投稿日:2016年2月1日|カテゴリ:コラム

先日またもや長距離バスの悲惨な事故が起きた。運転手を含む15名が帰らぬ人となった。スキーバスということもあって乗客39名のうち11名が10台、20代前半が23名、20代後半が2名と、大半が大学卒業前の若者であったことが世間の同情をさらなるものとした。

被害に遭った方々には心からお悔やみ申し上げるが、こういった事件や災害時の報道を見ると相も変わらず、被害者がいかに良い人だったかということばかりを強調していて、嫌な感じがする。

被害者が皆から好かれる人だったから重大な事故だったので、嫌われ者ならばたいした事件ではないというでも言うのだろうか。そんなはずはない。被害者の人柄はバスの事故と何ら関係がないのだ。

以前のコラムでも述べたが、こういった必要以上に同情心を煽る報道が人々に現実をありのままに捉える能力を鈍らせて、こうあるべき、こうあってほしいという理想と事実との混同を醸成する。そして、被害者遺族の悲しみを不必要に煽るように思う。

 

残念ながら、こうあってほしい、こうあるべきだという願いや理想と現実とは異なるものだ。こと自然現象だとこの食い違いは案外すんなりと受け入れられる。

たとえば天候。勝ち焦がれていたゴルフコンペの朝、カーテンを開けたらどしゃ降りなんてことは稀ではない。残念で仕方がないが、天気ばかりは致し方ないとあきらめて雨という現実を受け入れられる。

ところが、少し身近な事柄になるとなかなか現実をあるがままに受け入れられなくなる。このよい例が健康や加齢。

生老病死は生きとし生けるものにとって避けることのできない必然。自然現象ともいえるのだが、自身のこととなると話が変わってくる。

ちょっとした違和感に捉われて何か所もの医療機関をはしごする人は少なくない。また、いつの時代も怪しげな精力剤や美容関連商品が後を絶たないのも、人のこうした心のあり方に付け込んでいるからだろう。

さらに、もっと人との関わりが深い事柄になると、自分の置かれた現在の状況をあるがままに受け入れられる人は滅多にいなくなる。

対人関係にしても、多くの場合相手の行動、態度だけで決まるものではない。お互いさまであり、相互のあり方、かかわり方によって決まってくる。さらに言えば、その時の状況のいかんでは二人の関係が180度変わってくることだってある。つまり、自分たちではいかんともしようがない要素も多く関わっている一つの現象と言える。

こうして、他者と自分の関係は様々な要因が複雑に絡み合って、その時の状態を決定している。それは厳然とした事実なのだ。だがその現実が自分の理想形と違っているとあるがままに受け止められない。

するとどうするか。この現実は間違っていると、とんでもない解釈に走る。そして人間は本来あるべき状態を狂わせた原因を単純化して追求しようとする。中には自分にだけその原因を課して、自殺に走る人もいるが、現在の日本人の多くは他者にその責任を求める。

その結果、相手を執拗に非難したり、罰しようとする。こういう心的機序の成れの果ての1型がストーカーだろう。

事故や災害時の被害者美化報道はこういう間違った解釈に拍車をかけるものだ。あんな善い人が事故や災害に巻き込まれるのはおかしい、間違っている。誰か決定的に悪い奴がいなければならない。こうして、関係者や行政に対する過剰なバッシングが起こる。

先日も、とある救急隊の到着がちょっとした手違いで5分遅れた。患者が死亡したことでその因果関係が議論された。むろん、遅れないほうが良いに決まっているが、通報時に心肺停止状態の患者は本来死んで当たり前だ。それが、現在の素晴らしい救急システムと救急隊員の日頃からの猛訓練で、幸運にも助けられる可能性が生まれているのだ。

ところが、遺族は自分の家族は良い人だから助かるべきだ助かって当たり前と思い込んで、自分の家族の当然の死をあるがままに受け止められず、救急隊を非難する。

 

このコラムで何回も繰り返し述べてきたが、私たち人間は宇宙の中のごみにもならないほどの存在。文字通り、幸運な要因の天文学的な組み合わせの結果、奇跡的に今あるのだ。

そういった要因の一つでも欠けたならば、即座に存在できなくなる。だから、今こうして生かされていることを感謝しなければならない。感謝まではしなくてもあるがままに受け入れなければならない。

それなのに間違って、自分を中心に宇宙が回っていると勘違いすると、自分に不都合なことはすべて理不尽と嘆き、その結果恨みや嘆き、生まれてくる。

 

理想と混同せずに、事実をあるがままに受け入れれば不必要なストレスに苛まれることが無くなると思うのだが、言うは易し行うは難しというところだろうか。

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