東京都 豊島区 大塚 精神科 心療内科 神経科 内科 神経内科 メンタルクリニック 認知症 うつ病

クリニック西川

2008年2月

コソボ独立 ―民族紛争という人類の愚行―

食糧、原油、鉄鉱石の相次ぐ価格高騰など、さきゆき不安なニュースが相次ぐなか、さらに今後の大きな騒動の火種となりそうなビッグニュースが飛び込んできました。2月17日に発せられたコソボの一方的な独立宣言です。
私はこのニュースを聞いて、人類がはるか昔から繰り返してきた「民族紛争」というものを改めて考えてみました。

コソボの位置する旧ユーゴスラビア地域はパレスチナと同様に、古くから国際紛争の耐えない地域であり、「ヨーロッパの火薬庫」と言われてきました。
ユーゴスラビアとは「南スラブ人の国」という意味です。しかし、南スラブ人という人種、民族があるわけではありません。実際旧ユーゴスラビアには主要民族だけでも6つの民族が居住していました。さらに宗教や歴史的な背景が複雑に絡み合って実に特殊で複雑な、他民族が同居してきた地域なのです。
もともとは6~7世紀にまったく同一の遺伝子をもった人々(後にセルビア人とクロアチア人と別れて呼ばれることになる)がこの地域に移住してきました。彼らは東方正教会、カソリックを信仰していました。
ところが15世紀に、セルビア地方とボスニア・ヘルツェゴビナ地方がオスマントルコに征服されると、ボスニアにいたセルビア人とクロアチア人の多くがイスラム教に改宗してセルボ・クロアチア語を話す敬虔なイスラム教徒になりました。
第1次バルカン戦争で長いオスマントルコによる統治が終わりを告げましたが、引き続きトルコから奪回した領土の分配をめぐって第2次バルカン戦争がおこり、さらに支配権獲得を目指すヨーロッパ列強の思惑も加わって、この地域は混乱の頂点に達していました。
そして1914年6月28日に当時ボスニア・ヘルツェゴビナを併合していたオーストリア・ハンガリー皇帝の継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻がサラエボでセルビア人青年ガブリロ・プリンチプに暗殺された事件をきっかけに世界は第1次世界大戦に突入することになります。
第1次世界大戦が終了してベルサイユ条約が締結され、一応の和平が成立します。ベルサイユ条約締結の翌年には国際連盟が設立されますが、平和は長くは続きませんでした。1939年には前大戦をはるかに凌ぐ規模の第2次世界大戦が勃発し、バルカン半島も当然ながら戦火に巻き込まれます。
この戦争に際してイスラム教徒はドイツナチス政権の「セルビア人狩り」に加担してお互いに虐殺しあいました。この殺し合いが、民族間の軋轢をさらに深めることになります。
第2次世界大戦の間、民族を超えてドイツに対する抵抗運動組織パルチザンを指導したヨシップ・チトーは東欧の国で唯一ソ連軍の力を借りずに自力開放を成し遂げました。終戦後チトーは、優れた政治手腕とカリスマ性によって血塗られた民族の枠を超えて、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国を打ち立てます。そしてソ連ともアメリカとも一線を引く非同盟主義で長きに渡って自主独立を貫き通しました。
チトーが守り抜いたユーゴスラビア社会主義連邦共和国はスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6つの共和国とセルビア共和国内のヴォディオとコソボの2つの自治州によって構成されていました。
この国の統治の難しさは「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つのモザイク国家」と表現されました。
7つの隣国とは、イタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、アルバニア。5つの民族とはスロベニア人、クロアチア人、セルビア人、マケドニア人、モンテネグロ人。4つの言語はスロベニア語、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語。3つの宗教とはカソリック、東方正教、イスラム教。2つの文字はラテン文字とキリル文字のことです。
このような複雑な多民族国家が長期にわたって平和を保てた根源はひとえにチトーの個人的な力によるものでした。したがって、1980年にチトーが死去するやいなや分裂の動きが始まりました。
1990年に東欧革命がおこって、東欧の共産主義政権が一掃されると、今まで水面下にうっ積していた不満が一気に表面化して、戦争と呼ばれるほど大規模な紛争に発展してしまいます。
スロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナが次々と独立し、最後に残ったセルビアとモンテネグロが1つになって新しいユーゴスラビア連邦共和国(2003年にセルビア・モンテネグロと改称)を樹立しました。こうしてチトーが作り上げたユーゴスラビア社会主義連邦共和国は崩壊したのです。
一連の独立戦争の中でもっとも多くの犠牲者と非人間的な行為がなされたのがボスニア・ヘルツェゴビナ独立戦争です。それまでこの地域に共生していたセルビア人、クロアチア人、ムスリムがそれぞれお互いに「民族浄化」の名のもとに三つ巴の殺戮を繰り返しました。
また、それぞれの遺伝子を広める目的で組織的に意図的に3つの民族間で集団レイプが行われました。1995年に一応の解決をみましたが、この時の恨みはお互いの間でこの先長くくすぶり続けることと思います。
最後に2006年、モンテネグロがセルビアから分離して独立。こうして旧ユーゴスラビアを構成していた6つの共和国はすべて完全に独立することになりました。しかしこれで完全決着がつくほどこの地域は単純ではありません。セルビア国内に自治州として存在していたコソボをめぐる紛争がその後も続くことになるのです。
コソボ自治州は人口の8割がイスラム教に改宗したアルバニア人です。キリスト教徒のセルビア人は人口の1割にも満たないのです。経済的にはこの地域でも最貧です。それなのにセルビアがコソボに固執する理由はセルビア人にとっては忘れられない歴史的な怨念の土地だからです。
1398年にセルビア王国がオスマントルコと闘って敗れたのがここコソボなのです。その後そこへどっと入り込んできたのがイスラム化したアルバニア人。
1990年台後半から盛んになったコソボ開放軍の動きに業を煮やしたセルビアは1998年ついに大規模なゲリラ掃討作戦を開始して、コソボからアルバニア人を追い出す方針を明らかにしました。セルビア人にとっては600年前の「あだ討ち」です。
1999年になってセルビア軍の非人道的行為が世界の注目を集めたために、国連とEUが後ろ盾となってNATOがセルビアに対する大規模な空爆を3ヶ月続けて、セルビア軍はコソボから撤退しました。その後、国連の暫定統治機構の管理下におかれていました。こういう状態下で今年2月17日にコソボ自治州議会が独立宣言を採択したのです。
アメリカ、フランス、イギリス、ドイツは直ちに独立を承認しました。これに対してセルビアの首都ベオグラードではアメリカ大使館が襲撃、焼き討ちにあいました。コソボからセルビア人の脱出が相次いでいるという報道もあります。
コソボ新政府はすべての民族に対して平等とうたってはいますが、実際にはこれまで被支配者であったアルバニア人によるセルビア人への報復も報じられていて、これから先、果てしない報復合戦になる可能性が大きいのです。
また、コソボの独立はヨーロッパ各地にくすぶり続けている少数派民族の独立運動に火をつけることにもなりかねません。
ロシアのチェチェン共和国、グルジアの南オセチア自治州やアブハジア自治共和国、アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバノフ自治州、英国のスコットランドや北アイルランド、スペインのバスク地方、キプロスの北キプロス・トルコ共和国、ベルギーのフラマン地方、ルーマニアのトランシルバニア地方、モルトバの沿ドニエストル地域、スロバキアのハンガリー系住民居住地域など、多くの国が明日からでも血で血を洗うような殺戮が行われても不思議ではない民族問題を抱えているからです。
ヨーロッパだけではありません。世界レベルで見ればスリランカのタミル人、イラクとトルコにまたがるクルド人、多数の少数民族を抱える中国など数えればきりがありません。
自国にそのような民族独立問題を抱えた国がコソボの独立を簡単に承認するわけがありません。コソボの独立宣言に今後世界がどのように対応するのか。また、この独立宣言が他地域での独立運動にどのように影響するのか、片時も目を放せない状況といえましょう。

コソボをめぐる民族紛争だけにも、膨大な紙面を割かなければならないほど長期間にわたる、民族間の歴史的な憎しみの連鎖が存在するのです。しかし、そもそもお互いを殺し合う元になっている差別化、「民族」というアイデンティティの本体とは何なのでしょうか。
改めて考えると「民族」の定義はきわめてあいまいです。私たち人類、ホモサピエンスを何らかの基準で区別しているようにみえますが、はっきりとした基準はありません。
人類を区別するとすれば、まず思いつくのは白人、黒人、黄色人種という生物学的な特徴での区別でしょう。しかし、この「人種」も必ずしも生物学的な特徴だけを言うわけではありません。育ちを基準にして「人種が違う」という表現をされることもあります。「社会的人種」です。
人類が人種だけで区別されるのならば、こんな複雑な民族紛争は起きていません。次に考えられるのは言語です。言語は文化の最大要素ですからそれぞれのアイデンティティのよりどころになります。確かに「○○語族」という言い方があります。しかしユーゴスラビアの例で分かるとおり語族と民族は必ずしも重なりません。
人種、言語に加えて大きな要素となるのが宗教です。過去の歴史上の悲惨な殺し合いの多くは宗教間の争いであることからも、宗教の重要性は容易に想像がつきます。しかし宗教もまた民族と完全に一致はしません。
つまり、民族とは国家国民を形成する民族としての「ネーション」と、風土、環境の中で同じ集団に属しているという感覚が自然に育まれた人々としての「エトノス」という二つの側面をもっているのです。一言で言えば自然に「我々という意識を共有する仲間」というきわめて主観的な区分けなのかもしれません。
日本人はたまたま他民族との交流が限定された島国で、古来から意図しないで国民国家を形成してきました。したがって、ネーションとエトノスがほぼ重なりあう非常に特殊な環境にあります。日本人は日本語を話す日本民族で、日本という国民国家は単一民族であるという考えがなんとなく受け入れられてきたために、民族や民族紛争のことがよけいに理解しにくいようです。

なんともあいまいな「民族」意識によって人類は古代から今に至るまで殺し合いを続けてきました。私にはそうすぐにこの愚行が終わりを告げるとは思えません。むしろ、今は「我々」意識を共有している仲間の中にわざわざ差異を見つけてさらに細かく分裂していく可能性のほうが高いかもしれません。
映画「ホテル・ルワンダ」で一躍その悲惨な現状が世界中の脚光を浴びたルワンダ紛争において虐殺を繰り返したツチ族とフツ族。実はツチ族もフツ族も人種的には同一、言語も同一です。第1次世界大戦によってベルギーの植民地となるまでは同じ民族として生活していたのです。
彼らはベルギーが植民地を効率的に支配するために、顔の特徴などを基準に勝手に作り出した民族なのです。しかし、人為的にでもいったん区別されて一方が支配、他方が被支配という関係が生まれてしまうと、虐殺しあう「民族」になってしまうのです。ここに「民族」という名のもとに蛮行を振るう人間の業の深さを垣間見ることができます。

人以外の生物の世界に民族紛争はあるのでしょうか。植物の世界では異種間の生存をかけた熾烈な戦いは見られますが、同種間の争いとなると私にはあるともないともいえません。
動物の世界に目を移せば、群れ同士の争いというものは確かに存在します。ライオンの「プラウド」と呼ばれる群れや猿、象の群れがお互いに餌場を取り合って抗争を繰り広げます。この群れは家族を中心とした血縁によっています。民族とはいえないですが、小さな「部族」とは言えるかもしれません。
そう考えると、民族紛争は動物としての宿命なのかもしれません。しかし、人以外の動物における部族紛争は相手のグループを皆殺しにすることはありません。ある程度闘って、双方の力量が分かったならば、それ以上の争いは避けます。つまり、自分たちのほうが弱いと判断した群れは殺される前に逃走します。強い側もそれ以上深追いはしません。ここが人間と他の動物と決定的に違う点のひとつです。
「民族浄化」などという忌むべき言葉をスローガンにして、計画的に徹底的に虐殺するのは人間だけです。あらゆる動物の中で「傑出した」行動特性と言えます。
現在のところ、進化というプロセスを経て我々人類が地球上を君臨しています。同種間で殺し合いができるという性質が、地球にもっとも適応した進化の秘密なのでしょうか。もしそうだとすれば、我々人類の栄華もほんのわずかな期間で終焉することは確実です。最終的には隣同士が殺しあって自滅していく運命にあるのですから。進化=自滅と言えます。
精神医学的にみると自我が成熟・確立した人は、他者を認めて受け入れることができます。自我が未発達あるいは歪んで発達すると、自分以外のものに対して過剰な警戒心を抱いて、他者に対して攻撃的になります。
私は、今はまだ人類全体の精神が発達途中にあり、やがては成熟し、自分と異なる者を受け入れることができる「ゆとり」をもった存在になってくれると信じています。
近い将来、愚かしい「民族紛争」のなくなる日がくることを祈るばかりです。

統合失調症あれこれ(2)―幻聴―

統合失調症(Schizophrenia)という病気の辿ってきた歴史については先日お話しました。一般の方がこの病名を聴くとすぐに思いつくのは「幻覚」と「妄想」という症状でしょう。
本当は幻覚や妄想はこの病気の中核症状ではありません。また、幻覚や妄想は統合失調症に限って現れる特異的な症状でもありません。しかし、幻覚や妄想は、「口数が少なくなる」とか「やる気が湧かない」などという地味でありふれた症状と違って、非日常的で目立つ症状なので、一般的によく知られています。私たち精神科医にとっても興味深い症状です。
このうち「妄想」については以前のコラムで取り上げましたので、今回は「幻覚」の話をしたいと思います。

「幻覚(英hallucination、独Halluzination)」とは「対象のない知覚(perception sans objet)」と定義されています。つまり幻覚とは実在しないものを実在するかのように知覚することです。実在するが本当の対象とは違ったものに知覚する「錯覚」とは別物ですが、鑑別が難しい場合もあります。
知覚はそれぞれ担当する感覚器官によって味覚、嗅覚、視覚、聴覚、前庭知覚、触覚、身体感覚などに分類されますが、幻覚はすべての知覚領域で起き得ます。幻味、幻嗅、幻視、幻聴、平衡幻覚、幻触、運動幻覚、臓器幻覚などです。
統合失調症ではすべての幻覚が起き得ますが、もっとも高頻度に認められる幻覚は「幻聴(英auditory hallucination、独Gehörshalluzination)」です。
これに対して幻視(英optic hallucination、独Gesichtshalluzination)はアルコール、LSDといった薬物や有機溶剤、重金属などの毒物による中毒性の精神障害のときによくみられます。
幻聴は実在しない音や声がはっきりと感覚的な鮮明さをもって聞こえるわけですが、聞こえてくるものはパチパチ、ザワザワという要素的な音からうめき声、足音、笑い声、泣き声、人の話し声のような複雑なものまでいろいろです。
統合失調症に特徴的なのは、人の話し声で、話しかけや受け答えのできる形式の幻聴です。本人は本当の声だと思っていますから、幻聴に一生懸命応答します。しかし、本来その声は実在しませんから、はたから見ると、一人でぶつぶつ言ったり大声でしゃべったりしている人としか見えないのです。つまり客観的には独語(独り言)として観察されるわけです。独語が見られたときには幻聴が存在すると考えてよいでしょう。
話し声の内容は悪口、批評、からかい、罵倒、命令、禁止などの不快や苦痛を与えるものが大半です、そしてこういった被害的な内容の幻聴は被害妄想と結びつくことが一般的です。一方、数は少ないですが、賞賛、約束、教訓、お告げのような内容の場合もあります。
一般的に発病初期には被害的な内容の幻聴が多いのですが、慢性化してくると幻聴の苦痛度が弱まってきます。慢性化して、長期間にわたって人との交わりを絶って自閉的な生活をしている上に、いくら治療しても幻聴が消えない方の中には、賞賛や支持の内容の幻聴だけが友達、数少ない話し相手となってしまっていることがあります。本人は初期と違って苦痛はなく、むしろ幻聴の存在を楽しんでいるようにも見えますが、私たち治療者にとってはなんとも切ない話です。
聴こえ方もさまざまです。両耳から通常の会話とまったく区別がつかないほど鮮明に聴こえることが多いのですが、片方の耳からだけ聴こえるものもあります。また、耳から聴こえるのではなく、腹の中から聴こえたり、頭の中に直接響いてくる場合もあります。
鮮明さは病気の勢いに比例します。病気の最盛期の時には目の前で話している実在の会話と寸分違わない鮮明さで聴こえます。診察場面でも、私の問いかけは幻聴によって度々妨害されて、何度こちらに注意を喚起してもすぐに幻聴との会話のほうに夢中になってしまいます。
治療によって病勢が弱まるにつれて幻聴の鮮明さも失われていきます。診察を妨害されることもなくなってきます。治療によって幻聴の鮮明さが低下していく過程は症例によって異なります。
川の可動堰がぴたっと閉まるように、ある日突然聴こえなくなるという場合もなくはありませんが、多くの例では徐々に衰退していきます。患者さんの表現では「だんだん遠くから聞こえるようになった」、「だんだん小声でしゃべるようになった」、「だんだん内容が意味不明になってきた」、「しゃべりかけてくる時間が減ってきた」など人それぞれの消え方をするようです。
病勢が強い時の幻聴が本当の声と鑑別不能なほど鮮明に聴こえることはすでにお話しましたが、この時期の幻聴は鮮明だけではなく「支配力」が強力です。
支配力とはその人の自我を支配する力です。つまり、強い幻聴は、自分は本当はそうしたくないと思っていても、抗することができずに従ってしまう強制力を持っているのです。
「死ね」と言われたら、死にたくないと思っているのに自殺行為をせざるを得なくなってしまいます。私が幻聴の支配力のすさまじさをもっとも強く思い知った症例の幻聴は「やくざが死ねと命令した(なぜかやくざ)」、「自分で死ななければ殺す(どっちにしろ死ぬんだったらなにもわざわざ自分で死ななくてもよいと思うのですが)」という内容でした。
結局彼が選んだのは自殺でした。近くにあったスコップで脳底挫傷になるまで自分の頭を叩き続けたのです。スコップを逆手に持って頭に撃ちつけるのですから、一発で意識を失うような強い打撃を加えることはできません。数十発叩き続けてようやく意識を失いました。その間の数十分、彼は血だらけになりながら想像を絶する疼痛に耐えながらスコップを振るい続けたのです。幻聴の支配力や畏るべしです。
「殺される」恐怖をもたらす内容の幻聴と被害妄想に支配されると、「殺されないために(本人からすれば正当防衛)」、加害者であると思い込んだ相手に危害を加えてしまうことがあります。
この場合、周囲から見れば患者さんが一方的に危害を加えているのですが、患者さんにとっては自分を守るためのやむを得ない行動です。患者さんの明確な意思によってなされた犯罪ではなく、病気が患者さんの体を使ってなさせる反社会的な行為といえます。
このような場合、患者さんは病気の強い症状に支配されて正常な状況判断、意思決定能力を持っていない状態にあります。このような状態を法的に「心神喪失状態」あるいは「心神耗弱状態」と呼び、その行為に対しての刑事責任を問責されません。
幻聴が聴覚として正確に認識できない場合があります。つまり幻聴なのか他の知覚機能に起こった現象なのか定かでない異常を訴える患者さんがいらっしゃいます。その一例が「テレパシーが聴こえる」という症状です。
先ほど幻聴の聴こえ方に「頭の中に直接響いてくる」聴こえ方があることはお話しましたが、さらに「音」という認識が曖昧になってくるとテレパシーと言う表現になります。
テレパシシーとは超感覚知覚(ESP)の一種で、特別な道具を使わないで遠隔の者と言葉を介せずに通信する手段です。頭の中におこる現象を患者さんはテレパシーとしてしか表現できないのでしょう。
もっと知覚という形式から遠ざかると思考障害との区別が困難になります。患者さんは「考えが頭の中に入ってくる」とか「考えが直接伝わってくる」と表現します。こうなると思考吹入とか思考伝播と名付けられた思考障害に分類されます。これこそが本来のテレパシー体験です。テレパシーは知覚系を介さずにお互いに考えを交流することですから、テレパシーは「聴く」ではなく、「伝わる」あるいは「認識する」という表現になるはずなのです。
「テレパシーが聴こえる」という表現は知覚と思考の境界にまたがった現象と言えます。脳の高次機能の統合がうまくいかないのがこの病気の本体ですから、知覚異常とも思考異常とも言いがたい現象が見られることは不思議ではないのでしょう。むしろ患者さんの自覚的な体験を知覚異常だとか、思考障害だとか生理的な機能系に沿って分類することに問題があるのかもしれません。
他の幻覚との区別が困難な症例に出会ったこともあります。その患者さんによれば「嫌なことばかりが頭の中に字として見える」と言うのです。想像するに、頭の中に外国映画の字幕スーパーみたいなテロップが現れて苦しめられているようです。もちろん眼を閉じてもその字幕は消えることはありません。不愉快な台詞を強制的に読まされ続けているのです。
この現象は幻聴の一種なのでしょうか。それとも幻視に分類すべきなのでしょうか。文字の幻視は珍しく、幻視は通常、人や自分の姿、小動物(蟻、昆虫、鼠、小人)あるいは建物、風景であることが多いです。

ここで統合失調症に観られる、幻聴、幻視以外の幻覚を簡単に紹介します。
幻嗅(げんきゅう)*1:死臭、腐敗臭、毒物臭、ガス臭、便臭などのような変で気味の悪い臭いが多く、しばしば被害妄想とむすびついて出現します。
幻味:毒らしい味という表現が多い。食べ物に変な味がついているとか毒の味がするといった訴えで、やはり被害妄想とむすびついていることが多いです。
幻触:皮膚や粘膜に感じる幻覚で、「虫が這う」、「顔をなでる」、「針で刺す」、「電磁波をかけられてピリピリする」「口の中に妙なものがいる」、「皮膚がつっぱる」、「陰部を弄ばれる」といった訴えが多いです。陰部をいじられる幻覚は男性には少なく、圧倒的に女性に多い症状です。
平衡幻覚:体が傾く、めまいがする、平衡がとれないという内容です。
運動幻覚:体がふわっと浮く、動く、ベッドが動揺する、頭がぐらぐらするといった幻覚。こういった訴えを精神症状だと診断されずに、長年にわたって一般科で延々と治療を続けている患者さんもいらっしゃいます。
臓器幻覚:内臓が空っぽになってしまった、内臓が捩られる、脳が空っぽになった、脳の中を虫が這っている、脳の一部がぐにょぐにょと動く、筋肉がばらばらになっていく、手足が大きくなってしまった、胎児が動いている、身体の中に狐が入ってきたなどの内容。非常に不気味で不愉快な症状です。

作品賞をはじめ、数多くのアカデミー賞を獲得した2001年公開の映画「ビューティフル・マインド(A Bautiful Mind)」は統合失調症と闘いながら1994年にノーベル経済学賞を受賞した天才数学者、ジョン・ナッシュ(John Forbes Nash Jr.)*2の半生を描いた物語でした。
この映画ではナッシュ博士を襲う幻覚は生々しい幻視と幻聴でした。実際に私は、あれほど鮮明で系統的な幻視が主体の統合失調症を診たことがありません。違和感を覚えたというのが偽らざるところです。
しかし映像の世界で、統合失調症の幻覚を観客の心に強く印象付けるように表現するには、ああいう脚色が必要だったのでしょう。多くの人に、精神障害者を苦しめる幻覚の生々しさや凄まじさを理解していただけたという点で評価すべきかもしれません。
私たち精神科医も幻覚については患者さんが語る表現から想像するだけで、実際に自分が体験したわけではありません。患者さんがどんな苦痛を味わっているのか知るために、一度だけでいいから実際に幻聴を聴いてみたいと思っている精神科医は私だけではないでしょう。
私は、寝入りばなに人から名前を呼ばれたようなおぼろげな感覚(おそらく入眠時幻覚)を味わったことがあります。しかし残念ながら、現実の声と判別することが難しいほど明瞭な幻聴はいまだに体験したことがありません。

当然ながら、この幻聴の病態生理に関しては数多くの研究がなされてきました。しかし、いまだ本質的な解明には至ってはいません。
---------------------------------
*1幻嗅(英olfactive hallucination、独Geruchshalluzination):嗅覚におこる幻覚ですから幻嗅(げんきゅう)と呼ばなければなりません。しかしどういうわけかこの幻覚だけ嗅覚の対象である臭いに幻をくっつけて幻臭(げんしゅう)という誤った呼び方をする方が精神科医の中にも少なくありません。
*2ジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニア(John Forbes Nash Jr.):1928年6月13日にアメリカ、ウェストバージニア州ブルーフィールドに生まれる。幼い頃から聡明であるとともに自閉的な性格傾向であったようである。30歳の頃に統合失調症を発病。入退院を繰り返すが、治療しながら数学の研究を続け、1978年にジョン・フォン・ノイマン理論賞を、1994年にゼルデン、ハーサニとともにノーベル経済学賞を受賞する。現在もプリンストン大学で数学の研究に携わっている。

障害者自立支援法 支援??

 私は法律を専門的に学んだことがありません。大学の教養課程(1,2年)の時にほんのさわりの部分を教えていただいただけです。今頭に残っているのは「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」、「未必の故意」、「罪刑法定主義」など、なんの関連性もないわずか数個の用語です。しかもその意味するところもよく理解しているわけではありません。
 学生の当時には「医学部に入ったのになんで法学なんて勉強しなければいけないの?」と不思議に思ったものです。しかし、実際に臨床に携わるようになると、教養課程で法学を学ばされた理由が理解できます。医療に従事するものは片時も法と無関係でいるわけにはいかないからです。もっと、真剣に勉強しておけばよかったと反省する今日です。
 法と関係のない仕事なんてありませんが、医療行為というものはそもそも法の許可の下にはじめて許される行為なのです。神でない、一介の人は他の人の生身の身体に勝手に手を加えることはできません。ましてや、生命にかかわる行為など本来許されることではないのです。しかし、法の下に医師という資格を持った者だけが例外的に許されている行為なのです。
 つまり医療そのものが法に基いた行為ですので、臨床の現場では医師法や医療法のほか種々の法律と関係することになります。医療は大きな意味で社会保障活動に含まれますので、私たちが関係する法律の多くは社会保障に関連した法律です。
 
 社会保障とは、病気、けが、出産、障害、死亡、老化、失業など本来個人が負うべき生活上のリスクを国家または社会が保障し、サービスする制度です。これによって貧困からの救済、医療、介護を国民に保障するものです。
 憲法第25条1項に記された「すべて国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」という条文、いわゆる生存権の保障をその根拠としています。
 これに続いて第2項では「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上および増進に努めなければならない」として、こういった保障やサービスを、国家が国民に果たさなければならない重大な義務であると明言しています。
 国家の義務である社会保障は具体的には社会保険、社会福祉、公的扶助、公衆衛生、医療・老人保健の5本の柱から成り立っています。
 医療、老人保健、公衆衛生はまさに私たち医療人の本業ですが、医療はその他の3つの分野とも深く関わっています。
 社会保険には医療保険、年金保険、労災保険、雇用保険、介護保険があり、公的扶助とは生活保護のことです。社会福祉には老人福祉、児童福祉、母子福祉、障害者福祉などがあります。
 医療者は年金や雇用保険には直接的な関係はありませんが、その他の分野とは日常的に関わりをもっています。このために医療制度そのものだけでなく社会福祉関連制度の変化と無関係ではいられません。医療関係者は崩壊する医療制度のみならず福祉関連の変化にも翻弄されているのです。
 最初の大きな波は介護保険制度の施行でした。介護保険制度の導入には福祉関連活動からの医者はずしの意図が隠されていたことは以前のコラムでお話しました。しかしながら、医療抜きに高齢者の介護が成り立たないことは現状からも明らかです。
 この介護保険制度は問題だらけの制度です。今後、介護の対象となっている高齢者のみならず、介護に当たっている家族、さらには保険料を支払う40歳以上の被保険者(近い将来20歳以上になる)を苦しめ続けます。
 介護保険の次に国民を襲った災禍は障害者自立支援法です。この世に生を受けた以上、老化は避けられません。介護保険は将来誰もがお世話になる可能性があります。ところが、自立支援法はその対象者が障害者に限定されているために、その関心はそれほど大きな広まりを見せません。しかし、その邪悪さは介護保険をはるかに凌ぐものです。

 障害者自立支援法は平成18年10月1日に全面施行された法律です。その設立趣旨は以下の5点と言われています。
1.障害者の福祉サービスを一元化:サービス提供主体を市町村に一元化するとともに障害の種類(身体障害、知的障害、精神障害)にかかわらず提供する福祉サービスに一元化する。
2.障害者がもっと働ける社会にして自立を目指す。
3.地域の限られた社会資源を活用できるように規制緩和する。
4.公平なサービス利用のための手続きや基準の透明化、明確化する。
5.増大する福祉サービス等の費用を皆で負担し支え合う。
(1)利用したサービス等の量や所得に応じた公平な負担。
(2)国の財政責任の明確化。
 障害を抱えて長い一生を送る人々の生殺与奪にかかわる、この重大な法律はろくな審議を経ず、また関係者からの意見集約もしないままに、試案提示後からわずか4ヶ月という短期間で平成17年10月31日に国会で成立しました。これまた小泉元首相のなした唾棄すべき業績のひとつです。
 詐欺師、小泉はこの法律を「障害者を閉じ込めるのではなく、一般の社会の中で健常者とともに生活できるようにするための支援をする法律である」とまことしやかにごまかし通しました。そこで用いられたのは「バリアフリー」とか「ノーマライゼーション」という耳ざわりのよい片仮名言葉です。「高利貸し」を「キャッシング」と言い換える手法と同じです。
 小泉の説明や名称とおりの実態をともなった法制度であるならば、まことにすばらしい法律と言えます。しかし、実際には「障害者支援」どころか「障害者いじめ」としか思えない法律です。
 
 「障害者自立支援法」という名前を具現化するならば、5つの柱のうちの2.「障害者が働ける社会の整備」が先行して行われなければなりません。しかしながら、肝心の「バリアフリー」や「ノーマライゼーション」はかけ声ばかりで、障害者に対して開かれた社会の整備はまったくといっていいほど整っていません。企業利益のみを追求する近頃の風潮です。健常な若者の多くでさえ正規雇用されずに派遣という不安定な雇用条件を強いられています。重度の障害者を雇い入れる会社などあるはずがありません。
 それにもかかわらず強引にこの制度を実施した結果、障害者の人たちは自立するどころか、これまで受けていた福祉サービスを受けることさえ困難になってしまいました。福祉施設で提供される食費等の実費負担や利用したサービスの1割を自己負担しなければならなくなったからです。障害者にかかる財政負担の軽減と増大するサービス利用の抑制。政府の真の狙いはまさにこの点にあったと言わざるを得ません。
 障害者の方々は食事をしたり、入浴をしたり、炊事洗濯をしたり、外出して買い物をするといった、普通の生活のための行動ができないために支援を必要としています。ところが自立支援法では、日常生活においてできないことが多い、重度の障害者ほど高額な自己負担金を要求されるために、これまで受けてきたサービスを受けることができにくくなってしまいました。さらに、サービス提供施設の運営も圧迫されているようです。

 私がかかわっている精神障害者の方々への医療も大きな影響を受けました。長期にわたる治療を必要として、社会的な活動に制限を受けることの多い精神障害者の方に対して、これまでは精神保健福祉法第32条の規定によって、通院費を補助する制度がありました。健康保険の自己負担分30%のうち25%を公費が負担して5%で済みました。
 障害者自立支援法の施行にともなって、精神障害者の通院費補助もこの法律の枠組みに組み入れられて、32条による公費負担制度が廃止されました。その結果、具体的には以下の点が変更されました。
(1)自己負担が5%から10%になりました。
(2)申請手続きを障害者本人がしなければなりません。
(3)対象疾患が厳密に重篤かつ長期療養を必要とする精神障害及びそれに起因する身体疾患に限定されました。
(4)申請時の診断書作成は原則精神科専門医に限定する。
(5)有効期間が2年から1年に短縮された。
私は、今回の変更の背景には一部の不心得な医療者と患者による32条の濫用があり、やむをえない側面もあると考えています。
(1)は限りのある財源で急増する急増する精神障害者に対してあまねく補助をするためには、広く薄くならざるを得ないからです。
それまでは、申請書も診断書も各医療機関においてあり、記入後は医療機関が保健所に郵送すれば手続きができました。患者さん自身が自分が知らないままに、この補助制度を受けていることも少なくありませんでした。
拝金主義の心無い精神科医がこの仕組みを利用しないわけがありません。私の近隣地区にある、業界内で悪名高い医療機関などは、初診の手続きの一環として32条の申請書を記入させていました。詳しい説明を受けていない患者さんは、窓口で5%の自己負担しか払わないで済みますから、「あそこのクリニックは安い」と思い込んでしまいます。
この制度は申請時に届け出た医療機関に適用が限定されますから、風邪をひいた時に別の病院を受診する際には適用されません。したがって、患者さんはその医療機関を離れません。いわゆる「患者の囲い込み」に利用されたのです。こんな事態を防止するのが(2)です。
(3)も「患者の囲い込み」対策の一環です。32条では単に寝つきが悪いというだけの患者さんまでもその補助制度を利用することが可能でした。しかも、一旦この適用を受けると、その患者さんがたまたま風邪をひいたり、水虫になった時にも、精神科の治療を受けている医療機関で一緒に治療を受けると、その治療費までも5%の負担で済んでいたのです。こうやって法の本来の目的とはかけ離れた利用をされてしまうようになったのです。
さらには一般科の医療機関もこの制度を利用し始めました。本当は身体疾患の治療に通っている人に精神障害の病名をつければ自己負担の軽減ができて、「あの病院は安い」との評判を得られるからです。こんな使いかたをされたらたまったものではありません。国民の税金から支払われる補助金はいくらあっても足りなくなってしまいます。(4)が必要となります。
(5)に関しては病気によっては2年以内に寛解して社会復帰する方もいるということが根拠になっているのだと考えます。

 一言でいえば一部の医療機関や患者がひきおこしたモラルハザードへの避けられない対応策だったのかもしれません。こうして人間性悪説に立った制度変更が行われました。その結果は、法が本来対象としている、真に救済を必要としている重度の精神障害者の方々に甚大な被害を与えることになってしまいました。
 病院に通院するだけでもやっとの思いの人が、毎年自ら保健所に申請書を受け取りに行って、再度提出に行かなければならなくなりました。精神的な負担も増えたうえ、申請時にかかる費用も倍になる計算です。
 私たち病院が「早く手続きをしてください」と説明しても、更新の手続きを良く理解できないまま、期限切れを迎えてしまう方もいらっしゃいます。
 重症になればなるほど低所得を余儀なくされています。そういう方にとって自己負担の倍増は大きな負担となります。そうでなくても自分が病気であり、治療を継続しなければならないという意識の少ない重症の統合失調症の患者さんの中にはこれをきっかけに通院をやめてしまって、その結果再発してしまうというケースも出てきました。
 精神科医の負担も倍増です。これまで2年に1回書けばよかった診断書を毎年書かなければならなくなりました。この診断書はかなりやっかいで診療の合間にちょこちょこと書ける代物ではありません。
 診断書の中でもっとも納得がいかない点は、重症かつ継続した精神障害者を対象としているはずなのに、「病気の経過」の欄に書かなければいけない内容です。1年毎の更新なのですから、その1年間の推移だけを記入すれば済むと思うのですが、なぜか毎回、発病から現在までの経過を書かくことになっています。診療が終った後のプライベートタイムを潰すしかありません。腱鞘炎になりそうです。
 
 法は所詮人間が作り出すものです。すべての人に対して例外なく、完全に公平な法律というものはありえないことは分かっています。
 また、私の腱鞘炎は一部の悪徳医師たちの貯めてきた「つけ」を精神科医全員で払っている代価だと諦めなければならないかもしれません。しかし、重症の障害で日々の生活にも困っている人ほど重い負担を強いられる現実だけは見過ごすわけにはいきません。 
 現行の障害者自立支援法の不備が一刻も早く是正されて、文字通り「支援」となる制度に改正される日が近いことを望みます。

統合失調症あれこれ(1)―病気の辿ってきた歴史―

今回のコラムは久しぶりに純医学的な内容です。統合失調症はあまりにも大きなテーマですし、一般の読者の中にはまったく興味がない方もいらっしゃると思って、これまで取り上げてきませんでした。
しかし、なんといっても統合失調症は精神医学のメインテーマであり、精神科医にとってのエヴェレスト山です。私自身、統合失調症の解明、治療を目指して精神科医の道を選びました。やはり本コラムで取り上げないわけにはいきません。
ただし、1回のコラムで書きつくすことなど到底できません。何回かに分けて書いていくつもりです。
初回は教科書のような総説的な話です。固くて面白くないという方は今回はお休みください。しかし、今後書く予定の、具体的な詳しい話をする前にどうしても避けて通れない前置きなのでお許しください。

我が国では、以前精神分裂病と呼ばれていた精神障害が2002年8月から統合失調症という呼称に変わりました。精神分裂病という病名はドイツ語のSchizophrenie、英語のSchizophreniaを日本語に訳したもので、1911年にスイスの精神医学者オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler)が創案した病名です。
ギリシャ語で「分裂」を意味する「schizo」と横隔膜を表わす「phren」を組み合わせてできた医学用語です。古代ギリシャの医学者たちが魂は横隔膜にあると考えていたことに由来します。
元来精神病は古代ギリシャ時代を除いて長い間、「悪魔憑き」とか「神の祟り」といったとらえられ方をしてきました。キリスト教の影響が強かった中世において精神病は「天罰」、「天啓」、「悪魔憑き」、「狼憑き」、「妖気に魅せられたもの」という非科学的な俗信に支配されて、僧侶が治療する状態でした。精神病者の待遇は残酷をきわめて、他の自然科学と同様に精神医学にとっても暗黒の時代でした。
それまで、文字通り鎖につながれて社会から隔離されてきた精神病者を1792年フランス・パリでピネル(Pinel)が解き放って人間的な扱いを始めました。近代精神医学が産声をあげた画期的な改革でした。
時まさにフランス革命の最中。精神医学はそれ以降も政治や社会の波に翻弄されることになりますが、ピネルの偉業は良い意味でそのさきがけと言えます。同時にピネルはそれまで一括して取り扱われてきた精神障害を4つの疾患群に分類しました。しかしながら、その分類はまだ大雑把なものでした。

精神障害の疾病概念確立の流れをおおまかに言うと次のようになります。精神障害は何十世紀にもわたって混沌として無差別に「精神病」としてとらえられていました。
この中から先天的な精神障害と後天的な精神障害とが分離され、次に後天的な精神障害を発症時期によって分離する試みがなされました。1852年にフランスのモレル(Bénédict Morel)が青年期に好発して、やがて痴呆状態に陥る原発性痴呆群を早発性痴呆(Démence précoce)として分離しました。統合失調症の中核的なグループに当たります。
しかし、当時の分析はきわめて粗雑であったために、今から考えると統合失調症による痴呆状態とそれ以外の疾患による痴呆状態とが混同されていました。多くの精神科医が共通認識していたのは幻覚や妄想が目立って、やがて痴呆状態に陥るタイプの妄想痴呆(Dementia paranoides)であったように思われます。
その後、1871年にドイツのヘッケル(Hecker)が破瓜病(hebephrenie)を、1874年にやはりドイツのカールバウム(kahlbaum)が緊張病(Katatonie)を提唱しました。
この病気を1つの疾患として確立し、その後の研究、治療に道を開いたのはドイツのエミール・クレッペリン(Emil Kraepelin)です。クレッペリンは妄想病、破瓜病、緊張病をそれぞれ亜型として位置づけて、これらの一群を「早発性痴呆(Dmentia Praecox)」として総括しました。精神医学の歴史の中で特筆すべき業績と言えるでしょう。これ以降、それまで曖昧模糊としていた心の変調を、1つの病気としてとらえて研究、治療しようという、大きな流れが生まれたのです。
1911年、冒頭で述べたようにブロイラーが「早発性痴呆」を「Schizophrenie」と改めました。その理由は、この病気がすべて早発性であるとは言えないこと。必ずしも痴呆状態に陥るとは限らないこと。さらに、この病気の本態が思考、言語、認知機能領域にまたがる観念同士の結びつきの障害であると考えたからです。
ブロイラーのこの功績はクレッペリンに勝るとも劣らないほど偉大なものでした。「Schizophrenie」の提唱は単に呼称を変えるというだけではなく、病名に病態生理学的な裏付けを与えたからです。
我が国では1937年に日本精神神経学会がSchizophrenieの訳を正式に「精神分裂病」と決定し、つい最近まで使われてきました。ところが以前のコラムで書いたように、言葉というものは長い間使用されていると徐々に地位が下がってきます。精神分裂病という言葉自体が暗いイメージを持つようになってきました。
現在でも国際的にはSchizophreniaと呼ばれていますが、日本では2002年に「精神分裂病」という名前が、精神そのものが分裂しているというイメージを与え、患者さんの人格の否定や誤解、差別を生み出していると考えて「統合失調症」と名称変更しました。
「統合失調症」はブロイラーの看破した「観念同士の統合が失調された病気」という疾患概念によく適合した病名です。今となってみれば、なぜ最初からこう訳していなかったのかと思えるくらい適切な呼称変更だと思います。

この病気の日本における生涯発病率*1は0.85%(120人に一人)と言われています。国別、地域別、人種別に見ると若干の違いが報告されていますが、診断基準の違いなどもあるためにその差をどう解釈するかは難しいところです。むしろ大きな差はなく、人類あまねく1%弱だと考えたほうがよさそうです。性差は認められず、男女とも同じ確率で発病します。
発症年齢は当初、早発性痴呆と呼ばれていたように青年期が好発年齢層です。16歳から30歳までの間に7割以上が発病します。中でも20歳前後がもっとも危険な年齢層です。しかし、小児期に発病することや初老期(45歳〜65歳)に発病することもあるので、絶対に発病しないという年齢はありません。
近年は30歳以降に発病する例が増えてきているように思います。この理由を私は、昔に比べて現代は、人格の成熟が遅くなってきていることにあるのではないかと考えています。
昔の人は成人式を迎えるころには、社会人としてそれなりの行動をとることができるだけの人格形成がなされてきたと思いますが、最近は国民全員が幼稚化して身体や知識は立派なものを備えているのに、社会の中で自立した存在としての責任をとることができず、何かに甘えたり依存したりしないと生きていけない人が増えているように思います。
統合失調症の発病はおそらくこの人格形成の臨界期と深く関与しているのではないでしょうか。いつまでも大人になれないために、発病の危険時期も遅れてきているのだと思います。

病気のはっきりとした原因はいまだに解明されていません。神経伝達物質の中のドーパミンの異常が有力ですが、ドーパミンの異常だけでは説明がつきませんし、なぜドーパミンの異常が起きるのかと突っ込まれると答えることが困難です。しかし、ドーパミンの代謝に影響を与える薬によって症状が改善する事実からこの神経伝達物質が主要な役割を果たしていることは間違いなさそうです。
脳の部位としては前頭葉の前頭前野という部位が注目を浴びていますが、この部位が額の直下にあるために、比較的容易に外部から血流を測定できるために、この領域の研究が進んでいることが1つの理由です。前頭前野の変化だけでは説明がつきませんし、その変化が原因ではなく結果である可能性も高いので、まだまだ病因に結びつけることはできません。

症状、遺伝、治療等々の各論についてはこれからのシリーズで少しずつお話しようと思いますが、多くの謎を秘めた精神医学、いや医学全体の中でも、もっとも未知の部分を残した病気です。
私が精神科に入局した当時、恩師の新福教授が「私は若い頃、自分の手で精神分裂病を解明してみせると意気込んで精神科医になった。しかし、実際に研究してみると難攻不落の強敵であることが分かった。だから、躁うつ病に標的を変えてお茶を濁した。今でも精神分裂病が最大の関心課題であることには変わりがない。残念だ。君達の手に任せるよ。」と言われました。
おだてられて、その気になったものの新福教授とは比べ物にならない浅学菲才の私がかなう相手ではありませんでした。私だけでなく、多くの優秀な精神科医や脳科学者がこの病気に対して全力で立ち向かってきました。しかし、今のところ全面解決に結びつく画期的な進捗は見られていません。
しかし悲観することはありません。科学の発展とはたくさんの研究者の地道な努力の積み重ねによって築かれた舞台に、突如として現れる天才によって花開くものです。近い将来、飛躍的な発見がなされて、この病気に苦しんでいる人々が救われる日が間もなく来ると固く信じています。
--------------------------------------------
*1生涯発病率:一生のうちにその病気にかかる確率を人口比で表わした指標。これに対して罹患率はある一定期間中(たいていは1年が多い)にどれだけの人がその病気にかかるかという指標。有病率はある一時点でどれだけの人がその病気にかかっているかという指標。
クリニック西川
〒170-0005 東京都豊島区南大塚1-18-2 作田ビル1F
TEL:03-5395-0721 FAX:03-5395-0722
Copyright(C)クリニック西川. All Rights Reserved.