投稿日:2014年7月7日|カテゴリ:コラム

最近見かけなくなったものの一つに風呂敷がある。風呂敷は一枚の布で種々の形状、大きさの物を包んで収納でき、中身を取り出した後は極めて小さく折りたたんで携帯できる。外出先でまた、何か持ち帰らなければならない物ができたら、再び広げて包めばよい。何度でも使える。
かほど便利な収納具なのだが、今、日常的に使用しているのは和服を着て芸事にたずさわる人たちと検察官くらいなものだ。どういうわけか検察官は伝統的に書類を風呂敷に包んで携行する。
この風呂敷がエコロジーの観点から再び見直されている。スーパーでの買い物の際にレジ袋の代わりに使おうというものだ。ただ、袋状にするには特殊な結び方を覚える必要がある。

レジ袋のようにたくさんの物を持ち運ぶ時にはあらかじめ袋状になっている方が便利だ。この要求にこたえるのが巾着袋。財布、小銭入れ、名刺いれなどの小物を入れて運ぶという点ではハンドバッグと同じだが、ちょっとした買い物なら入れて帰ることができる多用途性を持つ。とりあえずなんでも突っ込んでおける融通性は袋に勝るものはない。

「袋」とは物を収納する容器の一つで、柔らかい素材で作られて、内容物のない時には小さくまとめることができるものを指す。柔らかい素材でできているから収納する物の形を選ばず、物に応じて変幻自在に形を変えて膨らむ。この「膨らむことのできる」ということも袋の重要な要素だろう。その点、紙袋は袋とはいっても意外と融通性がない。ましてや鞄は硬い素材でできていいて中仕切りがあるので、小物を整然と収納し中の物を保護するのには適している。しかし、想定外の物を運ばなければならなくなった時には役に立たない。多用途で融通の効く風呂敷や巾着は、生活様式の西洋化に伴って硬い鞄にとってかわられた。

膨らんで融通無碍という袋の特性から類推して、体の器官のいくつかが「ふくろ」と呼ばれる。胃は食べ物を詰め込んで膨らむので「いぶくろ」と呼ぶ。子宮は10ヵ月もの間新たな命を宿し育てることから「こぶくろ」と呼ぶ。
「袋」と同音同義の「嚢」のついた器官としては、心臓を包んで収めている「心嚢」、胆汁を貯めて必要な時に分泌する「胆嚢」、子種を作る重要な臓器、精巣を収納する「陰嚢」などがある。因みに、陰嚢を表す古語、「ふぐり」は陰嚢の見た目が栗に似ているところから「袋栗(ふくろぐり)」と言っていたのが「ふぐり」になったと言われている。

以上、私たちの身近には様々な袋があるが、私たちにとって最大の袋といえば「おふくろ」をおいて他にはないだろう。
自分の母親のことを呼ぶ言葉、「おふくろ」は室町時代から使われてきた言葉で、語源についてはいくつかの説がある。①母親が金銭や貴重品を袋に入れて保管していたことから、その「ふくろ」に接頭語の「お」を受けて「おふくろ」となった、②胎盤や卵膜などの胞衣(えな)や子宮を「ふくろ」と呼んでいた。そこから母親自身を「おふくろ」と呼ぶようになった、③子供が母親の懐で育つため、「ふところ」と呼んだが、それが詰まって「ふくろ」となり、接頭語をつけて「おふくろ」になった、などとされている。
しかし私、喜、怒哀楽、一切合財を包み込み飲み込んでくれる偉大な母性愛の懐の深さに由来するのではないかと考える。
良いことは褒め、悪いことは叱る躾けはしたとしても、一朝事あって子供が困難に遭遇した際には、そういった良し悪しを超えて、たとえ世界中のすべての人を敵に回したとしても受け入れてくれる、大きな袋。その偉大なる愛に敬意を表して「おふくろ」と呼ぶのではないだろうか。

もう一つ目には見えないが私たちが持っている重要な袋が「堪忍袋」だ。この世に生きていれば、自分の思い通りにならないことの方が多い。そのたびに相手が悪い、組織が悪いと攻撃していけば争いだらけになってしまう。また、己の心も常に欲求不満で安息を得られない。皆が大きく膨らむ堪忍袋を持っていれば、この世はずいぶんと平和なことだろう。

最近、実の子を虐待死させる母の報道をしばしば耳にする。また、相手が自分の意に沿わないと短絡的に殺してしまう。どうして母親がおふくろでなくなり、私たちの心の堪忍袋がなくなって、なんでも整理してきちんと片づけなければならない鞄になってしまったのだろう。
戦後の誤った個人主義教育。東京一極集中に伴う地域社会の崩壊と不健康な都市型生活の蔓延。核家族化によるライフスタイルの変化。などなどいろいろな要因が絡み合っていると思う。そして、私にはまだその解決法を見つけられない。
だが、とりあえず風呂敷や巾着袋を使ってみてはいかがだろう。なんでも性急に自分の型に嵌めて解決しようとするのでなく、とりあえず、なんでも放り込んで貯めておくことの大切さを分かっていただけるのではないのだろうか。

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