前回のコラムで来年5月から開始される裁判員制度について書き、今回もまた法律に関係したテーマを選びました。これには次のような理由があります。
まず、最近私の担当する患者さんが民事訴訟を起こして、裁判所へ提出する意見書を書く機会が増えてきたことです。さまざまな対人的トラブルを要因として精神的な健康被害を受けることは精神科の診療をしていればごく当たり前に経験するケースです。以前はただその人の治療だけをしていればよかったのですが、最近は相手に対して法的に損害賠償を求める手段をとる方が増えてきたために、裁判資料としての意見書を書くことも仕事に加わりました。日本も段々とアメリカ型の訴訟社会に変化しつつあることを実感します。
2番目には、その流れの中で医療行為に当たっていると、いつ何時医療裁判の被告席に座らされるか分からなくなりました。善意で診療したというだけでは許されない世の中になってきたのです。福島の産科医が、今の医学水準からいって適正な医療行為をしたと思われるのに、不幸な結果に終ったという理由から警察に逮捕されて、刑事訴追を受けるという異常事態にまで到っています。
第3には、成年後見制度が活用されるようになって、刑事訴訟や民事訴訟の際に求められる鑑定に比べればはるかに簡単な家事審判上の鑑定ではありますが、「精神鑑定業務」というものに携わるようになったことです。
第4の理由は、裁判員制度に関して勉強していて、これまでは一開業医である自分とは無縁なことと思っていた刑事訴訟における精神鑑定も、現実的な課題になる可能性があることを知ったことです。
また、私の長男が法曹を志す決心をして、家庭の中で法律に関する話題が自然に増えたことも影響しています。
以上の理由から法に対して関心を深めるようになりました。そうして社会事象や自分の身の回りを見直して見ますと、重大な事件に限らず、今まで何気なく営んできた生活全般が、実は法と密接に関係していることを認識しました。法治国家で生活する以上、全ての行為が法の裏付けなしにはあり得ないということを知りました。しかも医療という特殊な職業従事者は殊更、法を理解している必要があります。さらにその中でも精神科はいろいろな意味でより法律と関係が深い診療科であるということも再認識しました。
それにもかかわらず、我が国の精神医学教育では司法精神医学の分野にはあまり力を注いできませんでした。その結果、その分野に精通している精神科医はごく一握りの人に限られています。私を含めて多くの精神科医が司法に疎いというのが現状です。
そこで改めて精神鑑定、中でも刑事精神鑑定というテーマについて考えてみました。
刑事裁判、特に量刑が死刑になる可能性がある重大な事件では、しばしば被疑者あるいは被告人の責任能力の有無やその程度が問題となって検察官、弁護側の双方から精神鑑定が要請されことがあります。鑑定作業には多大な時間(数か月に及ぶ)と労力を必要とします。皆様も宮崎勤やオウム真理教の麻原彰晃の裁判で精神鑑定のために長期間を費やしたことを覚えていらっしゃると思います。
精神鑑定がなぜ重要視されるかというと、鑑定の結果被疑者あるいは被告人が心神喪失であったと認められれば、犯罪自体が成立しなくなります。犯罪が成立しないわけですから、その人に刑罰を与えることはできません。無罪になります。被告人が心神耗弱であったと認められると、犯罪は成立して被告人に刑罰は与えられますが、量刑は大幅に軽減されます。
最近の風潮はマスコミ、特にテレビのワイドショーによる世論誘導によって「目には目を、歯には歯を」という古代のハンムラビ法典1や旧約聖書2などに見られる同害報復的な考え方に流れています。「殺人などの重大な行為をしたにもかかわらず、無罪にするということは許せない」という考え方が世論になりつつあります。
しかし、こういう考え方の行く先は「仇討」「リンチ」であって、すべての物事を法の支配のもとにおくという近代法治国家の根本原則を揺るがすことになります。感情論に流されず、法律に則って正しい判断をしなければなりません。
ではなぜ違法な行為をしたにもかかわらず、無罪になったり刑が減軽されたりすることが可能になるのでしょう。そもそも犯罪というものが成立してその罪を問うためには次の4つの要件が満たされなければなりません。
1. 犯人の行為
2. 被害としての結果
3. 犯人の行為と被害の結果に因果関係があること
4. 犯人に結果を生じさせようとする意思(犯罪意識)がある
この4つのうち一つでも欠けていれば犯罪として成立しません。
当たり前と思われるかもしれませんが、実際の事件をこの4つの要件ごとに厳密に吟味しますと、この段階で判断に苦しむ例も少なくありません。このことについては今回は省略させていただきます。
ある行為が以上の4つの要件を満たせば、その行為は犯罪として処罰されることになりますが、例外的な事情によって犯罪の成立が否定される場合があり、犯罪成立の「阻却」と言います。阻却される根拠となる例外的な事情を「阻却事由」と呼びます。
この阻却事由にはその行為が通常犯罪とされ禁止されている行為であっても、特にそれを許す法の規定がある場合にはその禁止が解かれる「違法性阻却事由」と、法的な責任を負う能力がなかったり、違法である事を知ることが不可能であったりして責任を問うことができない「責任阻却事由」とがあります。
医師は他人の身体をメスで切開したり、注射で針を刺して血液を抜いたりします。普通ならば傷害罪(刑法204条)に当たる行為を日常的に行っているにもかかわらず、処罰されません。医師による医療行為が犯罪とされないのは違法性阻却事由によるものです。根拠としては刑法第35条「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」があげられますが、医師法などの法令の中に明確に規定されているわけではありません。このように曖昧さを残しているため、先ほど述べた福島県産科医師逮捕のように、医療の結果次第で不当な司法介入を許す余地を残しているのではないかと思います。
もう一つの阻却事由である責任阻却事由の代表が、自分で行った行為について責任を負うことができる能力がないこと、すなわち責任無能力です。刑法39条1項に「心神喪失者の行為は、罰しない。」と定めてあります。
心神喪失とは精神の障害のために、行為が違法であると認識して、その認識に従って自分の行動をコントロールする能力がない状態を言います。つまり事の是非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)がないか、または弁識能力はあってもそれに従って行動を制御する能力(行動制御能力)が失われた状態です。
また、事理弁識能力または行動制御能力が失われてはいなくても、著しく減退した状態を心神耗弱とよび、犯罪の成立を阻却する事由にはなりませんが、刑を減軽することになります(刑法第39条2項)。心神耗弱は責任減少事由とされているのです。
私が実際に身近に経験した出来事では、脳外科の手術を受けた後の患者さんが、意識がもうろうとした状況で同室の患者さんを果物ナイフで刺してしまったという事件があります。加害者の患者さんは自分の行為を全く記憶していません。病院に対して管理責任を問うことはできても、この方に傷害の罪を問うことはできないでしょう。このように責任能力の観点から犯罪の成立や量刑を考慮しなければならない事例があるのです。
さて、刑事事件において要請される刑事精神鑑定には刑事訴訟法によって、裁判所の命じる公判鑑定と検察官の判断によって行われる起訴前鑑定とがあります。公判鑑定は起訴後の被告人を対象とした精神鑑定で、起訴前鑑定は起訴前の被疑者を対象とした精神鑑定です。さらに起訴前鑑定は嘱託鑑定と簡易鑑定とがあります。この3種類の精神鑑定について簡単に説明をします。
公判鑑定:裁判官の命令で公判の過程で実施されます。一般的には検察官からではなく、弁護人からの要請を受けて裁判所が命令するという形で行われます。検察官は取り調べの段階で被疑者の責任能力ありと判断して起訴するわけですから検察官からの要請ということは異例なことです。鑑定人は裁判所に召喚され出頭し、起立した上で宣誓を行わなければならない。また、鑑定人は証人として扱われるので、証言の義務を負って、場合によっては証人として喚問されて尋問を受けることがあります。その場合、陳述に虚偽があった場合には偽証罪に問われることになります。このために、進んでこの鑑定業務を引き受けたいと思う精神科医は多くはありません。
起訴前嘱託鑑定:被疑者の同意なしに、検察官の判断で実施される精神鑑定ですが、裁判官の許可が必要で、実際の鑑定業務は公判鑑定とほとんど同じくらいの労力を要求されます。ただし、法的には嘱託鑑定を依頼された者は正式には「検察官の依頼/嘱託による鑑定受託者」と呼ばれ、宣誓の義務はなく、鑑定書は検察官に提出します。ただし、裁判所から鑑定処分許可状が発行されて、要求があれば法廷に出頭して証人喚問されることがあります。
簡易鑑定:検察官は逮捕した被疑者を最長23日間勾留することができます。その間に捜査結果に基づいて起訴するか否かの決定をしなければなりません。この勾留中に検察官の判断で実施される精神鑑定を簡易鑑定と言います。この鑑定には裁判官の許可はいりませんが被疑者の同意が必要です。23日間という拘留期間中に鑑定書を提出しなければならないために診察は通常1回で所要時間も1~3時間程度しかかけられません。わが国では、他の二つの鑑定に比べてこの簡易鑑定の数が非常に多いと言われています。この鑑定で責任能力欠如とされた場合には概ね不起訴となります。しかし、責任能力を認めて、検察が起訴に踏み切った場合には、公判において証人尋問を受ける可能性はあります。
いずれの精神鑑定においても要求される主要な課題は「責任能力の判定」です。この責任能力の判定をめぐって司法精神医学では二つの立場があります。それは「不可知論」と「可知論」です。
「不可知論」は精神障害は人の意志や行動の決定過程にどのように影響するのかを厳密に判定することはできないとする立場です。この立場に立てば、狭義の精神病の診断が下れば自動的に責任無能力とします。一方、「可知論」では精神医学的な診断だけではなく、個々の事例の症状の質や程度、またそれらと行為との因果関係について検討すれば責任能力の程度を判定できると考えます。
従来、日本の司法精神医学関係者の間では、「不可知論」を支持する見解が強かったのですが、向精神薬による治療が可能になり、早期に社会復帰できるようになって、精神病から不治の病というイメージが払拭されてきました。それと並行して精神障害者の責任能力に対する考え方は「可知論」に傾いてきました。
もっとも、裁判所は精神鑑定の結果をそのまま採用するわけではありません。精神鑑定の結果はあくまで司法判断をするための一つの材料であり、最終的な判断を下すのは裁判所であることは言うまでもありません。
我が国の判例の歴史を見ますと、裁判所は戦前から精神障害=心神喪失という不可知論は採用していなかったようです。戦後、不可知論的な判例が多発した時期があったようですが、1984年(昭和59年)最高裁判所第3小法廷における大量殺人を起こした統合失調症者の判決で「被告人が犯行当時精神分裂病を罹患していたからといって、そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく、その責任能力の有・無程度は、被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様を総合して判定すべきである。」と判示して、可知論的な判断を採用するべきだと明言し、これ以降の司法判断の立場を決定しました。
したがって、鑑定人を受けた精神科医は、単に精神障害の診断を下すだけではなく、犯行前、犯行時、犯行後を通して可知論的な立場から厳密に弁識能力と制御能力を検討する必要があります。
さて、裁判員制度が開始されますと、前回のコラムで書きましたように、公判前整理手続きの段階で鑑定を請求されるケースが増加すると思われます。現在鑑定業務を担っている数少ない精神科医だけでは要求に応じきれなくなり、私たちのような一般の精神科医にまで要請がくる可能性があります。
一方で、できる限り短期間で鑑定書を作成することが要求されます。さらに、一般市民にも分かりやすい、平易で簡潔な鑑定書でなければなりません。
つい最近、最高裁は裁判の長期化を防ぐ目的から、原則として、鑑定は公判に入ってからは行わないようにするほか、鑑定結果が裁判員の判断に必要以上の影響を与えるのを避けるため、責任能力の有無などの結論には踏み込まないように求めるとの方針を発表しました。また、起訴前に検察側が2~3か月かけて公判前鑑定を行った場合は、弁護側から問題が指摘されない限り、起訴後に新たな鑑定を行わないとの方針も打ち出しました。
来年5月に裁判員制度が実際に開始されたのちに、私たち精神科医がどの程度の影響を受けるのかはいまだ不明確です。しかし、どのような状況になっても対応できるように、日ごろから責任能力という側面に留意しながら診療にあたることを心がけたいと思っています。
1792年にフィリップ・ピネル(Philippe Pinel、1745-1826)がパリ郊外のビセトール病院で、精神障害者を鎖で拘束することをやめさせたことは以前のコラムでも書きました。精神障害者が長くて暗い中世の頸木から解き放たれて、近代精神医学が産声をあげた画期的な出来事です。
しかしながら、精神障害に対する科学的な理解はそう簡単には進展しませんでした。グリージンガー (Wilhelm Griesinger、1817-1868)の「単一精神病」説で代表されるように、精神障害は依然混沌として無差別に「精神病」として扱われていました。
19世紀の後半になるとフランスのモレル、ドイツのヘッケル、カールバウムといった精神科医たちによって、十把一絡げにされていた精神病の中から現在、統合失調症として分類されている一群を分離しようという試みがなされました。
そして、ハイデルベルグ大学教授であったクレッペリンEmil Kraepelin (1856-1926)が、1893年の「精神医学書 Compendium de Psychiatrie」第4版の中で,この一群の精神障害に「早発性痴呆 Dementia Praecox」名前をつけて1つの疾患群として分離しました。またクレッペリンは狭義の精神障害を早発性痴呆と躁うつ病の二つに大きく分類しました。
20世紀に入って、スイスのチューリッヒ大学教授、ブロイラー( Eugen Bleuler 、1857-1939)は、この疾患は必ずしも痴呆状態に到るわけではないことと、この障害が単一の疾患ではなく、幾つかの病態の集まりである「症候群」であると考えました。また、この障害の示す症状の本質は、さまざまな概念と概念との連合(association)がうまくいかなくなることにあると看破して、Schizophrenieということばを作って、病名として提唱しました(1911年)。因みに、Schizoは「分かれる」、「分離する」という意味を持つことばで、phrenieは「心」、「精神」を表わす古いことばです。
これ以降、多くの優秀な精神病理学者によって統合失調症の理解が飛躍的に進捗することになります。しかし一方、精神障害の治療に目を向けてみると、ピネルの後100年以上も科学的な治療法は開発されないままでした。つまり、精神障害に関しては診断はあっても治療はないという時代が長く続いたのです。
ピネルは施設の中で精神障害者に温浴療法を試みて、なんとか社会復帰させようと情熱を傾けましたが、充分な効果はあげられませんでした。ピネルの弟子のエスキロールは「精神科の患者が、騒ぎや騒音を離れて楽しめる静寂と、職場や家族から離れて、以前の不健康な感情から解き放たれることは治療上有益な効果がある」と考えて、施設への隔離を進めました。
こういった施設はアサイラム(Asylum)と呼ばれて、ヨーロッパを中心に爆発的に世界中に広まりました。このアサイラムの中で行われていた治療は規則正しい生活をするという生活行動療法の先駆けのようなものが主体でしたが、会話を通して治療しようという試み、すなわち精神療法も誕生しました。
これといって有効な治療法を見出せないでいた精神科医たちはこぞって精神療法に没頭しましたが、たまたま症状が軽快する例があるといった程度で、真に有効な成果を得られなかったことは言うまでもありません。
有効な治療方法を持たないままに患者を受け入れていたアサライムはやがて「慢性の患者と痴呆患者のためのだだっ広い倉庫」と化してしまいました。つまり、回復して社会復帰する可能性もなく、殺到する入院患者に対して、精神科医たちは圧迫されて、ただ隔離、放置するだけの収容施設へとなってしまったのです。
その間、精神科医たちも会話による精神療法のほかに催眠療法、水治療法、温熱療法、松葉浴などの入浴療法、電気刺激療法、マッサージ、理学療法などいろいろな方法が試行錯誤的に試みてはみました。しかし、その多くは末梢神経を刺激することで中枢神経系の症状の改善を図るものでで、いずれも失敗に終りました。
オーストリアのユリウス・ワーグナー・ヤウレック(Julius Wagner Ritter von Jauregg、1957-1940)は1883年、感染症で発熱した精神病の患者の精神症状が改善したことに興味を持って、以来、発熱によって精神疾患を治療することに取り組みます。丹毒やツベルクリンでの試みは失敗に終りますが、マラリヤ寄生虫接種による発熱によって神経梅毒の治療に成功しました(1917年)。
この発熱療法の業績によってワーグナーは1927年にノーベル生理学・医学賞を授与されますが、この治療法は神経梅毒に対してだけ有効であって、他の多くの精神疾患に広く適用されるものではありませんでした。
その後、阿片、モルヒネ、幻覚剤、覚醒剤、睡眠薬、麻酔薬などが治療に試みられました。この中では睡眠薬や麻酔薬によって数日間眠らせるという持続睡眠療法が一時有望視されましたが、精神症状の改善効果は一過性のものであり、これに対して誤嚥による死亡や薬物耐性などの問題が大きすぎるために、やがて姿を消しました。
ポーランド人精神科医マンフレート・ザーケル(M.J.Sakel)はウィーンでインスリンによって昏睡状態をきたした患者の精神症状が改善することに着目しました。ザーケルは1933年、インスリンを大量投与して、人為的に低血糖ショック状態を引き起こすことによって、統合失調症の興奮状態やうつ病のうつ症状を治療するインスリンショック療法を提唱して、一時は世界中で採用されましたが、死亡例が多すぎるために1950年代には廃れてしまいました。
1934年、ハンガリーのメドゥナ(L.J.Meduna)がカルチアゾールという薬物によって人為的に患者にけいれんを起こさせることによって統合失調症の症状が改善することを報告しました。
けいれん療法が考え出された背景には統合失調症の患者はてんかんになりにくく、てんかんの患者は統合失調症になりにくいという、現在は否定されている考えが基盤になっていました。彼らはこの考えから一歩飛躍して、人工的にてんかんを起こさせれば統合失調症がよくなるのではないかと考えたのです。
やはり同様の理論から、イタリアのツェルレティ(U.Cerletti)とビニ(L.Bini)が頭皮上から100Vの交流電流を通電することによって患者にけいれんを引き起こして、精神症状が改善することを報告しました。統合失調症では幻覚妄想、精神運動興奮が、うつ病でも自殺念慮などの重症のうつ症状が短期間で改善することが分かりました。「電気けいれん療法(electroshock therapy)」の登場です。
この電気けいれん療法はネーミングや見かけのおどろおどろしさとは違って、重篤な副作用も少なく効果発現が早いことから、後で述べる抗精神病薬による薬物治療が登場するまで、精神科治療の一つの柱となりました。薬物治療が主役となった現在でも、改良された「無けいれん電気けいれん療法」が重症のうつ病に対して短期間で治療効果が得られる治療法として確立されています。
1950年、フランスのローヌ・プーラン社(現在サノフィ・アベンティス社)が抗ヒスタミン作用を持つ外科的麻酔薬としてクロルプロマジン(chlorpromazine)を開発しました。当初、抗ヒスタミン作用が弱すぎるとの評価でしたが、1951年にアンリ・ラボリ(Henri Laborit)がこの薬が精神的に落ち着かせる作用があることに気付いて論文に発表しました。
1952年、パリ、サンタンヌ精神病院の医師、ジャン・ドレー(Jean Delay)とピエール・ドニカー(Pierre Deniker)は8名の統合失調症患者に対してこのクロルプロマジンを投与して精神症状が改善することを報告しました。現在の精神科薬物療法の出発点であり、ピネルの業績に匹敵する偉業だと考えます。
その後、類似の構造を持つフェノチアジン系の薬物が次々に開発されて、抗精神病薬あるいは神経遮断薬と呼ばれて統合失調症や躁病の治療に一筋の明るい道が開かれたのです。
さらに1957年ベルギーのヤンセン社のポール・ヤンセン(Paul Janssen)がアンフェタミン(覚醒剤)の運動量昂進に対して拮抗する薬物としてハロペリドール(haloperidol)を開発しました。この薬物はクロルプロマジンとは構造的にまったく異なるブチロフェノン系の薬物ですが、クロルプロマジンに勝る抗妄想、抗幻覚作用を有する抗精神病薬であることが分かりました。
また、1954年にはメプロバメート(meprobamate)、1957年にはディアゼパム(diazepam)といった抗不安薬が、同じく1957年にはMAO阻害薬のイプロニアジド(iproniazid)と三環系抗うつ薬のイミプラミン(imipramine)といった抗うつ作用を持つ薬が発見されました。
このように1950年代に入ってから、精神症状に効果を示す薬物が相次いで発見されて、精神科治療はめざましい発展を遂げることになります。
統合失調症の領域では抗精神病薬の開発は以下の3つの変革をもたらしました。
1. それまでは事実上、ただ収容されていただけであった患者さんに対して、初めて本格的な治療が施されるようになりました。患者さんたちは一生を病院で過ごすのではなく、症状が改善して社会復帰できるようになったのです。入院主体の治療から、外来での通院治療主体へと治療体系の大転換がなされたのです。
2. 統合失調症が脳の障害であるということが再認識されました。それまで統合失調症は、診断はつくものの、これといった決定的治療手段が見つからなかったために、一部の人たちの間で統合失調症は脳の疾患ではないという誤った理解がなされてきました。精神療法家、特に精神分析を行う精神科医を中心に、統合失調症は母親の誤った養育態度が作り出すとか、不幸な社会環境が生み出すといった、心因論的な主張がまかり通っていたのです。
抗精神病薬の普及とそれに伴う患者の劇的な症状改善は、統合失調症が治療可能な神経生物学的な疾患であることを証明し、精神医学を本来の自然科学の世界に引き戻しました。
3. 統合失調症の病因、病態生理の解明に多大な寄与をしました。次々と発見される抗精神病薬の薬理作用を検討すると、共通してシナプス間におけるドパミン遮断作用(正確にはドパミンD2遮断作用)があることが分かりました。このことから統合失調症の発症にドパミンの伝達異常が深く関与しているのではないかと考えられ、ドパミンを中心とした神経伝達物質に関する研究に力が注がれ、数多くの発見が得られるようになり、本疾患の本態解明が実現可能な課題にまで近づきました。
統合失調症は古代ギリシャ時代以降、隔離収容する以外手立てのない、もっとも攻略困難な病気でした。しかし、1950年代以降の精神薬理学的発見によって急速に治療の道が開けました。この50年余りのこの分野における進歩にはめざましいものがあります。
このペースで研究が進めば、近い将来もっと優れた、画期的な治療薬が開発されることが充分に期待できます。さらに、治療するだけではなく、より積極的に発病を予防する薬物の開発も可能だと思います。
私が精神科医になったのがクロルプロマジン開発の後であった幸運にただ感謝するばかりです。
先日、警察庁が平成19年の自殺者数を発表しました。前年より2.9%多い3万3093人で、1978年に統計をとり始めてから、過去最悪であった2003年に次ぎ、2番目に多かったのです。
3万人を上回ったのは10年連続で、このうち60歳以上と30歳代の自殺者は過去最多でした。先進諸国の中で突出した自殺者を減らすべく、国も自殺対策に乗り出したことは過去の私のコラムで書きました。
さて、自殺の原因として注目を浴びているのは「うつ病」です。国もうつ病対策を掲げています。これはこれで意義のあることですが、うつ病という精神障害の治療にだけ力を注げば、本当に自殺者は減るのでしょうか。私はそうは思いません。
精神障害の患者さんの治療は各種薬物療法と精神療法だけでは充分ではありません。その方を取り巻く環境(人的、社会的)をより良い方向へ調整する必要があります。この作業においても精神科医が舵取りをしなければならないことは言うまでもありませんが、精神科医だけでできるものではありません。
環境調整は、家族、職場、友人、地域、行政などたくさんの人や組織の協力があって、初めて可能になります。
うつ病をはじめ、抑うつ状態を呈する方の治療も抗うつ薬と精神療法だけでは解決にはなりません。その人を取り巻く環境の中で悪い影響を与えている因子を取り除いて、その人の本来の力が充分に発揮できるような環境に作り変えてあげなければ、社会復帰は困難ですし、復帰したとしても容易に再発してしまいます。
私は30年以上精神科医療に携わってきましたが、近年薬物療法と精神療法よりも環境を変えることのほうに力を注がなければならない「うつ状態」の患者さんが急増していると感じています。しかも、その環境改善が容易ではなく、社会そのものを変えなければならないと感じる例が増えています。
極端に言えば、山ほど抗うつ薬を処方したって到底治らない。お金をあげるか、まっとうな職を見つけてあげれば、たちどころに改善すると思われる方が少なくありません。職を失い、日常の生活に窮して絶望の淵に立っている人が増えているのです。
小泉政権の頃から、国は景気は回復していると主張してきました。経済動向を示す各種指数から算出した数字の上では、日本経済はきっとバブル崩壊の状態を脱したのかもしれません。しかし、それは生産拠点を人件費の安い海外に移した大企業の収益が好転したからであって、一般庶民の生活とは大きく乖離した発表であると感じていた人は私だけではないはずです。
現実は、多くの企業が中国やベトナムなどに工場を移転したために、国内の工場が閉鎖され、多くの労働者が職を失いました。また、下請けの零細企業も倒産して、そこで働いていた労働者も失職しました。そういう人たちが必死の思いで仕事を探しても正規雇用の仕事にありつけることはめったにありません。なんとかたどり着く先は派遣社員です。また、30歳以上の人たちは派遣の仕事にさえありつくことが困難です。
派遣社員がいかに低賃金で過酷な仕事を強いられて、保障が不安定であるかは、近頃やっと廃業に追い込まれたグッドウィルにまつわる多くの報道で皆の知るところとなりました。しかし、極悪な人材派遣会社は折口のグッドウィルだけではありません。ほとんどの人材派遣会社は似たりよったりです。
人材派遣業というもの自体が、自分は働かず人間を右から左へと動かすだけで金をもうけるヤクザな商売です。つきつめて言えば「人身売買」で金儲けする昔の女衒 となんら変わりはないのです。
因みに、人身売買のヤクザな稼業が人材派遣業などと名のって羽振りを利かせるようになったのも小泉の節操のない規制緩和の賜物です。
このように搾取されて低賃金で働く労働者たちを餌食にしてさらに金を搾り取る輩が、これも国の後押しで急成長しました。キャッシングなどというカタカナ造語でごまかした高利貸し、すなわちサラ金です。
借りる人の自己責任と言えばその通りですが、低所得で将来に希望が持てない人をさまざまな媒体を通じてあの手この手で誘惑すれば、ついついローンやキャッシングに手を出してしまうことも納得できます。
こうなると、不安定で少ない収入の中から高利の返済をしなければならなくなります。地獄の始まりです。若い年齢層の自殺にはこういった背景が深く関与していると思います。
最近、インターネットの掲示板で、秋葉原の無差別殺人の容疑者、加藤智大を絶賛する書き込みが増えていると聞きます。彼を小泉が作り出した格差社会の負け組みのヒーローとして讃えているのです。
常識的に考えれば唾棄すべき極悪な犯罪者を英雄視する若者がこれほど多くいるということはきわめて不気味な現象です。しかし、健全で常識的な感覚を持ち合わせていない精神的に異常な若者が多いと考えるよりも、そのような考えに至らざるを得ないほど不遇で追い込まれた若者が多数存在すると解釈する必要があるのではないでしょうか。不健全な社会が人の心を病ませているのです。
高齢者を取り巻く環境は若者以上に劣悪です。企業の利益追求の目的で早期退職を強いられ、その後得られる年金は雀の涙。年金収入だけでその後待ち受けると思われる病気対する医療費や介護費用に備えた上で、なおかつ文化的な生活をできる人なんてほとんどいません。
さらに鞭打つように国は小泉以来、「聖域なき財政再建」と称して社会保障費をどんどん削ってきました。60歳以上の一般庶民に希望を持てといっても不可能なのが現実です。
小泉、竹中は競争社会こそ努力したものが報われる、健全で活気のある社会を生み出すと言っていました。現在の多くの日本人の日々の生活、精神的な健康状態を直視して、彼らが言っていたことが正しいといえるでしょうか。
今でも一部の富裕層は存在します。いわゆる「勝ち組」です。この「勝ち組」の中には人の何倍も努力している人がいることは確かです。しかし、先ほど述べた人身売買や高利貸しに代表されるように、労せずピンはねをすることによって人々から金を搾取する、こずる賢い輩も少なくありません。
努力しても報われず、「負け組」から這い出せない人の数は確実に増えています。多くの国民は今日の生活に困り、明日にまったく希望が持てないのです。自殺者の異常な数は現在の我が国の国民のおかれている現実を正直に反映しているのでないでしょうか。
このように過酷な生活を強いられている国民にさらなる試練が追い討ちをかけてきました。数字上でもごまかせなくなった経済不況、原油価格の高騰、食糧価格の高騰です。それにもかかわらず、政府は「骨太の政策を堅持する」といって、社会保障費の削減方針を変えようとはしません。これまで社会を支えてきた老人に対しては後期高齢者医療制度を強引に発進。職を失って最低限の生活をしている生活保護者に対しては保護費の減額。
減ることはあっても増える可能性のない収入なのに、生きていくために最低限必要な支出は増えていきます。
今の状況は精神障害でなくても、生きていくことが困難な人たちをますます増やしていきます。このままでは自殺者はさらに増加することは確実です。精神科医の尻を叩いて自殺者を減らせと言っても不可能なのです。
本当の精神障害の症状に基く自殺者数は時代によって大きく変わるものではありません。ですから、健全で、明日に希望がもてる社会になれば、自殺者数は自然と減少すると思います。
国は異常な数の自殺者を精神障害によるものとしてごまかさず、不健全な社会が生み出した自殺者が少なくないことを素直に認めるべきです。そして真の自殺者対策は精神障害者対策ではなく、健全な国家社会運営にこそあると認識すべきです。
国家の主体である国民を死に追いやる状態を看過しておくことは、日本国そのものが自殺への道をひた走ることです。国民なくして国家はないのですから。