投稿日:2015年11月9日|カテゴリ:コラム

昨年我が家で買い替えたH社のハイブリッド車はなかなか優れものだ。渋滞の街中を走ってもリッター当たり20kmを超える燃費を保ってくれる。かなり走った後で給油しても30リッターくらいで済んでしまう。これではガソリンスタンドが倒産するわけだ。
燃費もさることながら、この車のオートクルーズシステムが重宝している。高速道路に入ってこのシステムを作動させると、設定した速度を上限にして勝手に運転してくれる。
昔のオートクルーズはただ設定した速度を維持するだけであったが、最近のシステムは前方車両に一定の距離まで近づくと、今度は車間距離を優先して先行車の速度に合わせて減速する。そして、前方車両が速度を上げたり、車線変更したりして前方の障害物が無くなると、再び加速してあらかじめ設定した速度に戻ってクルージングしてくれる。
しかも車線を自動認識して、現在いる車線を保持して自動的にハンドル操作もしてくれる。試しにアクセルとブレーキから足を離して、ハンドルからも手を離しても、きわめてスムースに走行する。もちろん車からは直ちに「ハンドルから手を離さないでください」との警告がくる。
まだこの自動運転システムは発展途上であり、コンピューターの予測を超える事態が生じた際に、対処するのは私たちドライバーだから、これまでと同様に自分自身が運転するという意識は持っていないといけないのは当然だ。しかし、車が近い将来自分が運転する道具から、乗せてもらう交通機関に代わるであろうことを実感させてくれる。
全車両にこういった自動運転システムが完備されれば、居眠り運転やよそ見運転による事故が無くなるだろうし、流れに乗れない1台の運転者によって引き起こされる自然渋滞も解消されるに違いない。

このところ、高齢者の操縦ミスによる重大な交通事故の報道が後を絶たない。
76歳の男がブレーキとアクセルの踏み間違いによって和菓子店に突っ込んで7名に重軽傷を負わせた愛知県の事故。
93歳の女が16歳の高校生の運転する原付バイクと衝突して意識不明の重体を追わせた福岡県のひき逃げ事件。
73歳の男が目抜き通りの歩道を700mも暴走して、2名死亡、4名に重軽傷を追わせた宮崎市の事件、等々である。この他、高齢者による高速道路の逆走も頻繁に起きている。
宮崎の73歳の男性は認知症の診断を受けて、つい最近も入院していたという。93歳の老婆が認知症と診断を受けていたとは聞かないが、年齢から考えて認知機能が相当に低下していたことは間違いない。
私は2009年のコラムで「都会に住む人は70歳になったら車の運転をやめよう」と述べたが、未だに運転をやめない高齢者が多数いるどころか高齢者ドライバーはここへきてむしろ急増している。2005年には977万人だった65歳以上の運転免許保有者数が2014年には1640万になった。なぜならば、我が国の人口構成のピークである団塊の世代が高齢者になったからだ。なんと65歳以上高齢者の52.6%が免許を保有していることになる。
そして予想通り、65歳以上の人たちは重大な事故を起こしやすい。最新のデータでは、自動車乗車中の死者数の割合は16歳から64歳までの年齢層が51.6%で65歳以上が47.0%も占めている。そしてなんと75歳以上のドライバーだけで全体の28.5%をも占めている。つまり75歳以上の後期高齢者の運転は圧倒的に危険性が高いことが分かった。
現在、後期高齢者の免許保有者は、全国で410万人いる。そしてそのうちの30万人が認知症だろうと考えられている。また、運転する後期高齢者の6人に1人が何らかの事故を起こしているとも言われている。由々しき事態である。
車は殺傷力のある武器とも言える。即刻、高齢者から運転免許証を取り上げるべきだが、コラムでも述べた通り、公共交通機関の発達した都市部はともかく、過疎化した山間部ではことはそう単純には運べない。日常の生活を維持していくために車は手放せない必需品となっているからだ。
概ね自給自足でそれ以外の物は村に一軒あるよろず屋や行商で済んでいた昔と違い、現在では日常生活を支えるほとんどの物品を大型量販店に依存している。高齢者に切っても切れない医療を受けるにも数キロ移動しなければならない。過疎化した地方在住者から車を取り上げるということは「生きているな」と言っているに等しいのが現実だ。
実際に65歳以上の免許の保有率は全国平均で52.6%だが、最下位は東京で36.5%。次いで大阪が38.2%と低い。トップは群馬県の62.7%で、長野61.5%、栃木59.6%、茨城58.8%と地方部で高く、都市部で低くなっている。
この数字からも、高齢者はいたずらに運転しているのではなく必要に迫られて運転せざるを得ない人が多いことがよく分かる。
私がテレビ報道で観た認知症高齢者は、標識の意味もよく理解できず、ブレーキの位置さえもはっきりしない状態だが、週に2回は運転している。数キロ離れた病院に入院している妻の着替えを届けるためにである。その地域の路線バスはなんと週に1往復しか運行していないのだから致し方ないのかもしれない。
地域の人たちも、危ないとは思いながらも、「この辺りでは人もあまり歩いていないし、柵にぶつかったり、側溝に落ちたりするだけだから」と見て見ぬふりをしているようだ。だが、この老人の危険な運転がこの地域だけに限定される保証はない。宮崎の歩道暴走車も100kmも離れた家から迷走してきたのだ。車に乗った徘徊と言える。

75歳以上のドライバーは免許更新時に認知機能検査を義務付けている。この検査で認知症の疑いがあると判定され、さらに直近の1年間に信号無視や一時停止違反などの特定の交通違反がある場合は医師の診断が義務づけられる。そしてここで認知症と診断されると免許が取り消される。
しかし、ここで行われる認知機能検査では、相当に進行した段階でないと引っかからない。ところが本当は、認知症の基準には達しなくても、軽度の反射神経の衰えや判断速度の遅延だけでも街中の運転には十分すぎるくらい危険なのだ。
だから、本来少しでも衰えを感じたら自主的に免許を返納していただくのが理想なのだが、認知症になると自分の衰えを自覚できなくなってしまう。高齢者の交通事故の話を聞くと「それは大変ね。運転をやめればいいのに」と言うのだが、自分はその人たちとは違う、大丈夫と考えるのだ。だから、運転をやめてほしい人ほど免許証を返納しないという困った現実がある。
さらに、認知症患者の車に乗った徘徊は免許を返上させるだけでは防げない。認知症になれば免許を返上したことを忘れてしまい、無免許で運転をする。車の鍵を隠しても、家族の車を運転してしまう。

この問題を解決するためには車の完全自動運転化。すなわちロボットカー(autonomous car)の実現しかないのではないだろうか。
業界では自動運転のレベルを次のように定義している。
レベル0:ドライバーが常にすべての主制御系統(加速・操舵・制動)の操作を行う。
レベル1:加速・操舵・制動の内、1つ以上を個々に自動的に行うシステム。
レベル2:加速・操舵・制動の内、2つ以上をドライバーに代わって調和して自動的に行うシステム。ドライバーは常時、運転状況を監視操作する必要がある。一定時間ハンドルから手を離しているとシステムは自動解除される。我が家の愛車はこの段階にある。
レベル3:加速・操舵・制動をすべて自動的に行うシステム。ドライバーは運転から完全に開放されるが、緊急時やシステムの限界時には、システムからの運転操作切り替え要請にドライバーは適切に応じる必要がある。事故時の責任はドライバーとなる。今現在このレベルの車はまだ発売されていないが政府は2020年にこのレベルのシステムの実用化を目指している。
レベル4:完全自動運転。安全にかかわる運転操作と周辺監視をすべてシステムに委ねる。このレベルのシステムはすでに鉱山などで運用されている無人ダンプカーや無人軍事用車両などで実用されてはいるが、あくまで限定された特殊環境下にのみ対応できるものであって、一般公道での実現は2020年代後半になると予想されている。
ドライバーに事故時の責任はない。

過疎地域での認知機能が低下した高齢者の移動を目的にするならば、やはりレベル4のシステムでなければならない。
問題だらけのマイナンバー運用費や汚染物質を増やすだけの原発行政に回す金をロボットカー開発に注ぎ、2020年までにレベル4の達成を目指してほしい。しかも、技術的に可能と言うだけでは済まない。年金を頼りに生活している高齢者にも手が届く価格でなければならない。ロボットカーがスーパーカーであっては意味がないのである。

政府は、恥ずかしげもなく「1億総活躍」なんて口にしたのだから、オリンピックに向けて見栄を張って都市部のインフラ整備にばかり予算を投じるのではなく、ロボットカー実現に向けて全力で取り組んでほしいものだ。
本人を含む多くの人の生命の危険を覚悟して妻の入院する病院を往復しなければならない高齢者がいるようでは「1億・・・・」などちゃんちゃらおかしい。

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