000">臨時休診日：３月２３日（火）</span><br />
<span style="text-decoration: underline">なお、２１日（日曜日）、２２日（春分の日の振替休日）ですので３月２１日から３日間休診となります。</span><br />
お薬が切れることのないように、予め、調整致すつもりですが、<span style="text-decoration: underline">診察をご希望の方は３月２０日（土）以前に御来院下さいますようお願い申し上げます。</span><br />
ご迷惑をおかけしますが何卒お許し下さいますようお願い申し上げます。</strong>
</p>
<p align="right">
平成２２年１月
</p>
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   </content>
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   <title>対数的視点</title>
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   <published>2010-03-07T22:02:05Z</published>
   <updated>2010-03-07T22:54:36Z</updated>
   
   <summary>ハイチ、チリ、台湾と大地震が立て続けに起きました。それぞれの地域における地震発生...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[ハイチ、チリ、台湾と大地震が立て続けに起きました。それぞれの地域における地震発生の周期が異なるので直接的な関連性はないと思いますが、巨大地震のエネルギーが他のプレート境界面にさざ波のように伝わって次の地震が誘発されることは否定できないのではないでしょうか。数多くのプレートがせめぎあい、普段から地震の多発する我が国に波及しなければよいと願います。<br />
阪神淡路大地震の直後で地震の話題でもちきりの頃、一言居士の友人Ａが「本当に怖い大地震はないんだよ」と言っていたのを思い出しました。Ａは怪訝顔の私に「巨大地震の震源近くにいた場合には怖いと感じる前に死んでしまう。怖いと感じられる時間的余裕があるのはそれほど大きな揺れではない証拠なんだよ」と得意げに解説しました。<br />
最初の一撃では九死一生であっても、身動きがとれなくなってその後の火災で焼き殺される被災者が多いと言いますから、Ａの説は正しいとは言えませんが、地震の実際の大きさと自覚的な恐怖との関係を説明する上で、中らずと雖も遠からずの名言ではないかと思います。<br />
さて地震の大きさを表す尺度は沢山ありますが、被害規模を基準にした震度と地震のエネルギーを表すマグニチュードとが一般的に知られています。この他に耐震設計の際に問題となる、揺れの加速度を表す「ガル」も重要です。<br />
結果としての被害の程度を反映する震度は、その土地の地盤の脆弱性などに大きく左右されるので必ずしも震源地からの直線距離に反比例しません。一方、客観的な地震エネルギーの規模を表す単位がモーメント・マグニチュード（Mw）です。Mwとエネルギーは常用対数と線形関係にあるのでMwが１増えるとエネルギーが10&radic;10、つまり約32倍であり、２増えると1000倍であることを示します。<br />
今回のチリ地震はマグニチュードが8.8で、近代的な観測が可能になった20世紀以降の地震の中で5番目に大きな地震でした。因みに2004年に22万人以上の死者・行方不明者をだしたインドネシア・スマトラ島沖地震は史上3位でマグニチュード9.1でした。観測史上最大の地震は1960年に今回と同じチリで起きた地震でマグニチュード9.5。今回の地震の11倍を超える大きさだったことになります。<br />
では何故地震エネルギーの大きさを単純に30Ｘ、1000Ｘと表記しないで常用対数を使って1とか2とかで示すのでしょう。多くの自然現象が直線棒グラフで表わされる一次関数では理解しがたい動きをするからです。<br />
多くの現象は指数関数的に増加あるいは減少します。ところが地べたを這いつくばって生きている人間は日常的な生活の中で一次関数的な比例の感覚でしか、ものを捉えにくいのです。そこで本当は指数的な現象を頭の中で想像しやすいような値に変換して提示すると分かりやすいのです。この作業が対数化です。つまり対数表示とは神の世界のできごとを私たちの目に見えるようにするための眼鏡の役割をしていると説明している方がいます。とても分かりやすい表現です。<br />
私たちが指数現象を直観することが苦手であることを示す1例をあげます。厚さ0.1ｍｍの新聞紙を100回折りたたむと厚さはどのくらいになると思いますか？答えは1023ｋｍ。言い換えると1010光年（100億光年）です。何と宇宙の果てに近い厚さになってしまいます。この際、新聞紙の広さの方は一辺が原子の直径よりも小さくなってしまいます。<br />
紙を折りたたむという日常的な行動からはちょっと想像できないスケールの結果を生じるわけです。新聞紙を100回も折りたたむことなんてありえない作業ですが、自然界ではこの折りたたみ作業が頻繁に行われているのです。<br />
宇宙創成の歴史は時間的にも空間的にも指数現象です。宇宙誕生から10-44秒後に重力が他の力から分離しました。その後加速度的膨張をして10-4秒後にクォークが閉じ込められてハドロンとレプトンが誕生します。つまり、熱く光に満ちた世界になりました。まっかな火の玉状態の宇宙が今の恒星などを有する宇宙構造になったのが105年です。<br />
生体の薬物に対する反応も線形グラフには乗ってきません。やはり指数、対数の世界です（正しくはＳ字状曲線）。つまり服用量が2倍になったからと言って効果が2倍になる訳ではありません。<br />
微小な量子の世界から宇宙の果てまでの空間、また宇宙誕生から現在までの時間の中でおこるありとあらゆる現象は指数現象であると言っても過言ではありません。それを私たちの頭が理解するにはどうしても対数の眼鏡を通す必要があるのです。<br />
対数的な視点で世の中の事象を再考してみると人間とチンパンジーとはほとんど差がありません。犬、猫と比較したって極めてわずかな差でしかなく、細菌あたりと比較した時にやっとはっきりとした違いが見えてくるくらいのものです。ましてや、人種や宗教の違いなんてものは限りなく０と言えます。<br />
<br />
些細なことで周囲の人と争いを起こしている私たちですが、時々、自分たちの営みを対数グラフ化して見てみることをお勧めします。日頃の悩みが馬鹿馬鹿しく思えるはずです。
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      <![CDATA[<br />
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   <title>脳科学の発展と精神科医療の質の低下</title>
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   <published>2010-02-28T22:27:52Z</published>
   <updated>2010-02-28T22:42:02Z</updated>
   
   <summary>ここ数年我が国では「脳」流行りです。任天堂ＤＳの「脳トレーニング」ゲームの売れゆ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[ここ数年我が国では「脳」流行りです。任天堂ＤＳの「脳トレーニング」ゲームの売れゆきは未だに好調。もじゃもじゃ頭の脳科学者がテレビや本で大人気です。彼のおかげでドパミンが聞きなれた言葉になり、一般の人が日常会話で使うようになりました。<br />
先日会食した医師ではない友人が「何でもかんでもドパミン、ドパミンと耳にたこができてうっとおしい」と言っていました。それほど脳に関連した用語を耳にするようになりました。<br />
脳科学の啓蒙は、これまで科学的に理解しようとせず、不思議なものとして封印されてきた「心」というものに光を当てたということに大いなる功績があります。これまでは一般の方の脳に対する理解が少なかったので、似非心理学的で怪しげな占いの付け入る隙を与えていましたが、そういった商売がやりにくくなってきたのではないでしょうか。<br />
一方、脳というものに対する基礎的な知識のない方がドパミンだとか報酬系といった言葉だけを知ると、複雑精緻な脳というものを心臓などと同じ単純な装置と錯覚してしまう危険性があります。以前のコラムでもお話ししたように、脳の生理的なメカニズムはまだほとんど未解明です。脳を開発の遅れているアフリカ大陸に例えるならば、今はまだ周辺海岸のごく一部に町が建設された20世紀初頭の状態です。広大な内陸部はまだ人跡未踏のままなのです。<br />
もじゃもじゃ男が喋っているのはこのごく僅か分かってきたことだけを材料にした話をしているのですが、あまりにも簡明に話をまとめてしまうので、脳の機能の大部分が解明されたかのような誤解を生む結果にもなります。私たちの行動が単にドパミン報酬系の活動だけで規定されているなどと努々思わないでください。<br />
と言っても、神経薬理学を中心としたここ数十年の研究が脳の機能解明に輝かしい成果を生んできたことは間違いありません。新しく確立された分子生物学と協力して今のスピードで研究が進んで行けば、近い将来脳の機能の多くが解明され、さらには精神病の画期的な治療法が開発されるものと思います。<br />
<br />
私が大学を卒業する頃は、まだ精神病が脳という臓器の障害に基づく疾患だという考え方で一致していませんでした。Schizophrenogenic&nbsp; mother（分裂病を生み出す母親）という言葉が使われていたように、統合失調症は育て方が原因で起こる障害だという説がまかり通っていたほどでした。<br />
私は精神病は実態のない「病んだ心」ではなく、脳の機能障害であるという信念を持っていました。ですから、脳科学的なアプローチで精神病を研究したいという志を持っていました。そこで中枢神経薬理をテーマにしておられた福原教授のもとで神経薬理を学ぶことにしました。そこで問題になったのが、卒業後精神医学と神経薬理学と、どちらを先に学ぶかということでした。<br />
当時の精神科主任教授の新福教授に直接そのことを相談に行きました。新福教授の答えは「君が最終的に精神科の臨床をしたいのならば最初に精神科に来たまえ。薬理学者がゴールであるならば、まず薬理学を学びなさい。」「まっさらな時に得たことが体に染み込む。最初に精神科の臨床を体験しておけば途中何年基礎研究をしたとしても、また臨床現場に戻った時に必ずその時染みついた臨床医の勘が戻る。最初の数年を基礎研究に費やせば研究者としての勘が身に着く代わりにその後、いくら一生懸命精神科臨床を学んでも体で感じ取るものはなかなか身に着けられない。」<br />
そして止めに言われたのが次の言葉です。「将来、薬理学をはじめ様々な脳科学が精神病を解明する日が来るかもしれない。だが、脳科学者たちによって精神病が解明されたとしても、彼らは精神病患者を治すことはできない。精神病患者を健康な生活に戻すことができるのは精神科医だけだ。」<br />
精神科医療に携わって35年になろうとする今、あの時の新福教授の言葉の意味が実感として理解できるようになりました。<br />
ＤＳＭのような操作的な診断が主流となり、ドパミンだアセチルコリンだと言って、簡明にいかにもそれらしく説明できるようになったために、精神医療がマクドナルド化してしまいました。一見すると精神科医療は進歩したかのように錯覚させられますが、本当にそうでしょうか。私は精神医療の質はかなり低下したのではないかと危惧しています。<br />
患者さんの表情の変化、言葉の抑揚、息遣いにとても重要なサインが秘められています。それは精神科のいろはであったはずです。それにも関わらず、現在のメンタル医療ではそういったことに目もくれず、患者さんに紙っぺら一枚の質問票を記入させて、その得点結果から「ハイ、あなたは○○点だからうつです」、「じゃこの薬を処方しましょう」といった精神科医療がまかり通っています。こういったことが医療の質が低下したことを示す何よりの証拠です。<br />
脳の生理機能が解明されつつあるからこそ、精神病患者さんは現在分かっている脳の科学的知見だけでは救えないことがより一層はっきりしてきました。私たちはそのことを真摯に受け止めて医療に当たらなければなりません。<br />
新福教授の教えは、わが母校の学祖、高木謙寛の言葉「病気を診ずして病人を診よ」に通ずるものです。精神科医は精神病を診るのではなく、精神病患者と向き合い、全人格的に彼らを救うことが使命なのです。
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      <![CDATA[<br />
<strong>【当クリニック運営サイト内の掲載記事に関する著作権等、あらゆる法的権利を有効に保有しております。】</strong>
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   <title>一目惚れ（fall in love）</title>
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   <published>2010-02-21T14:20:19Z</published>
   <updated>2010-02-21T22:54:47Z</updated>
   
   <summary>「Fall in love」。なんてすごい言葉でしょう。日本語でいえば「一目惚れ...</summary>
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         <category term="9642010年2月" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[「Fall in love」。なんてすごい言葉でしょう。日本語でいえば「一目惚れ」。こちらも素敵な響きの言葉です。<br />
広辞苑によると「惚れる」とは「心を奪われるまでに異性を慕う。恋慕する。」とあります。別な意味としては「ぼんやりする。放心する。」とあります。特定の異性を恋い焦がれて、その人にまつわること以外の思考機能が停止あるいは極端に低下した状態を言います。<br />
この際機能低下するのは思考力だけではありません。その人以外に関することには無感動になりますし、仕事にも集中できず、食事も喉を通らなくなり、眠れなくなります。つまり、思考力以外に、感情、意欲すべての機能が損なわれます。精神医学的にみた場合、相当重度の精神障害です。<br />
さらに、一目惚れとは一目見ただけで、何の前ぶれも無く、一瞬にしてこの惚れた状態になってしまうのですから、統合失調症など及びもつかないほど重症かつ急性の精神障害と言えます。心拍数が一気に増加し、血圧が上昇、瞳孔は散大して呼吸困難感をおぼえる。いったい脳の中はどうなっているのでしょう。<br />
この精神障害のメカニズムを研究するためには一目惚れ状態のカップルを集めなければなりません。ところが、これが相当に困難な作業です。<br />
<br />
世の中には数多くのカップルがいますが、一定期間付き合っているうちに相手のことを理解して段々と好きになり、やがて惚れた状態になるというケースがほとんどではないでしょうか。中には、心ときめくものはないけれど、経済的将来性を考慮すればこの辺りで我慢しておこうと考えて繋がっているケースや、空家歴十数年、本来はどうでもいい相手だけれど、これを取り逃がしたら一生独り身で過ごさなければならないという、切羽詰まったケースも少なくないように思います。<br />
お互いが相手に一瞬で恋に落ちるケースは稀有と言えましょう。実際、多くの一目惚れは片想いに終わるようです。片想いは相思相愛よりも却って恋慕の情を強化します。人格が成熟していて自制心が完成している人ならば、自分がしばらくの間病に伏せっているだけで済むのですが、未熟な人格の持ち主であると自分の行動をコントロールできずにストーカーと化します。恋に落ちた時点で大変な病気にかかってしまっているのですが、ストーカーになると相手を巻き込んだ大事件になってしまいます。<br />
ところで片想いの相手を追いかけまわす行為のすべてがストーカー行為かと言うとそうでもありません。初めのうちは好きでなかったのに、相手から繰り返しプッシュされているうちに、情にほだされて次第に好意が芽生えてくることだってあります。昔から「好きになったら押しの一手」とか「嫌よ嫌よも好きのうち」などと言われるように、相手が自分を一目惚れしてくれなかったとしても諦める必要はありません。ドラマ「１０１回目のプロポーズ」の例もあるではないですか。<br />
ただ、どこまで押してよいのか、どこまで来たら諦めなければいけないのかの見極めは非常に難しいのです。絶対的な指標はありませんが、「嫌」が精神的な「嫌」であるうちは大丈夫ですが、身体症状（頭痛、嘔吐、下痢など）を伴う生理的な嫌悪感になった場合には早晩、警察から呼び出しが来るものと覚悟すべきでしょう。ただ、通常相手のそういう細かい症状を把握することは困難ですから、「嫌い」と言われたら額面通りに受け取って身を引く方が安全です。<br />
<br />
閑話休題、今述べたように一目惚れ同士の研究対象が少ない上に、人間は嘘をつくので本当の「一目惚れ」ケースを集めることさらに困難です。当然ながら、動物実験の結果をそのまま人間に当てはめることができませんから、一目惚れの脳内メカニズムは未だに解明には至っておりません。<br />
現時点でまことしやかに言われている説を二つ披露しましょう。一つは似た者同士説です。耳、目、鼻、口の形がお互いによく似ている者同士あるいは配置が似ている者同士が一目惚れしやすいと言うのです。この説は何度も繰り返してみた顔や記号に対して親近感を持つと言う認知心理学、発達心理学における研究に基づいています。<br />
一方、生物学的な遺伝子研究からは対極的な説が出されています。この仮説は細菌やウィルスに対する免疫機能に関連した遺伝子の型が異なっている者同士ほど一目惚れしやすいというものです。免疫機能に関する遺伝子が多様なほど、外来生物からの侵襲に対して安全性が高く、生存に有利です。このために子孫が生き残る確率が高くなるように、免疫系の遺伝子が遠く離れた異性を好きになるようなプログラムを本能として組み込んでいるという仮説です。<br />
確かに、長く夫婦を続けていますと面白いように顔形までもが似てくることは日常的によく目にします。ですから前者は容易に受け入れやすい説ですが、最もよく似ている兄弟姉妹に対して一目惚れはしませんし、出来立てほやほやの熱々カップルがみな似た者同士ではありません。<br />
一方、後者は生物学研究における究極のセオリー「生体機能は合目的的に作られている」という前提から導き出した、やや強引な仮説のように思います。だいたい、一目会った時に遺伝子の型が離れているという情報をどうやって得るのでしょうか。動物の行動の多くが遺伝子によって規定されていると言う考え方にはおおむね賛成ですが、遺伝子と行動との間を橋渡しする因子が解明されない段階では、結論ありきの牽強付会の説の域を脱しないように思います。<br />
二つの仮説を組み合わせると、一目惚れは「似て非なる者同士間で起こりやすい」ということになります。<br />
<br />
「一目惚れ」は極めて重篤な精神障害ですが、幸いなことに予後はよいのです。一生、この状態が続くことはありません。どんなに惚れていても、晴れて結ばれると、ほぼ半年以内に寛解状態に回復します。この辺りも「似た者同士説」や「遺伝子説」だけでは説明ができない点です。長く連れ添う夫婦はますます顔形が似てくるのに、病状は快方に向かいます。遺伝子だけで規定されるならば、時間がたっても病状に変化はないはずです。<br />
精神医学的には病気がよくなって喜ばしいのですが、御当人たちは必ずしも幸せになる訳ではありません。むしろ、失望、落胆に陥ります。なぜならば、病気のひどい時には笑窪に見えていたものがあばたであったことに気付くからです。病状が重症であった人ほど、病期と回復期とで、パートナーに対する評価のギャップが大きいので、より辛い半生を送ることになるでしょう。<br />
病気の時の方が治った時よりも幸せであるということが、他の精神障害と決定的に異なる点です。<br />
<br />
この精神障害は思春期が好発年齢です。「老いらくの恋」とは言いますが、残念ながらこの病気は加齢とともにかかりにくくなります。胸がキューンと締め付けられ、その相手以外この世のすべてが見えなくなってしまう、あの病気に是非とももう一度かかってみたいものです。
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      <![CDATA[<br />
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   <title>名誉回復した男性たち―でっちあげられたメタボ基準―</title>
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   <published>2010-02-14T23:09:53Z</published>
   <updated>2010-02-14T23:12:46Z</updated>
   
   <summary>先日一つの朗報が入りました。メタボリックシンドローム（内臓脂肪症候群）の適正な診...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[先日一つの朗報が入りました。メタボリックシンドローム（内臓脂肪症候群）の適正な診断基準を検証していた厚生労働省研究班（主任研究者＝門脇孝・東京大学教授）が、診断の大黒柱とされてきた腹囲の数値によってでは、心筋梗塞や脳梗塞の発症の危険性を明確に判断できないという調査結果を発表したのです。<br />
私が一昨年のコラムで指摘した問題点を正式に認めたわけです。誤った判断基準を科学的根拠にして厚労省が強引にスタートした特定健康診査がようやく見直されることになりそうです。<br />
<br />
「100円玉と1円玉とどちらが重いか」と聞かれて、それぞれを数百個ずつ集めて重さを測定して統計処理をした後に、「危険率0.001％で有意に100円玉の方が重いです。」と答える人がいるでしょうか。それぞれ1個を両掌に載せてみれば100円玉の方が重いことは一目瞭然です。ところが実際にはこういう馬鹿げた結果の発表がとくとくとなされているのです。<br />
以前ならば大変な労力をかけて手計算していた統計処理ですが、コンピュータが普及した今では、単にデータを入力しさえすればとても複雑な検定がクリック1回でできて、グラフまで作ってくれます。<br />
余りにも簡単に計算ができるので、データの意味を深く考察する前に、とりあえず何でもかんでも検定してしまうようになりました。そうなると、たまたま偶然の出来事でも関連性があるかのような検定結果をはじき出してしまいます。<br />
たとえば、たとえば過去十年間の様々な価格変動の資料をもとに手当たり次第に相関関係を計算したところ、ソウルの朝鮮ニンジンの値段とニューオルリンズのＡ教会への寄付金との間に有意の相関係数値が得られたとしましょう。この結果をもって、韓国の朝鮮ニンジンの値段が上がるとアメリカ南部の教会の寄付金が増えると結論付けることができるでしょうか。<br />
まさか、そんな結論を真顔で発表する人はいないし、もし発表したとしたら皆から一笑に付されることでしょう。しかし、対象が専門的で複雑なものの場合には、よほど慎重に考えないとばかげた結論を鵜呑みにしてしまいます。受け取る側だけでなく、計算をした者でさえ、その計算結果に意味があるのかないのかの判定が難しい場合も少なくありません。こうしてとんでもない学説が罷り通る可能性が出てくるのです。<br />
多くの方が誤解されていますが、統計が真実を導き出すのではありません。統計的手段は、研究者の洞察から導き出された結果に対して一定の保証を与えるだけです。データから結論を導き出すのはあくまで研究者の論理的な思考によるのです。<br />
また、本当に因果関係があったとしても、原因と結果を取り違える危険性もあります。たとえば、癌患者の様々なデータを集めた調査によって、癌の進行度とその人の所得との間に負の相関が得られたとしましょう。普通に考えれば「癌が重症になると仕事ができなくなり、治療費もかさむために貧困になる」という当たり前の状況を表していると思うのですが、曲解すると、貧乏な人ほど癌が進行するという結論になってしまいます。<br />
<br />
特定健康診査で採用したメタボリックシンドロームの診断基準では血圧、血糖、血中脂質の3項目の上位に腹囲を据えていました。しかもその腹囲の基準値が男性85センチ、女性が90センチであったのです。<br />
身長の高低によって左右されるはずの体重や腹囲を、それに比べて他因子の影響を受けにくい血圧、血糖、血中脂質という項目に優先させるということは素人目にもおかしいと感じます。その上、あろうことか平均身長が高い男性の腹囲の基準値の方が平均身長の低い女性の値よりも小さいというからびっくり仰天ではありませんか。<br />
身長が170センチ以上ある男性で85センチの胴回りはごく普通の健康体に見えます。80センチ以下であったら体型維持に腐心しているナルシストでなければ悪性の慢性疾患をもっているのではないかと疑ってしまうほどです。一方、160センチに満たない身長で90センチを超える胴回りの女性は相当なデブで、健康診査をする前からご本人自身が食事制限と運動の必要性を考えていたに違いありません。<br />
この判定基準には男女を問わず驚きました。特に男性の場合には、それまで健康と考えて生活をしてきたのに、青天霹靂のごとく「メタボリックシンドローム予備軍です」と宣告された方が少なくないのですのです。また、この健診が腹囲を強調するあまりに85センチ＝メタボ＝デブという先入観が蔓延して多くの男性が「デブ男」という謂われなき汚名を着せられました。<br />
一方、かなりやばい女性に「メタボにあらず」という誤ったお墨付きを与えてしまいました。気を許して健康被害を増大させた可能性があります。<br />
<br />
世界中に類を見ない非常識な基準の健康診査が行われた原因については以前のコラムで詳しく書きましたので多くは繰り返しませんが、科学研究のいろはを知らない肥満学会のボスが統計の意味や原則をわきまえないで行った研究結果が大手を振ってまかり通ったことにあります。さらに、その男の主張を真に受けた国の審議会の座長（臨床を知らない元公衆衛生学教授）の不見識によります。<br />
しかし、彼らだけに罪を着せるわけにも参りません。ただただ医療費削減だけしか眼中にない厚労省の役人の不純な動機に基づく拙速な制度設計も責められなければなりません。<br />
彼らは多額の税金を投入して、いたずらに国民に健康不安をあおったことになりますが、結局は彼ら関係者から謝罪の言葉を聞くことはないでしょうし、責任をとる行動もないでしょう。国やその威を借る狐どもが得体のしれない組織を隠れ蓑にしてしまい、誤りを認めることがないことは常識です。菅谷さんの冤罪事件に対する再審公判において当時の担当検事からついに謝罪の言葉がなかったことがこの実態を象徴しています。<br />
それに、肥満がよくないサインであることに変わりはありません。我々男性も85センチを努力目標としておくことにこしたことはありません。気を許さずに日頃の生活習慣に気をつけましょう。<br />
ただ、今回の騒動から得た教訓は、やたらに具体的な数字を掲げて科学的であるかのように見せかけるやり方に十分に注意すべしということです。繰り返しますが、はっきりとした真実は取り立てて難しい手法を使って説明をする必要はありません。複雑で難解な科学的手法を駆使したデータを見たら、すぐに鵜呑みにするのではなく、まずは眉に唾してじっくりと見据えることをお勧めします。
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      <![CDATA[<br />
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   <title>雷電になり損ねた朝青竜</title>
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   <published>2010-02-07T23:00:54Z</published>
   <updated>2010-02-07T23:08:07Z</updated>
   
   <summary>雷電為衛門という名前をご存じでしょうか。江戸時代（明和4《1767年》年～文政8...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[雷電為衛門という名前をご存じでしょうか。江戸時代（明和4《1767年》年～文政8《1825》年）に活躍した力士です。力士生活21年で最高位は大
関。江戸本場所36場所中における通算黒星が僅か10しかなく、勝率は何と9割6分2厘で、大相撲史上、最強の力士とされています。<br />
身長197センチ、体重172キロの体躯は、現在の力士、把瑠都と同一で平均的な体格が現在よりも小さかった当時、その巨漢ぶりは想像を絶するものと思わ
れます。当時は年2場所制でしたので、年6場所の現在の相撲に比べて記録づくりには圧倒的に不利なのに、全勝優勝7回を含んで、通算28回の優勝をしてい
ます。年6場所もある現在でさえ雷電の記録を超えるのは大鵬の32回と千代の富士の31回だけです。<br />
全勝優勝記録は2場所制で双葉山の8回が雷電を超えましたが、6場所制になっても大鵬（8回）が超えただけで、北の湖と千代の富士も７回のタイ記録で終わり、ついに抜くことはできませんでした。<br />
連覇記録では11場所、9場所、7場所という驚異的な連続優勝の記録を残しています。朝青龍がなんとか７連覇を記録しましたが、１１場所連続優勝という偉業は今後誰も抜くことはできないと思います。<br />
連勝記録こそ44連勝止まりで史上7位に甘んじていますが30連勝以上を4回も記録していて、その後この記録を達成できたのは6場所制になってからの大鵬だけです。連敗はなく、1場所中に２敗を喫することもなく、同じ相手に２度負けたのはたった一人だけでした。<br />
あまりの怪力無双ぶりに相手に回復不能の怪我を与えたために雷電だけ「突っ張り」、「張り手」、「閂」を禁じ手にされたという逸話もあります。<br />
こ
れほどの力士であるにもかかわらず、ついに横綱を受けることができませんでした。なぜ雷電が横綱になれなかったのかは相撲史上最大の謎とされています。遺
恨試合で相手を死なせたから。容姿が醜く人気が今一つでなかったから。お抱え藩であった松江藩松平家の政治力が弱かったから。たまたま横綱を張って土俵入
りする上覧相撲が開催されなかったから。等々、諸説紛々ですが、どの説もそれを否定する史実があるために未だ謎は解けないままです。<br />
しかし空前絶後の記録を残しながら横綱を張れなかったがゆえに、かえってミステリアルな存在感を増して、様々な都市伝説を残し、歴代の横綱に勝るとも劣らない相撲史上の伝説を築いたとも言えます。<br />
<br />
今
では横綱は、小結や関脇と同じような角界の最高位の名前として扱われていますが、本来はそうではありません。厳密に言うと相撲の世界の最高位は大関なので
す。横綱は横綱大関とも言って、大関の中で、将軍家が観戦する上覧相撲や寺社への奉納相撲の際に白麻製の綱を腰に巻くことを許された者を言います。実際に
第十五代横綱、初代梅ヶ谷藤太郎までは横綱を張ったとしても番付は大関のままでした。<br />
綱が麻でできているということは重要な事柄です。綱は最近大麻依存症の時にお話しした、神主が持つ大幣や正月に飾る注連縄と同じく神事に関係する物なのです。つまり、横綱は神社の注連縄と同じく、神の依代<span style="color: #0000ff">*1</span>で
あって、結界を作り、外界の不浄のものを隔絶した神聖な場所を作り出すアイテムの一つです。土俵は神聖なもので女人禁制とされていますが、実は横綱が土俵
入りをすることによってはじめて神聖な場所たり得るのです。ですから綱を締めての土俵入りは横綱の極めて重要な義務なのです。つまり、横綱大関は土俵を清
める神事を司る役であって、単に一番強いことを誇示する目的で綱を張っているのではありません。心・技・体すべてが求められて当然なのです。<br />
ただ、人格が高潔であるか否かという判定は主観的で十人十色、なかなか満場一致の結論を得ることができません。そこで明治になってから、次第に横綱は最強豪の大関であるという考え方が一般的になりました。また横綱に免許を与えていた吉田司家<span style="color: #0000ff">*2</span>の勢力が衰えたことも一因です。こうして横綱の基準は本場所での成績重視という現在のスタイルができました。<br />
現
在は横綱審議委員会の諮問を経て日本相撲協会が推挙するという形になっています。この制度で初めて横綱となったのは第41代、千代の山雅信です。推薦基準
は「大関2場所連続優勝あるいはそれに準ずる成績」となっています。しかし、厳密に大関になってから２場所連続で優勝することはなかなか難しいので、近年
は「それに準ずる成績」という基準で横綱に推挙されるものが少なくありません。ところがそれに準ずるという文言があいまいでしばしば議論となるところであ
ります。<br />
本場所の成績のほかに、品格基準があります。①　相撲に精進する気迫、②　地位に対する責任感、③　社会に対する責任感、④　常識ある生
活態度、⑤　その他の横綱として求められる事項の五つです。ところが最近、成績を重視するあまりこの品格が軽視されてきました。相撲の格闘技、興行として
の側面が強調されて神事の側面がないがしろにされた結果です。<br />
<br />
先日、朝青龍が引退を表明し相撲協会が受理しました。朝青龍は幕内優勝25回（歴代3位）、全勝優勝5回（歴代4位）、連続優勝7連覇、669勝173敗76休で勝率7割9分5厘という輝かしい成績を残しました。<br />
し
かしながら、2007年、巡業をさぼってモンゴルでサッカーに興じていた事件をはじめ、八百長疑惑、反則負け、土俵上でのガッツポーズ、勝ちが決まった後
のだめ押しなど、挙げればきりがないほど多くの醜聞を振りまいた力士でもありました。しかも、悪事がばれても率直に謝罪するのではなく、不良医者と結託し
て仮病を装ったりして、潔さのかけらも見られませんでした。<br />
今回、本場所中に朝方まで飲酒して一般人に暴行したことが明るみに出てついに引退に追
い込まれました。暴力事件も実は今回が初めてではありませんが、これまでは妻や親方といった身内や水商売の関係者であったことからうやむやにされてきまし
た。今回こそはどうにも言い逃れできないので、直ちに引退を表明すると思っていましたが、被害者を付き人と偽ったり、高額の示談金で逆転の「うちゃっり」
を狙って相変わらずの悪あがきぶりでした。<br />
相撲協会もドル箱の横綱を失いたくないという思いとモンゴルとの関係が悪くなることへの懸念などの思惑
が絡んで、なんとか穏便に済ませたい様子でした。しかし、予想を上回る逆風の世論と外部理事の糾弾、さらには我慢の限界を超えた横綱審議委員会からの箴言
によって、ついに寄り切られた形です。<br />
こういう事態を招いた原因は、高砂親方のふがいなさは言うまでもまりませんが、相撲協会自体が、口では土俵
を神聖なものと唱えておきながら、現実は利益至上の興行集団に成り下がっていたことが元凶だと思います。相撲協会自体が品格を失っていたのですから、横綱
にだけ品格を求めるのは酷とも言えます。協会だけではありません。これまで相撲を支えてきた谷町も品格不在となりました。現在の角界の姿は世情を反映する
鏡とも言えます。<br />
これを機に相撲が単なる格闘技ではなく、神事の一環でもあることを再認識して再出発しようではありませんか。幸いなことに新横
綱、白鵬は同じモンゴル出身でありながら、相撲の取り口を見る限り、双葉山を思い起こさせる堂々たる横綱相撲です。人種は関係ありません。昭和の大横綱大
鵬もロシア人の血を引いていました。このまま精進に勤めて真の平成の大横綱になってくれることが大いに期待できます。<br />
<br />
見方を変えれば、朝
青龍も被害者だったのかもしれません。資質が備わっていなかったにも関わらず、単に強いというだけで横綱にされてしまったからです。単なる大関でいたなら
ば、ある程度のやんちゃが許されたかもしれません。むしろ、雷電を凌ぐ、史上最強の大関伝説を築いたかもしれないのです。<br />
横綱を張ったがために、度重なる不祥事で引退を余儀なくされた横綱という不名誉を背負い続けなければなりません。協会は自ら綱の意味を問い直して猛省すべきだと思います。私たちも相撲を今少し深く考えてみましょう。<br />
-------------------------------------------------------------------<br />
<span style="color: #0000ff">*1</span>依代（よりしろ）：神霊が招き寄せられて乗り移るもの。神霊の代わりとして祭るもの。<br />
<span style="color: #0000ff">*2</span>吉田司家：後鳥羽天皇より相撲の全権を委ねられた家系。「追風」の号を名乗り、元来、京都二条家に仕えた。その後細川綱利に招聘されて熊本藩に仕えた。
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      <![CDATA[<br />
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   <title>依存症番外編－すーだら症候群－</title>
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   <id>tag:www.clinic-nishikawa.com,2010://1.184</id>
   
   <published>2010-01-31T16:34:38Z</published>
   <updated>2010-01-31T16:37:38Z</updated>
   
   <summary>流行病と言えばインフルエンザのような感染症と考えますが、精神科の病気も流行するよ...</summary>
   <author>
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   </author>
         <category term="9642010年2月" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[流行病と言えばインフルエンザのような感染症と考えますが、精神科の病気も流行するようです。近年流行となり、今や風土病のように蔓延してしまったのは「うつ」ですが、最近は「依存症」が流行してきました。「うつ」が「うつ病」ではなくて、単に「うつ」であるのに対して、「依存症」の方はやたらと亜型が多いので覚えるだけで大変です。<br />
思いつくままに列挙してみましょう。ネット依存症、買い物依存症、ギャンブル依存症、共依存症、携帯依存症、ゲーム依存症、権力依存症、仕事依存症、セックス依存症、ダイエット依存症、美容整形依存症、リスカ依存症、恋愛依存症。きっとたくさんの病名を書き洩らしていて、精神科医のくせに勉強不足だとのお叱りを受けると思います。しかし、次から次へと雨後の筍のように新しい病名もどきが登場するのでとても覚えきれないのです。<br />
依存症とはウイルスが原因の感染症なのでしょうか。いや、そんなはずはありません。依存症と呼ばれる人たちの血液に炎症反応が出現したり、免疫グロブリンが増加したという話は聞いたことがありません。依存症が増えた理由の多くは依存症の概念が拡大したことにあると思います。<br />
以前は携帯電話やインターネットというものその物が存在しませんでしたから、携帯依存症やネット依存症の増加は間違いありません。また、リスカ（リストカット）依存症は、確かに若者の間で口コミやネットで広まって、実数が増加していると思います。<br />
しかし、買い物依存症とかセックス依存症などは、元来、依存症とは命名されていなかった状態をことさらに依存症と名付けたのではないでしょうか。買い物依存症は以前ならば「浪費癖」と呼ばれていたように思います。昔からやたらと買い物ばかりする人はいました。<br />
タイガーウッズの不倫騒動で市民権を確立したかのように見えるセックス依存症も、「助平」と置き換えれば、いまさら取り立ててカウンセリングだとなんだと騒ぎ立てるほどのことではないように思います。古今東西、男はみな助平であり、助平につける薬はないということは誰でも知っています。四角張ってカウンセリングなんていいますが、要するに「湧き上がる助平心はいかんともしがたいけれど、そのまま行動に移すと社会的生命を失うことになりますよ」と言いきかせ、威しあげるだけのことです<br />
<br />
依存という言葉は本来、これまでのコラムでお話ししてきた薬物依存症と依存性パーソナリティ障害とに用いられてきました。薬物依存はある種の中枢神経系作用薬が引き起こす慢性中毒状態の一つです。依存性パーソナリティ障害は自我がバランスよく発達できなかったために自分だけで意思決定することができず、常に他人からの助言や保証がないと決断することができない。このために親密な人との関係が壊れることを極度に恐れていつもその人について回り、従属している状態を言います。<br />
止めようと思ってもなかなか止めることのできない薬物への依存や常に頼る人がいないと生きていけない依存性パーソナリティ障害。離れられない、止められないという点を敷衍すれば、過剰な買い物やいつも携帯電話をいじっている状態も依存症と言えないこともないかもしれません。しかし、何か違和感を感じませんか。似ているからといって何でも依存症と命名してしまえば、食い倒れと言われる大阪人は食い物依存症。着倒れで有名な京都の人は着物依存症ということになって、関西は病人だらけになってしまいます。<br />
薬物依存症においては脳の快楽、報酬系であるドパミン機能が重要なカギを握っていることが分かっています。いわゆる依存症においてもドパミン機能に変化がある可能性はありますが、全く同じ機序が働いているとはどうしても思えません。<br />
依存症に限らず、精神科領域では日常的によく見かけ、ことさら単一の疾患として扱う必要がないと思われる状態に「○○病」「✕✕障害」などとネーミングすることがよくあります。そうすることは、これまでそれほど大した問題ではないと見過ごされてきた心の持ち方や行動が、実は放っておくと抜き差しならない状況に発展する危険性に警鐘を鳴らします。また、そういった問題がそれほど簡単に是正できないことを教えて、本人や周囲の人に真剣な態度で取り組ませるという利点があります。<br />
反面、病気というレッテルを張られることによって、本人が「病気なのだから仕方がない」と言って、かえって直そうという努力をしなくなり、病名に安住させてしまう可能性も出てきます。<br />
<br />
なぜ精神科領域では病名作りが盛んなのでしょうか。その理由を考えてみましょう。精神科疾患の多くがまだまだ客観的な検査によって診断されません。いくつかの症状の積み重ねから推論することでしか診断することができないのです。こんな背景を利用して一部の精神科医と心理屋さんが自分たちの飯の種を増やそうとしていることが関係しているのではないでしょうか。製薬会社のＧ社が自社の抗うつ薬の販売を伸ばしたいために、「あなたもうつかもしれませんよ」というキャンペーンを大々的に繰り広げて、うつ病患者を掘り起こし、本当はうつ病でもない人までも「うつ病」申告するような現状を招いたのと同じです。こういう人たちこそ「病名依存症」といった方がよいかもしれません。<br />
<br />
いちいち「○○依存症」と名付けていてはきりがありません。そこで私は、こういった所謂依存症を昔、故植木等が歌った大ヒット曲にちなんで「すーだら症候群」と総称することを提案します。<br />
「わかっちゃいるけどやめられない　あっ　それ　！」
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      <![CDATA[<br />
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   <title>薬物依存（７）－アルコール－</title>
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   <published>2010-01-24T14:18:13Z</published>
   <updated>2010-01-24T22:51:26Z</updated>
   
   <summary>「木枯らしや　ああ木枯らしや　木枯らしや　それにつけても　酒の美味さよ」、「花吹...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[「木枯らしや　ああ木枯らしや　木枯らしや　それにつけても　酒の美味さよ」、「花吹雪　ああ花吹雪　花吹雪　それにつけても酒の美味さよ」、「蝉しぐれ　ああ蝉しぐれ　蝉しぐれ　それにつけても酒の美味さよ」。<br />
松尾芭蕉が仙台、松島の絶景を目にして詠んだとされる句、「松島や　ああ松島や　松島や」（実際には江戸時代の狂歌師、田原坊の句）を真似して、何でもよいから「○○や　ああ○○や　○○」と詠み、その後ろに「それにつけても酒の美味さよ」と続ければ、まことしやかな歌が出来上がる。これが落語の世界で、和歌を創る奥の手とされている手法です。とてもまっとうな和歌として評価されるわけはありませんが、それなりに「なるほど」と納得できるから面白いではありませんか。<br />
なぜ納得できてしまうのかというと、桜だと言っては酒、月だと言っては酒、寒いと言っては酒、暑いと言っては酒。わが国ののんべいたちは何かと口実を付けては酒を飲みます。その結果、あらゆる生活場面が酒盛りの背景として違和感なく想像できるからです。それほど、わが国では古くから飲酒の習慣が広まっているのです。<br />
飲酒の習慣はなにもわが国に限った事ではありません。現在のイスラム世界を除いて古今東西、飲酒は人種を超えた人類共通の太古からの習慣です。習慣といえば聞こえが良いですが、見方を変えれば立派な「嗜癖」です。したがって、あらゆる薬物依存症の中でアルコール依存症患者が群を抜いて多いのは当然の帰結です。アルコールは依存性薬物の王様と言えます。<br />
ところが、古くからの習慣として根付いているので他の依存薬物と違って皆がアルコールという薬物依存に対して寛容なのです。<br />
<br />
以前のコラムに書きましたが、「酒は百薬の長」と言われるように、少量のアルコール摂取は血管平滑筋の緊張を和らげて血行を促進。消化管の運動や分泌を促進して食欲増進。脱抑制によってストレスを解消して人とのコミュニケーションを円滑にしたり寝つきを良くするなど私たちの健康に有利な作用を示します。<br />
ところが、少しでも量を超すと逆に血圧を上昇し、悪玉コレステロールや中性脂肪を増やしたり、悪心・嘔吐をおこします。中枢神経系に対する作用によって、反応時間を延長し、事理弁識能力を低下させて反社会行為を起こさせたり、言語障害、歩行障害、前行性健忘などを起こします。さらに量が増すと意識障害を起こして死に至ります。「気ちがい水」と言われる所以です。<br />
こういった急性中毒症状を起こさない量であっても、毎日のように摂取していると、耐性を生じて身体依存を形成します。もちろん精神依存も生じますので、高率に依存症を作る薬物です。アルコールに依存して長期間にわたってアルコールを摂取していますと慢性中毒になって、コルサコフ症候群、アルコールうつ病などにもなってしまいます。<br />
<br />
<br />
身体に良い効果が得られる量を治療量、身体に悪い副作用が出現する量を中毒量と言います。中毒量が治療量よりも小さい物質は完全な毒物です。青酸カリのような物質です。こういった毒物は犯罪や戦争の場では活躍しますが、一般の市民生活とは無縁です。<br />
薬物とは治療量が中毒量よりも小さい化学物質のことです。私たちはこういった薬物を治療量より多く中毒量よりも少ない量で利用することによって医療に役立てています。どんな薬物も大量に適用すれば必ず中毒量を超えて身体に悪い効果を与えます。できる限り副作用を出さないで優れた治療効果を得るように処方する薬の種類と量を工夫する、所謂さじ加減が私たち医師の腕の見せ所です。<br />
治療量と中毒量との差をtherapeutic index（治療係数）と言います。私たちが治療にあたって薬を処方する際、このtherapeutic indexが大きい薬ほど使いやすい薬と言えます。先ほど述べましたようにアルコールは適量ならばとても有用な薬なのですが、therapeutic indexがとても小さいのです。さらにtherapeutic indexの幅に個人差がありすぎます。アルコールが治療薬として使われないのはこれが理由です。<br />
<br />
わが国の飲酒の実態を見てみましょう。飲酒をする方は7600万人位と考えられます。大半は誘われた時に飲む機会飲酒者か常用したとしてもせいぜい缶ビール1，2缶の晩酌程度といった飲み方です。アルコール換算で1日120ｇ（ビール大瓶6本、ウィスキーボトル半分、日本酒6合）以上を毎日摂取する大量飲酒者はそのうちの3％、230万人程度と考えられます。厚労省はこの大量飲酒者をアルコール依存症とみなして、わが国のアルコール依存者を230万人としています。<br />
しかし、大量に摂取しない依存症はいくらでもありますし、大量に飲酒しても依存症でない方もいますから、この数字は当てになりません。特に日本人は欧米人に比べて遺伝的にアルコールの代謝酵素が少ないのでＷＨＯの示す大量飲酒の基準値は高すぎます。また、女性は体格やホルモンの関係から男性よりも少量で依存症になりやすいので、わが国のアルコール依存者は厚労省の数字の数倍から10倍近くいるのではないかと思います。<br />
しかも違法薬物に指定されていませんから、依存に陥っていると自覚しにくいのです。自覚だけでなく、周囲の人もアルコールに関しては相当な出来事が起こるまでは依存症と考えません。依存症という診断がついた後でもまだ、深刻に受け止められない場合が少なくありません。<br />
アルコール依存症の患者さんが治療を受けて一生懸命続けている断酒が破られる原因の一つが宴席での職場の上司からの次の一言です。「○○君。もう大分長いこと酒を絶てたんだから、そろそろ少しはいいんじゃないか？」<br />
大麻を止めている人に「もうそろそろ少しは吸ってもいいんじゃないか？」と言って大麻を勧める人はいないと思うのですが、アルコールが大麻などよりもはるかに強い毒性、依存性を持った薬物だという認識がないようです。<br />
前回の大麻のコラムにも書きましたが、本当は、アルコールは大麻よりもずっと重大な問題を引き起こしているのです。具体的には飲酒運転による轢き逃げ、暴力行為、器物損壊、性犯罪、転倒による骨折など枚挙に暇がありません。<br />
現在、わがもの顔で幅を利かしている嫌煙運動にさえ幼稚な愚かさを感じている私ですから、過去に大失敗を経験済みの禁酒法を推奨しているわけではありません。ただ、「酒」と名付けられているからといって油断してアルコールと付き合ってはいけないと言っているのです。<br />
<br />
「酒は飲んでも飲まれるな」。アルコールが極めて依存性の強い薬物であることを承知の上で、うまく飲まなければなりません。アルコールという薬物を上手に使いこなす能力がない人は一滴も飲まないでおく方が賢明です。
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      <![CDATA[<br />
<strong>【当クリニック運営サイト内の掲載記事に関する著作権等、あらゆる法的権利を有効に保有しております。】</strong>
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   <title>薬物依存（６）―大麻―</title>
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   <published>2010-01-17T23:02:05Z</published>
   <updated>2010-01-17T23:06:16Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[名門大学の学生や、大相撲の関取が大麻取締法違反容疑で逮捕された報道が相次いで、大麻の乱用が抜き差しならないほど広がっていることが明らかになりました。マンションの室内で大麻を栽培していた大学生が逮捕される現場が映像として報道されて、法の盲点を突いた「種」ビジネスも横行していることが知らされて大きな衝撃を与えました。<br />
実際に違法薬物にかかわる逮捕・起訴件数の年次変化をみると、覚せい剤や麻薬事犯が減少傾向、向精神薬が横這いであるのに対して大麻事犯は年々増加の一途をたどっています。平成１５年が2,772件であったのに平成２０年は3,832件と大きく増加しているのです。<br />
<br />
大麻の乱用は麻の花冠や葉を乾燥させたり 樹脂化、液体化させたものを摂取することによって行われています。燃やしたり炙ったりして煙を吸う、あるいはそのまま食べたり、他の食品に混ぜて食べたりして経口的に摂取します。<br />
ところで、大麻とは洋服の材料に使われる麻とどこが違うのでしょうか。実は大麻と衣料品でその繊維が使われる麻との違いは根本的にはありません。また、「錦松梅」という老舗のふりかけの中に麻の実が入っているように、我が国では古くから食用に供されてきました。また、医師会の神道に詳しい仲間の話によると、神官がお払いの時に用いる「おおぬさ」は漢字で書くと「大麻」で、麻の繊維で織られたものです。つまり、麻は古くから私たち日本人の生活に根付いていた植物です。<br />
このように麻は実用植物なので、他の乱用物質と同じ法律では規制できないのです。このために大麻の取り扱いを学術・研究および繊維や種子の採取だけに限定して免許制にしました。こうして、従来から麻の栽培で生計を立ててきた農業従事者を救済した上で無免許での大麻の所持、栽培、輸出、輸入を禁じたのです。<br />
それでも種子が食用に使われるために、種を所持しているだけで処罰されるならば、「錦松梅」を買うと逮捕されてしまうことになってしまいます。そこで規制対象から種子を除外して「大麻およびその製品」としました。この盲点を突いて冒頭に書いた種子ビジネスが横行しているのです。<br />
<br />
大麻はその剤型によって呼び名が異なります。花冠や葉を乾燥させたものをマリファナと呼びます。これをパイプに詰めたり紙で巻き（ジョイント）、火をつけて煙草のようにその煙を吸うやり方がもっともポピュラーな大麻の摂取法です。押収大麻の８割近くがこの乾燥大麻、マリファナです。<br />
ハシシとは花冠や葉からの樹液を圧縮して固形の樹脂状に加工したものです。ハシシのほかにハッシッシ、ハシシュ、チョコ、チャラスといった呼び名もあります。この樹脂を乾燥大麻と同様に火で炙って煙を吸います。<br />
乾燥大麻や樹脂大麻にアルコール、エーテル、ブタンなどの溶剤を加えて主成分を抽出した液体大麻をハシシオイル、ハシシュオイル、ハニーオイルなどと呼びます。これは煙草などに浸み込ませてから火をつけて煙を吸うとマリファナやハシシと同じ効果が得られます。<br />
<br />
大麻草からは多くの特異的な化学成分が分離されていますが、この中で精神機能に作用を引き起こす物質はテトラヒドロカンナビノール（ＴＨＣ）です。ＴＨＣは幻覚や妄想を生じ、気分、情動、感覚、知覚を変化させ、長期に連用する幻覚や妄想が後遺症として残るとされています。<br />
しかし、純粋に学術的な論文や医学書を読む限り、幻覚や妄想を引き起こすことはほとんどありません。気分、情動、感覚、知覚に対する作用はあるものの、その程度はアルコールよりも弱いと考えられます。ＴＨＣの薬理作用を誇張して発表する報告には、大麻取締法を前提に、大麻を危険物質として啓蒙しなければならないという政治的な思惑が加わっていると言わざるを得ません。<br />
ＴＨＣは動物には一般的に鎮静的に働きます。睡眠時間を延長したり、刺激に対する反応を抑制します。人に対しては一般的に多幸感を生み、リラックスさせて眠気を生じます。記憶力を低下させて、まとまったことを遂行する力が低下します。非常に大量摂取した場合には幻覚・妄想や離人感が出現しますが、通常の摂取でそういった重傷の精神症状が起こることは稀です。身体的には心拍数の増加と結膜の充血がよく見られますが、重篤な身体症状がみられることはめったにありません。<br />
大雑把に言うと、大麻の作用はＬＳＤや覚せい剤などの中枢神経系を刺激する薬とは異なって、抑制性の薬物であるアルコールと似ています。そしてその作用の強さは合法的に販売されているアルコールよりも弱いように思います。耐性はほとんど発生しませんので身体依存はありませんし、精神依存もコカインや覚せい剤は言うに及ばず、アルコールよりも弱いのです。<br />
一方、最近は大麻成分の臨床的な有用性が報告されて注目を集めています。たとえば、難病の一つ多発性硬化症の痙縮、疼痛、排尿障害、睡眠障害を高率に改善するという報告があります。大麻はまた、ＨＩＶ感染症、すなわちＡＩＤＳの症状や治療に用いる抗ウイルス薬の副作用の緩和に効果があります。さらに、癌患者の食欲増進や疼痛緩和にも効果が証明されています。このために、カナダ、オランダをはじめ先進各国の間で大麻の臨床適用と大麻成分を用いた治療薬が開発中です。<br />
<br />
私は大麻の乱用を勧めているのではありません。法律で禁じられていることを敢えて犯すことは許されません。ただし、法律、法律と大上段に振りかざしますが、法そのものが、所詮あさはかな人間が考え出したものなのですから、時々、立法の精神に立ち戻って考えてみる必要もあるのではないでしょうか。<br />
薬物の使用を法で規制する目的は、その薬物の使用が個人および社会に多大な弊害を与えることを防ぐことのはずです。今まで述べたように大麻は摂取した本人にこれといった重篤な健康被害を起こすことはなさそうです。<br />
社会に対してはどうでしょう。こちらは確かに害悪を及ぼしています。なぜならば、大麻の違法取引が暴力団や一部犯罪者たちの資金源となっているからです。しかし、このアングラ商売を成り立たせているのは、ほかならぬ大麻取締法の存在です。大麻を法律で規制するから違法ビジネスが成立するのです。大麻取締法で規制しなければ、放っておいても自生する麻にそれほどの商品価値は生まれないのではないでしょうか。<br />
大麻を吸煙で精神に変容をきたして、覚せい剤の場合のように人を殺めたという話を聞いたことがありません。酒という名前で大手を振って売られているアルコールの方がはるかに頻繁に車で人を引き殺したり、興奮して傷害事件を引き起こします。<br />
このように書くと、またしても私が大麻解禁論者であるかのように誤解されるかもしれませんが、大麻容認を主張しているのではありません。薬物に対する法律上の取り扱いが科学的な根拠と大きく乖離していることが問題だと言っているのです。<br />
医学的にみてそれほど害悪があると思えない大麻を、極めて毒性が強くて個人に対しても社会に対しても危険な影響を与える覚せい剤などと同等に規制することはいかがなものかと言っているのです。<br />
少しでも身体に悪いものは禁止した方がよいと言う意見がありますが、もしそうならばアルコールはもっと厳しく取り締まるべきでしょう。また、味噌も糞も十把一絡げに禁止することは、一見危険防止に役立っているかのように思えるでしょうが、実は反対に強毒の薬物に対する敷居を下げる危険があります。覚せい剤も大麻と同じ程度の毒性しかないと、高をくくってしまう人が出るからです。<br />
ゲートウェイ（踏み石）理論といって、大麻自体は毒性が少なくても、それを使用することがより強毒のヘロインや覚せい剤乱用への入り口になると言う説が大麻規制論の根拠の一つになっていますが、その後数多くの追跡調査ではこの理論に否定的な結果が得られています。<br />
<br />
ともかく体に良くない可能性がある者は取りえず禁止しておけばよいと安直な姿勢を改めて、アルコールを含めて依存性薬物に対する法的対処について、科学的な根拠を基に公正に再検討する必要があると考えます。その際、現在版魔女狩りの様相を呈している煙草についても、感情的に流されないフェアな検討をしていただきたいものです。
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      <![CDATA[<br />
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   <title>薬物依存（５）―コカイン―</title>
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   <published>2010-01-10T23:01:30Z</published>
   <updated>2010-01-10T23:04:32Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[お正月も終わり、通常業務に戻りました。そこでこのコラムも昨年に引き続いて「薬物依存」の話に戻ります。<br />
<br />
我が国では北朝鮮からの覚せい剤の流入が社会問題となっていますが、アメリカではコロンビアからのコカイン密輸が大問題です。アメリカは軍を派遣してこの犯罪シンジケートを壊滅させるべく銃撃戦や空爆を行ったほどです。<br />
<br />
コカインとはコカノキに含まれるアルカロイドです。粘膜表面に浸潤して知覚神経末端の興奮を抑制する局所麻酔作用があります。一方、中枢神経には興奮的に作用して精神を高揚させる働きがあります。爽快感と快感が得られます。このために、薬物依存症の原因になります。<br />
コカイン摂取時の精神高揚作用はとても強力なので極めて精神依存が形成されやすいのです。一方、身体依存はほとんどなく、禁断症状は起こりませんが精神依存の強さは依存性薬物の中でもトップクラスなので、一度手を出すとやめられないようです。<br />
中枢作用は覚せい剤（アンフェタミン、メタンフェタミン）によく似ており、脳内のドーパミンの活性を高めることによって快感を与えます。覚せい剤よりも効果が強く、作用時間が短いので覚せい剤以上に依存しやすいと追えます。ただ、覚せい剤よりも高価だったので、アメリカではハリウッドのセレブやＩＴ長者などのお金持ちはコカイン、若者や貧乏人は覚せい剤にという棲み分けができていました。「依存性薬物の王様」と言われた所以です。<br />
コロンビアマフィアが資金源として目をつけて供給量が増えたために、最近では末端価格が下落して貧困層や若者の間にも広く蔓延して一層深刻な社会問題となっています。<br />
ところで、コカインはペルーやボリビアでは昔から日常的に摂取されています。コカの葉の干したものに熱いお湯を注いで飲むコカ茶です。両国のように標高が4,000メートルを超える高地で生活する者にとってコカ茶は高山病の予防、改善に不可欠のようです。<br />
また、コカインを摂取することによって恐怖感をなくし、疲労感を薄れさせ、空腹感を忘れさせ、眠気を飛ばすという効果があるために、貧しい鉱山労働者はコカの葉を噛むことで危険で過酷な労働を続けることができるという悲しい理由もあるようです。<br />
ただ、乱用目的で使うコカインの作用をコカ茶で得ようとするとトラック１台分の葉を必要とすると言われています。これは少し大げさで、少量とはいえコカ茶にも依存作用はあると思うのですが、特に社会生活に支障をきたすことはありません。<br />
<br />
世界的飲料のコカコーラの中にコカインが含まれているかどうかは以前から論争の的でした。正確な成分は企業秘密で明らかにされていませんが、以前は確かにコカインが含まれていたようです。<br />
コカコーラはジョージア州アトランタ在住の薬剤師、ジョン・Ｓ・ペンバートンが1885年によって精力増強や頭痛の緩和に効く薬用酒として売り出されたフレンチ・ワイン・コカが元になっています。<br />
ペンバートンは南軍軍人として南北戦争に参加して負傷し、モルヒネ中毒になっていました。自身のモルヒネ中毒に治療効果があると考えられていたコカインをコーラのエキスとワインに調合して売り出したのです。しかし、コカイン依存が問題となるとともに禁酒運動が広まって売れ行きが鈍ってきた折も折、たまたま間違って炭酸水を混ぜてしまったものをコカ・コーラと名付けて売り出したところ、爆発的な売れ行きとなってアメリカ中で愛飲されるようになりました。1886年に発売されたコカ・コーラはしばらくはコカインが含有されていましたが、1903年にアメリカ国内でコカイン販売が禁止されたためにコカの葉からコカイン成分を取り除いて、代わりにカフェインを調合するようになりました。<br />
それでも香料の一部はトップシークレットであり、一度飲むと病みつきになって世界中にコーラファンを増やしていくために、今でもコカインが混ぜられているのではないかという噂が絶えません。<br />
タイで開発されてオーストリアの会社が日本を含む世界中に売り出している「レッドブル」というスタミナドリンクがありますが、昨年このレッドブル・コーラから微量のコカインが検出されてドイツでは販売禁止となりました。<br />
先ほど述べましたように、コカインは非常に強い中枢興奮作用と依存性がある物質ですから、コカインを含む飲食品を口にすると知らない間に依存性が形成されてリピーターになる可能性があります。コカインは利益追求に躍起となる資本家にとって悪魔の誘惑物質と言えるでしょう。<br />
<br />
極微量の成分を飲んでも乱用者が求めるような快感は得られません。乱用者たちの摂取方法の多くは粉末を鼻粘膜に擦りつけ吸引する経鼻的吸引でした。しかし密輸量が増えて価格が下落したために、売人たちは低価格でより強烈な薬理作用を求めてこの粉末に重炭酸ナトリウム、水を混ぜて加熱することによって純度の高い塩酸塩を作り出すようになりました。これが「クラック」です。<br />
クラックは無色の結晶で、火であぶってその煙を吸うという方法で用います。火であぶる時にパチパチという音がするところから「クラック」という名前がつきました。この方法で摂取すると作用発現が速くて効果が強く、吸煙後十秒余りで精神が高揚します。一方、作用持続が10分～20分と短いために、粉末コカインの乱用よりもさらに強い依存作用が生じます。<br />
クラックの登場でそれまで富裕層だけの乱用であったコカインが爆発的にあらゆる年齢層、社会層に広まりました。この結果、依存性の点では王の地位に揺るぎがないものの価格の点では王様とは言えなくなったのです。<br />
<br />
これまで説明したように、コカインの薬理作用は中枢神経を興奮させます。覚せい剤と同じ中枢刺激薬なのですが、我が国では本来中枢抑制薬を対象とした麻薬及び向精神薬取締法で規制されています。輸入、輸出、製造、製剤、譲渡しが禁止されて言います。<br />
我が国ではまだコカインの乱用は欧米と比べるとかなり少ないと言われていますが、覚せい剤乱用者の多くがコカインにも手を染めるようになります。昨年世間をお騒がせしたのりぴーと押尾の二人もコカインをやっていたようです。今後、クラックコカイン乱用が社会問題となる日もそう遠くないように思います。
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      <![CDATA[<br />
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   <title>年頭所感-人格の老化-</title>
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   <published>2010-01-05T13:52:29Z</published>
   <updated>2010-01-05T13:55:46Z</updated>
   
   <summary>あけましておめでとうございます。 2009年は我が国始まって以来の政権交代という...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.clinic-nishikawa.com/">
      <![CDATA[あけましておめでとうございます。<br />
2009年は我が国始まって以来の政権交代という大きな出来事がありましたが、その成果はいまだ見えてこず、景気は落ち込む一方で庶民の暮らしも冷えてい
くばかりであったように思います。私にとっても思春期の頃からずっと憧れていた大原麗子さんが不遇の死を迎えるなど辛いニュースが多い年でした。<br />
2009年は十二支では「丑」です。丑は五行では土気、陰陽では陰、方位では北東微北であり、陰気臭く活気が感じられません。時刻に至っては怪談話の常套句である「草木も眠る丑三時」で分かるとおり、午前2時前後の2時間で幽霊や魔物が現われやすい時間帯です。<br />
「丑」はもともと「紐（ちゅう）：『ひも』や『からむ』の意味」で、芽が種子の中に生じてまだ伸びることができない状態を表しています。後になって覚え易
くするために動物の「牛」が当てられたのです。こう考えると昨年、あまりよいニュースに恵まれなかったのも納得ではないでしょうか。<br />
それでは寅年の2010年はどうなるのでしょうか。寅は便宜的に動物の虎が当てられていますが、本来「螾（いん）：『動く』という意味」で、春がきて草木
が生ずる状態を表しているとされます。五行は木気、陰陽は陽、方位は北東微南、時刻は午前4時あたりです。なんとなく寅年の2010年は低迷状態から脱し
て活気づいてくることが期待できそうです。<br />
突然、陰陽道の話になって面喰っていらっしゃるかもしれませんが、これには訳があるのです。と言うのは、今年は私が誕生した1950年から十干が6回巡って、十二支が5巡りしてようやく再び庚寅になるのです。つまり還暦に当たります。<br />
一昔前までは、還暦には贈られた赤い頭巾とちゃんちゃんこを身に纏い、孫を膝に抱いて写真撮影と言うのが定番でありました。ところが、今では六十歳はさほど年寄りとは見られず、赤色グッズのプレゼントやお祝いの会も無視される傾向にあります。<br />
しかし今でも、還暦が老人に仲間入りする節目であることに変わりはありません。サラリーマンなら定年退職となりますし、年金を受け取ることができるようになります。映画館は1000円で観られるようになります。映画館に限らず各種料金が割り引かれます。<br />
幸か不幸か今のところ医師に定年はありませんから、60歳を過ぎても私の生活が別段これまでと大きく変わるわけではありません。事実、周りを見渡たすと私より年配の先生方がかくしゃくとして現役続行されています。<br />
周
囲の人は「先生、お若いですね。以前とまったくお変わりありませんよ。」などと煽てるものですから、ますますその気になって壮年期の人たちと張り合って行
動します。人の老いは非常に個人差が大きいですから、心身が若々しければ歴年齢で行動を変える必要はありません。これまでと同じように発言して行動してか
まわないと思います。<br />
ところが、若々しく見える人でも実は老いは忍び寄っているのです。老化と言うと短絡的に認知症と考えがちですが、老化だけで
認知症にはなりません。認知症は一つの疾患ですから80歳過ぎても認知症でない方はたくさんいらっしゃいます。しかし、認知症ではない元気な方でも加齢に
伴って人格が変化してきます。高齢者によく見られる人格変化としては以下の点が挙げられます。<br />
①&nbsp;&nbsp;&nbsp; 感動性の減弱、② 感情機能の流動性や弾力性の減弱、③ 高等感情の鈍麻、<br />
④ 心気的、猜疑的、自己中心的、利己的傾向の強化、⑤ 興味関心の縮小と保守的傾向の強化、⑥ 精神機能の効率の低下。<br />
つ
まり、新しい出来事を過去の自分の経験の枠に当て嵌めて理解するので感激しなくなります。新しい物事に対して興味や関心を覚えなくなり、あらゆる場面で変
化を嫌います。新しい電気製品やインターネットなどが苦手なのは理解できないというよりは面白がって覚えようとしなくなることの方が主な理由かもしれませ
ん。<br />
自己中心的になり、やたら健康のことを気にし、疑り深くなります。高齢者が必要以上に病院通いしたり、「もの盗られ妄想」を起こしやすい素地
がここにあるのです。感情の切り替えがうまくいかなくなるので、怒り出すといつまでも怒っていたり、涙が止まらないという現象も見られます。<br />
道徳的な情操が鈍麻すると、人目を憚らない行為をしたり、下品な発言をするようになります。若い時には言わなかったような下品な冗談を言ったりします。<br />
記憶や計算は時間をかければ出来たとしてもスピードが遅くなります。思考もなかなか結論に達しなくなります。何かを話そうとするとそれに付随する様々な事
項が頭に浮かんできて、それらすべてを伝えようと考えて、なかなか結論に達しません。思考の迂遠といいますが、結婚式のスピーチでよく見かけますね。要す
るに話が回りくどくなるのです。<br />
こういった変化は非常に個人差がありますから、老人の誰もが頑固で回りくどくて疑り深いというわけではありませんが、こういう傾向が多いことを老人自身が
肝に銘じておくべきです。自分がそういう傾向にあることを自覚して日頃の言動に気を付ければ、周囲との円滑な人間関係を長く保てます。ところが困ったこと
に、こういった傾向と並行して自省能力も低下して他罰的になる場合が多いのです。さらに悪いことに自尊心だけはあまり低下しません。ですから、不本意なで
きごとや周囲の人との不和が生じた時、「もう年なんだからしょうがない」と努力することを簡単に放棄したり、周りの人が悪いからこうなってしまったと解釈
して被害的になり不平・不満ばかり言ったり、高圧的に若い人を説教することになります。こうなると所謂「老害」です。<br />
また、明らかな人格変化は認められなくても、まず例外なく元々の性格が先鋭化されます。自己中心的な人はますます自己中に、優柔不断な人は一層決断ができなくなるのです。<br />
<br />
さて、還暦を迎えて老人の仲間入りする私ですが、「庚」は剛直、鋭いとされています。また「寅」は十二支の中で最も強い干支と言われています。果敢に決断して、よく艱難に耐え、進取の気性に富み思慮分別があり競争心が強いそうです。<br />
したがって、「庚寅」は非常に個性（あく）が強く、せっかちで何事にもぐずつくことが嫌いで一足飛びに物事を片付けようとします。一方、気が散漫で移り気のために長続きせずに、失敗すると癇癪を起こす人が多いとあります。<br />
九
星からみると1950年は五黄土星です。ですから私の年の生まれの人は「五王の寅」とも言われます。寅が最強の干支であるのに加えて、五王は本命星の中で
一番強烈な星なのだそうです。性質は豪気大胆。情深く、思い立ったことは是が非でも押し通さねば気のすまないところがあって人から憎まれます。また器用で
何事にも優れた才を発揮するけれども、中には反対に臆病で何事もできない人もあります。こちらから見てもあくが強く平穏無事な一生を過ごすことが難しいよ
うです。<br />
干支や九星だけでその人の性格や一生が分かるなんて思ってはいません。もしそうならば同い年の人はみな同じ性格だということです。同じ年の人が同じ性格であるならば精神科医は苦労しません。<br />
し
かし、自分の性格を自己分析すると今書いた特徴がかなり当たっていると感心せざるを得ません。私のことをよく知っている人も「なるほど」と納得されるので
はないでしょうか。私は小さい頃から親をはじめ周囲の人から「天の邪鬼」と言われ続けてきました。一方、自分の言動を振り返ってみると、加齢に伴う人格変
化の節々を自覚します。このままだとかなり強烈な「老害」になってしまいそうです。<br />
還暦の年を迎えて改めて己の性格と避けられない老化を痛感しま
した。これからは老人の特権を主張するだけではなく、老人にふさわしい生き方をしなければなりません。出しゃばり、目立ちたがりという、もって生まれた性
は一朝一夕で変えられるものではありません。また、脳の老化、人格の老化も避けることができません。<br />
ですから、私は還暦を機にできる限り出しゃばらず、ひそやかに生きることを心掛けようと思います。人生劇場における主役はもう引退です。その役目は我が子を含めた後進に譲り、目指すは彼らの活躍を引き立てる名脇役です。
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   <title>2009年私のできごと</title>
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   <published>2009-12-28T00:08:41Z</published>
   <updated>2009-12-28T00:11:33Z</updated>
   
   <summary>テレビをつけると普段観ていた番組に代わっておよそ内容の乏しい特別番組ばかりになっ...</summary>
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      <![CDATA[テレビをつけると普段観ていた番組に代わっておよそ内容の乏しい特別番組ばかりになってしまいました。毎年大晦日に近づくとこのような状態ではありましたが、今年は例年よりも特番化が早いような気がします。<br />
インターネットの普及によってテレビ広告の市場価値が低下して広告単価が値下がりしたことに加えて、長引く不況によって、番組制作費の削減を余儀なくされたことの現れではないでしょうか。<br />
これを裏付ける現象は日常的な放送にも明瞭に見ることができます。ひとつは今まで見たこともないような業種や企業がスポンサーになっていることです。パチンコ台製造業者、債権処理で大儲けの法律事務所のほかにも、なぜマスメディアでの宣伝が必要なのか首を捻ってしまうローカルな店までもがテレビ広告をしています。<br />
また、これまでは料金の安い深夜帯に限られていた美容外科の広告がゴールデンタイムに進出してきました。不細工なのにやたら目立ちたがり屋のＴ美容外科クリニック院長の顔を頻繁に目にします。<br />
大手製造業が業績不振によって宣伝費を抑えた結果、広告単価を値下げせざるを得なくなって小規模企業でもテレビ広告を打てる時代になったのでしょう。<br />
番組内容も制作費用がかからないものばかりです。豪華キャストや海外ロケを必要とする大型ドラマはすっかり影を潜めました。2，3流のタレントをスタジオの雛壇に並べて、クイズを解かせたり、くだらないおしゃべりをただ垂れ流す番組が各局のゴールデンタイムを埋めています。土曜日の午後の時間帯に至っては自局の番組の予告宣伝で時間を埋めるという情けない状態です。<br />
2年後にデジタル放送に完全移行してチャンネル数が倍増すると、一つ一つの局の価値が相対的に低下しますから、全国民が同じ時間に力道山の空手チョップを観たなどという情景は夢のまた夢。製作会社は軒並み討ち死にして、番組のレベルはなお一層低下してスポンサーも小型化して、そのうち町のスーパーがテレビ広告するようになるかもしれません。<br />
<br />
さて、私のこの１年を振り返ってみると、次の二つのできごとがありました。その一つは3年ぶりにゴルフを再開しましたことです。<br />
3年前、とある事情でゴルフを止めました。もともと下手くそだったので、少しでもクラブを握らない期間があると、さらにひどい状況になることが心配で、ますますゴルフから遠ざかるという悪循環に陥っていました。それに加えて昨年、胆嚢摘出があったのでアウトドアライフへの復帰はますます遠のいてしまいました。そんなわけで、もう二度とゴルフをやることはないだろうと考えて用具の処分を始めた矢先に家内からの強い誘いで再びゴルフをやることになりました。<br />
私の所属するクラブは会員の平均年齢が高いので、少し顔を出さなくなると「近頃○○はちっとも顔を出さなくなった。きっと死んだんだろう。」とすぐに殺されてしまいます。私もご多分にもれず殺されていたのでしょう。3年ぶりに私の顔を見た人はまるでゾンビに出会ったかのようにびっくりしていました。<br />
食堂にキープしてあった酒を3年経ってもそのままに預かってくれていたのには感激しましたが、仲の良かったメンバーが本当に亡くなってしまっていたことにはショクを受けました。<br />
同伴者に迷惑がかからないことだけを心掛けてラウンドしているのですが、3年経って変ったことと言えば飛距離が落ちただけで、相変わらず複雑怪奇なフォームのスイングからあらぬ方向に球が飛んでいくので、同伴者には多大な迷惑をかけています。まあ、他のメンバーの忍耐の許す限りゴルフを続けていこうと思っています。<br />
<br />
今年もう一つの報告事項は「今日のお言葉」を書き続けたことです。以前のコラムで少し紹介しましたが、昨年の暮れから家族向けに書き始めたミニコラム「今日のお言葉」を書き続けました。この「今日のお言葉」とは諺や四文字熟語や格言などを散りばめたＡ4一枚に入る600～800文字の小文です。<br />
毎日書くことを約束したので、その日にあったできごとやその日にちなんだできごとを題材に随筆や論評の形で書きます。ところが、ただ文を書くだけではなく、その中に必ず新しい諺、熟語、格言が含まれていなければなりません。これは相当にしんどい作業です。<br />
それでも雨の日も風の日もなんとか頑張って365日精勤できそうです。おかげでこの１年は、診療した後の時間の大半を「今日のお言葉」と毎週１回連載しているこのコラムの原稿作りに費やしました。<br />
原稿書きに雨風は影響ありませんが、開業医は診療以外の時間のすべてを物書きに費やすことはできません。講演会、セミナーといった勉強会やいろいろな会合にも出席しなければなりません。経営者としての事務作業もしなければなりません。そういう会合や事務仕事の合間をぬって原稿を作らなければならなかったので、この１年は心の休まる日がありませんでした。<br />
「今日のお言葉」は子供たちからのリクエストで始めたのですが、言い出しっぺの子供たちはそれぞれの勉強が忙しいと言ってあまり読んでくれていません。それでも、必ず毎日１編書くと決めたのは自分だったので、報酬も無く、誰が読んでくれるかもわからない空しい仕事ではありましたが、ともかく頑張りました。一度始めると止めることが難しい私の習性がいつも自分を苦しめるのですが、いろいろなテーマについて頭を整理して、それを文に纏めるという知的な訓練をしたおかげで、自分自身のボケ防止に役立ったのではないかと思います。<br />
ただ、この作業を続けると他の活動が何もできなくなってしまいますので、今年の大晦日を一つの区切りにして「今日の御言葉」はひとまず終了することにしました。<br />
<br />
私の今年のニュースはこの２つですが、世間では、我が国歴史始まって以来の本格的政権交代がなされたとか、ドバイ開発の粉飾決算の露呈からリーマンショックを上回る世界不況の到来が現実的になったとか、温暖化が一層深刻になって南極から巨大氷山が流れ出して北極海では白クマが共食いを始めたとか大きなニュースが目白押しです。<br />
しかし、宇宙に目を転じれば、昨年の今と同様に、巨大彗星が地球との衝突コースに入ったとか、宇宙の膨張が収縮過程に転じたとか言うようなビッグニュースはありません。地球上の細々として煩雑なできごとなどとは無関係に、これまで通り猛スピードで膨張を続けているようです。<br />
<br />
人生悲喜交々と言いますが、我々を取り巻く社会ではこの数年「悲」が「喜」を上回っているように感じます。来年こそは虎の一吠えで暗いニュースを吹き飛ばして、明るいできごとが溢れるようになることを祈って今年最後のコラムを終えることにします。皆様よいお年をお迎えください。
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   <title>薬物依存(4)―MDMA―</title>
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   <published>2009-12-20T15:20:51Z</published>
   <updated>2009-12-20T15:26:52Z</updated>
   
   <summary>酒井法子と押尾学は二人とも違法薬物を所持、使用したとして逮捕、起訴されて有罪の判...</summary>
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      <![CDATA[酒井法子と押尾学は二人とも違法薬物を所持、使用したとして逮捕、起訴されて有罪の判決を下されましたが、二人が問われた罪は異なっていました。酒井法子は覚せい剤取締法違反であり、押尾は麻薬及び向精神薬取締法違反でした。この違いは対象薬物が違っていたことによります。<br />
酒井が所持して常用していた薬物は覚せい剤で、押尾はMDMAという薬を使用していたことで罪に問われたのです。覚せい剤は古くから違法薬物として名前を
轟かせていましたから知らない人は少ないのではないかと思います。一方、押尾の使っていたMDMAの名前を聞いてすぐにカラフルな小さな錠剤を思い浮かべ
ることができる人はかなりの「くすり通」です。一般の人にはまだあまりよく知られていません。<br />
<br />
MDMAとは3,4-
methylenedioxymethamphetamineの略語です。アンフェタミンやメタンフェタミン類似薬ですから、薬理学的には覚せい剤と同様、中枢神経刺激薬に分類されますが、我が国の法律では麻薬の仲間に入れられており、麻薬及び向精神薬取締法による規制対象薬物となっています。<br />
MDMAは医薬品としては製品化、実用化はされませんでしたが、1912年にドイツのメルク社が食欲抑制剤（やせ薬）として開発した薬物です。ところが、1970,80年代にアメリカの精神科医がPTSD（外傷後ストレス障害）の治療薬として盛んに用いました。<br />
なぜならば、PTSDは過去に体験したいやな出来事をあるがままに受け入れることができないために起きてくる精神障害です。ですから通常のカウンセリング
ではその事実がなかなか意識の上に思い起こされることが困難です。ところが、MDMA服薬下でカウンセリングを受けると、意識下に覆い隠され続けてきた辛い体験も容易に思い出して、事実として受け入れることができるようになり、症状が大幅に改善することが分かったからです。<br />
今ではアメリカでも法による規制対象になって精神科医療の現場で使用することはできませんが、今でも精神科医の間にはMDMAの治療効果を主張する者が少なくありません。<br />
この薬が乱用の対象として用いられるようになったのは1980年前後からです。仲間内のパーティーで盛り上がる目的や性的快感を高める目的のレクレーション・ドラッグとして、「エクスタシー」の通称でダンス音楽の流行に乗って広まっていきました。<br />
この薬が好まれる理由は「他者との共感」という幻覚作用に負うところが大きいようです。カウンセラーとの関係がより強固なものとなってカウンセリングが円滑に進められるということは、相手との共感性が高まるためです。この効果は何もカウンセリングの場だけに限られるわけではありません。したがって、複数の人
間で使用すると他者との共感性が高まって、内面的な連帯感が強くなります。<br />
もともと名前が示すように化学構造的にはmethamphetamine（覚せい剤）に似ていますから、脳内の報酬系として知られるドパミンの放出を促進して快感を与え、覚醒作用があります。またMDMAはドパミンに加えてセロトニン系も刺激します。こういった薬理作用によって多幸感、他者との共有感という幻覚体験を起こすことが集団での乱用に用いられる理由です。さらに比較的廉価な錠剤の内服という簡単な摂取方法もパーティードラッグとなった一つの理由かもしれません。<br />
<br />
今述べた作用を示すだけならば、アルコールと同じように人間関係を良くする小道具として有用に思えるかもしれませんが、そううまくはいきません。ドパミン系やセロトニン系が異常更新しますから、不整脈、異常発汗、高体温症という重篤な症状を引き起こします。<br />
押尾は相当長期間にわたってこの薬を使用していたと思われますから、この薬の危険性も熟知していたはずです。それにも関らず、大量摂取を勧めて（密室での事件だったことをよいことに本人は否定しています。まったく卑劣なやつです）、副作用が現われても自己保身のために放置したのですから、保護責任者遺棄致
死罪どころか過失致死罪に問われてもよいような気がします。<br />
この他、低ナトリウム血症、急性腎不全、横紋筋融解症などでの死亡もありますし、不安性障害、被害妄想、抑うつ気分、睡眠障害、記憶障害、衝動性の亢進、集中困難といった後遺症が残ることも少なくありません。<br />
さらに現実にブラックマーケットに出回っているMDMAの多くは<br />
3,4-methylenedioxymethamphetamineの純正品であることが稀で、不作為あるいは作為的に不純物や他の成分が混じっています。このために予想外の重篤な副作用が出現する可能性が高いのです。中でも、より強い刺激を引き起こすために覚せい剤が混合されていることが多く、その場合には脳を致命的に破壊して重大な後遺症を残すことになります。なお、覚せい剤成分が多い剤型の場合には覚せい剤取締法による処罰対象となります。
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