投稿日:2015年9月7日|カテゴリ:コラム

病気になることを「罹患(りかん)」という。「罹」の意味は「かかる、こうむる、なんぎ、遭う」だ。「患」は「わずらう」で「うれえる、思い悩む、心に苦しむ、心配する」という意味である。
つまり病気に罹患するということは難儀に出遭ってしまって思い悩むということなのである。英語で言うと「fall ill」。こういう表現は医学が発達しておらず、病気の本体がまだはっきりしなかった頃の産物だと言える。
たとえば結核は結核菌という特殊な病原菌が1882年にロベルト・コッホによって発見されるまでは、原因不明の不治の病と考えられていた。遺伝性の疾患で はないか、風土病だろう、いや栄養失調によっておこるのだと百家争鳴の状態であった。だから昔は、「結核に罹る」とか「結核を患う」と表現されていた。
しかしコッホが抗酸菌染色(チール・ネルゼン法)によって結核菌が病因であることを突き止めた*のちは、結核は「罹る」のではなく「感染する」病気になったのだ。
そして今や、多くの病気の原因が解明されてきた。このために「罹る」病気が」少なくなって、「感染する」、「発症する」、「結実する」病気が増えてきた。

色々な病気についてどのように表現するのが適切なのか考えているうちに、ごく身近な病気が極めて特殊な表現をされていることに気付いた。それは「風邪」だ。「風邪」だけは「罹る」とは言わず「引く」という。これはどうしてだろう。
風邪について考えていたらさらに不思議なことに思い当たった。「かぜ」は「風邪」と書くこともあるが「感冒」とも表現する。
調べた結果、まず「風邪」と「感冒」は全く異なる概念だということが分かった。「感冒」とはくしゃみ、鼻水、発熱・倦怠感などの症状を示す急性の呼吸器の 炎症性疾患の総称。原因は種々のウイルスであることが殆どであるために「感冒」は「感染する」とか「うつる」というのが正しい。
一方、「風邪」を「かぜ」と読むのはあて読みで、正しくは「ふうじゃ」という。病気や症状といった概念とは別の「邪気」の一つを指す言葉なのである。古い 東洋的な考えではこの世には「風、寒、暑、湿、燥、火」の6種類の邪気があり、そういった邪気が体の中に入ると様々な障害が引き起こされると考えた。
このうち「風邪」を体内に引き入れると一般に感冒と呼ばれるような症状を発現すると考える。したがって、ウイルスだとか細菌だとかといった原因は問わない。呼吸器系を中心として健康が損なわれた状態になった場合すべてを「風邪」と称する。そして邪気を引き入れる結果起こった状態なのだから、「風邪」は 「引く」が正しいのである。断じて「罹る」と言ってはならない。

さらに「罹る」病気が減ってそれぞれの病の根本治療が発見されることが望まれる。
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*結核菌などの一部の最近は脂肪酸が豊富なために通常のグラム染色では染まりにくいために、その存在が知られてこなかった。

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