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クリニック西川

2009年3月

桜に育まれる日本人の感性

東京の桜もそろそろ満開となります。未曽有の不景気で夜の盛り場は閑古鳥が鳴いていますが、さすがにこの1週間は上野公園、千鳥が淵をはじめ桜の名所はどこも大勢の人で賑わうことと思います。
当 クリニックの界隈では飛鳥山公園の桜が有名です。ただ、そこまで足を延ばさなくても小石川植物園近くの播磨坂の桜並木という素敵な観桜スポットがありま す。もっと身近を探すと、当クリニックの斜め前の道路の両脇に、200mほど桜の木が並んでおり、地元商店街がこの時期桜祭りと銘打ったイベントを開催し ます。この桜並木は片側1車線の道路に覆いかぶさるように花を開くので、それなりに圧巻なのですが、いかんせん小さな道路なので筵を敷いて酒盛りする場所 がありません。それでも、しばし立ち止まって花を見いる人が少なくありません。
ゴルフの世界でも、この時期はきれいな桜を配したコースを持つゴル フ場が大人気で、そういう所はあっという間に予約が埋まってしまいます。普段花などにそれほど関心のない親父ゴルファーたちでさえ、何とはなしに心がうき うきしてくるのは、まんざら花見にかこつけた宴会のためだけではないようです。
日本人がいかに桜を愛するかということは、俳句の季語や諺にも表れ ています。季語においても諺においても、ことさら名前を冠せずに「花」と言った場合には、言わずもがな、桜の花のことを指します。「花七日」、「花冷 え」、「花より団子」などです。まさに桜は日本を代表する花と言えます。また、外国人の間にも「桜」=「日本」というイメージができあがっています。
ところが、桜は国が正式に定めた「国花」ではありません。イングランドがバラ、アメリカがセイヨウオダマキ、中国が牡丹と梅などを正式に国の花として指定しているのに、我が国は国花を正式に認めていないのです。
時 と場所に応じて、天皇家の象徴である菊を使う必要があるための高度な政治的な判断なのだと思います。桜を国花に指定すると、長きにわたって我が国で培われ てきた天皇制を否定することになるし、さりとて菊を正式に採用しようとすれば、戦後の民主主義国家を否定して戦前に逆戻りする動きではないかと、蜂の巣を 突いたような大騒ぎになるでしょう。花一つとっても、日本は曖昧にしておかなければいけない、微妙なバランスの上に立った国なのかもしれません。
さて、国家はともかく、私たち国民にとって桜が日本という国、日本の文化を象徴する花であることに異論はないと思います。「日本人にとって桜とは」、「日本人はなぜ桜に惹かれるのか」というテーマについては、これまでに錚々たる文化人たちが論じ尽くしています。
共 通した見解は「花は桜木、人は武士」という言葉で表わされるように、ぱっと華やかに咲き誇るが、いつまでも咲き続けることなく、惜しまれるうちに散ってい く、その咲き方が、生や俗物に連綿と執着せず、いつでも潔く死んでいく覚悟のできている武士道の精神と合致しているからだと思います。
桜の花を観賞することによって、美しさ、生きている喜びを味わう一方、諸行無常、万物はすべて移ろうという、物の哀れを感じます。こうして日本人特有の感性が育まれるのではないでしょうか。
ぱっ と咲きぱっと散る桜はただ暖かくなるだけでは開花しません。桜の花芽は前の年の夏ごろにできあがって、いったん休眠に入ります。休眠に入った花芽は冬の寒 さを経験して初めて目覚め、この後に暖かくなると花開くのです。冬の寒さが十分でないと花芽の目覚めが悪いために、暖かくなってもなかなか開花しません。 厳冬を凌いで華やかな花を開く。こういった点も日本人の感性をくすぐるところかもしれません。
ところで、小泉元総理の人気が衰えない理由の一つ に、続投を望まれながら政権の座を辞した潔さがあります。私は彼が総理の座に居座らなかったのは、あれ以上総理を続けていれば、自分のなしてきた政策がい かにひどいごまかしであったかがばれてしまうからにすぎないと思っていますが、大方の日本人には彼の行動に桜の美を感じたようです。
それに引き替え、麻生さんはまだ半年くらいしか総理の座にいないにもかかわらず、見苦しく政権の座にしがみ付いている寄生木のように見られていて、ちょっとかわいそうな気もします。

昔、北海道を本拠地とするビール会社の広告に「ミュンヘン、札幌、ミルウォーキー」というキャッチコピーが使われて流行りました。札幌が、ビールが美味しいと言われるミュンヘンやミルウォーキーと同緯度であることを唱っているのです。
子供だった私は早速地球儀を調べた覚えがあります。確かに三市は北緯四五度付近に位置していることを知りました。この他、ミラノやマルセイユもほぼ同緯度だということが分かりました。何度見直しても間違いありません。
し かし感覚的には今でもどことなく受け入れられないのです。それは、札幌は寒い北の国。ミュンヘンやミラノは暖かい南欧という先入観から抜け出せないからで す。因みに、私が学生時代に訪れたアテネは福島とほぼ同緯度にあります。アテネと言えば白い石造りの建物にエーゲ海のブルーが反射する、温暖な土地を想像 します。高校生の夏休みに避暑して勉強するために檜原湖近くの農村の学生村を利用したり、奥只見のスキー場で春スキーを楽しんだ経験のある私には、アテ ネ=福島と言われてもピンと来ないのです。
この違和感は、私が世界の中でかなり特殊な地理条件にある日本という国に生まれ育ったことに因るのです。
現在の人類の文明圏は地球の相当北に偏在していて、日本は文明国家の中では最南端に位置しています。さらに日本は周囲を海で囲まれるとともに富士をはじめ多くの山々をも有し、砂漠化せず豊かな緑を有しています。極めて環境に恵まれた稀有な文明国家なのです。
このような地理条件のお陰で、内に足を踏み入れれば深山幽谷の景を楽しむことができるし、海に臨めば白砂青松の美に酔いしれることもできます。
さ らに、この緯度は春夏秋冬の四季を生みだし、同じ場所にいても一年の間に自然が千変万化して、四季折々に豊かな美しさと雪月風花という自然の移ろいを味わ うことができます。日本に生まれて住みついていると、当たり前のことと見過ごされがちですが、同じような自然に恵まれているのは南半球のニュージーランド くらいのものと聞きます。
ヨーロッパではそれほど北の国ではなくても一年の大半は寒く、冬になると太陽の光は一日5,6時間しか拝めません。一方、常夏の東南アジアでは一年中花が咲いていて、哀れな風情など味わうことができません。日本に生まれたことはかなり幸運と言えるのではないでしょうか。
桜の美しさも四季がはっきりとした土地だからこそ味わえるのです。そして、その桜の咲き方を通して、優美で繊細でしみじみとした物の哀れを感じとることのできる感性が育まれるのです。

年に一回、桜の花を眺めることによって節度ある生き方を見失わないようにしましょう。

むずむず脚症候群

我が国の成人の1/3~1/4の人々が何らかの睡眠障害を持っているという調査結果があります。睡眠障害は現代都市生活者の風土病みたいになった感があります。そういった状況に対応して一般市販薬としても睡眠薬(本来睡眠薬ではない)が販売されるようになっています。
しかし、睡眠に関する研究が進んでくるに従って、不眠を引き起こす原因はたくさんあって、単純に「不眠」として一括りにし、所謂睡眠薬を服用しても解決しない場合があることが分かってきました。
今回は、従来の睡眠導入薬では改善しない不眠の一つである「むずむず脚症候群」のお話をします。

むずむず脚症候群に相当する病気の存在はかなり以前から知られていたようですが、明確に一つの病気として認識されてきませんでした。1945年にアメリカのEkbom K.A.によって初めて臨床疾患単位として纏められました。それから多くの研究者によって解明が進められて、1990年に睡眠障害の国際分類に正式にRestless Legs Syndrome(RLS)として記載されました。
この病気の患者さんは、通常、寝入ろうとする際に不愉快な感覚が下肢に起こるために下肢を動かしたいという強い衝動に駆られます。そして脚をもそもそ動かすと、この運動によって異常感覚が消えるか、あるいは軽くなり、寝入れそうになります。ところが、やっとのことで再度寝入ろうとすると再び先程の異常感覚に襲われて、足を動かさずにはいられなくなって、目が覚めてしまい、結局なかなか寝付かれないまま時間が経ってしまいます。
異常感覚とそれに対処するために常に足をもそもそと動かしているために入眠が妨げられることから、この病気を Restless Legs Syndromeと呼ぶことになったのです。
日本では「むずむず脚症候群」と名付けられましたが、実際の異常感覚は「むずむず」だけではありません。「つっぱる感じ」、「ちくちくする」、「ひりひりする」、「むずがゆい」、「虫が這う感じ」、「痒い」、「火照る感じ」、「ピンでなぞられている感じ」、「針で刺されている感じ」、「痛い」、「振動みたい」などさまざまです。皮膚の表面の感覚と言うよりは深部に生じているように感じられるようです。
また、異常感覚の出現部位も下肢だけに限局しているわけではありません。腰、背中や腕にまで及ぶことがあります。患者さんは足を中心に、ベッドの中で悶え、のたうち回りますから、とても眠れたものではないでしょう。
症状は日中ソファーに座っている時などにも起こることがありますが、夕方から夜間にかけての時間帯に出現しやすく、じっと安静にしている時にのみ現れますから、ことさら夜間の睡眠にとって障害になります。ベッドに入って10分から30分くらいすると異常感覚が強くなってくるので、本来眠るべき深夜帯に眠ることができなくなります。しかし、明け方になりますと症状が起こりにくくなりますので、早朝になってやっと眠れるようになります。ですから、むずむず脚症候群の患者さんでも一晩に数時間の睡眠はとることができ、一睡もできないということは稀です。
この病気は子どもにはほとんど見られません。中・高年になって発症します。発症すると軽くなる時期と重くなる時期を繰り返しながら、長年にわたって遷延してしまいます。二次的に強い不安や抑うつ症状を呈して自殺に至る場合もありますから、たかが「むずむず」と言って侮ってはいけません。
この病気の存在自体が周知されて間もないために、わが国にいったいどれくらいの患者さんがいるのかについては、まだはっきりとした数字が報告されていませんが、確実に診断のついている患者さんで130万人、診断、治療を受けないで苦しんでいる潜在的な患者さんも含めて推定すると500万人近くになるのではないかと言われています。一説によると、不眠を訴える患者さんの10人に1人がむずむず脚症候群ではないかとも言われています。男女差を見ると女性の方が男性の1.5倍この病気になりやすいようです。
原因はいまだ不明ですが、妊娠、貧血、尿毒症などの際に起こりやすいことからドパミン代謝の機能低下や鉄欠乏が有力視されています。
治療にはベンゾディアゼピン系薬物の一つであるクロナゼパム、またブロモクリプティンなどのドパミン作動性薬物、さらには麻薬類似のオピオイド系薬物が有効です。鉄欠乏性貧血が合併していることが確かめられた場合には鉄剤を併用すると治療効果が倍増することが予想されます。一般的に不眠に用いられる通常の睡眠導入薬や抗うつ薬は無効であるばかりか、かえって症状を悪化させる可能性が大きいので使用してはいけません。

むずむず脚症候群は精神科や心療内科医の間においても認知度が低いのが現状です。ましてや、一般医においてはほとんど知られていません。このために、皮膚病変、神経過敏、うつ病の部分症状などと間違って捉えられて、正しい治療をされていない場合が多いのです。特に、不眠と聞けば、なんでもかんでもレンドルミンを処方する一般医が多いので、症状が良くなるどころか、かえって症状が増悪してしまう危険性があります。
ベッドに入って落ち着かずに動き回ってなかなか眠れない人は、是非とも睡眠障害に造詣の深い専門医を受診してみましょう。

累犯するならず者の矯正はできるのか

今日、司法精神医学の講習を受講してきました。平成17年7月に「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律」、通称「医療観察法」が施行されました。人権にかかわる重大な法律であるにも関わらず、充分な検討を経ないままに拙速に制定された法律です。
その結果、受け入れ機関は平成19年7月の段階で10ヶ所と国が予定していた24か所には遠く及ばない状況です。法の運用にも不備が多く、「罪を犯した精神障害者を、特別の治療施設に隔離して特別に治療し、再び罪を犯すことのないようにする」という法の精神が実践されているとはとても言えない状態です。
一方、国家はこの保安処分的性格の強い法律の拡大適用を画策しています。この法律が国策司法機関である検察によって乱用されれば、時の国家権力に対して反抗的な思想の持ち主に精神障害者とのレッテルを貼り、強制的に社会から隔離する恐怖政治の手段として用いられる恐れがあります。
また、間もなく開始される裁判員制度によって、この法律の扱いがどのように変わるかも気にかかるところです。
こういう点から、最近精神科医の間では司法精神医学に関する勉強会がよく開催されるようになりました。

この医療観察法に関して述べると、堅苦しくてややこしいことを延々と書き連ねなければなりませんので、今回は止めておきます。ただ、今日の講義で得た知識の中に皆さんの興味を引くと思われる事項があったので、それについて少しお教えします。
触法患者(罪を犯し医療観察に処された精神障害者)の精神症状や性格特徴をさまざまなパラメーターから採点して数学的な手法で解析すると、かなりの確率でその人の再犯危険性が予見できるということなのです。
一群の人はどんなことをしても矯正が困難で、社会に戻れば再び犯罪を繰り返すことが予想されます。そういった累犯の可能性の高い人はやはり一生社会から隔離しておかなければならないのかもしれません。
人間的な情操が欠如して暴力的なエネルギーの高い人が矯正困難ということは容易に理解できますが、知能が高いほど重大犯罪を犯しやすいし、犯を重ねるたびに巧妙かつ悪質な犯罪に手を染めるようになるということを忘れてはいけません。
さらに、最も危険な人は、今言った要素に加えて一見爽やかで気さくな、いい人らしさを備えている人なのだそうです。この凶悪犯の要素を全て備えている例としてアドルフ・ヒトラー、麻原彰晃などと共に現在上告中のIT界の風雲児と言われたH氏の名前もあがっていました。
但し、このように根っから極悪犯の要素を持って生まれた人の全員が、必ず犯罪を起こすとは限らないのだそうです。そういう人でも運よく、人間性が欠落していた方が円滑に業務遂行できる仕事に就いた場合には、有能な社会人として、破綻せずに一生を過ごすことがあるのです。むしろ人の記憶に残るような活躍をする場合も珍しくないそうです。この話を聞いて、今まで頭の中におぼろげに考えていたことがはっきりとした形になりました。
というのは、中国の古典に出てくる理想の君子像は、容姿端麗で才能に恵まれるとともに人格も円満な人物として描かれていますが、現実の世界で人気の高い英雄、カリスマ性の高い教祖や伝説的な詐欺師、極悪人は皆君子像とは程遠い人物です。どちらかというと一見、梲の上がらない、平平凡凡とした男女であることが多いのです。しかも、結構、我が儘だったり、癇癪持ちだったり、好色だったりと欠点も数多く目立つのですが、どこか憎めない可愛げがあるために人が付いて行くように思います。
アドルフ・ヒトラーもドイツ人にしてはちんちくりんの小男です。麻原彰晃も逮捕されるまではとんでもない馬鹿だとは思っていましたが、どこか憎めないキャラクターと感じていました。最近また何食わぬ顔をしてテレビに露出しているH氏にも確かにざっくばらんでなんとなく親近感を抱かされてしまいます。この「良い子仮面」の可愛げこそが、多くが人を操作されてしまう最も危険な要素なのでしょう。
ある高僧が「人の幸せとは次の四つである。愛されること、褒められること、役に立つこと、必要とされること。」と言っています。このうち、愛されたり褒められると幸せに感じることは言うまでもありません。しかし、いくら一方的に愛され、褒められても、それは受動的な幸せしか与えてくれません。翻って、自分がその人の役に立ち、必要とされなければ能動的な幸せを掴むことができないのです。つまり、完璧な相手ではその人の役に立つことも必要とされることもありませんが、白壁微瑕どころか瑕が多ければ多い人ほど周囲の人が役に立ち、必要とされる場面が増えて、その結果周囲の人に幸福感を与えるのです。
この点、今のところ犯罪者とはなっていませんが、小泉元総理も情性が欠如し、暴力的な傾向があり、知能が高く、可愛げがある、このタイプの人間であったのではないでしょうか。彼が行ってきた政策は多くの人を苦しめてきたにもかかわらず、今をもって異常な人気を保っています。その異常な人気の基は偏に可愛げにあったように思います。極悪人のすべての要素を兼ね備えていながら、目につく罪を犯さないでいる人物の好例かもしれません。
小泉さんは別にして、今名前を挙げた、歴史に名を残す犯罪者の面々に、もし可愛げという一点が欠けていれば、単なる鼻摘み者として相手にされず、したがってあれほど大きな犯罪にならなかったのではないかと思います。

さて、現在までに6000近くも打ち上げられて、今や宇宙空間における過密状態が取りざたされている人工衛星は、もはや打ち上げそのものが話題になるような時代ではなくなりました。ところが、約3週間後に予定されている発射に対して世界中の耳目が集まっています。なぜならば、13番目の人工衛星保有国になると喧伝しているのが、ブッシュ前大統領が「ならず者国家」と呼んだ北朝鮮だからです。
世界中の誰もがこのロケットの先端に人工衛星が搭載されているとは努々信じてはおらず、大陸間弾道ミサイルの発射実験だということに疑いを抱いておりません。ですから、再び険悪な関係に戻った隣国の韓国。頭上を脅かされて、技術水準が低いロケットが国内に落ちてくるかもしれない危険に直面している日本。自国を射程圏内にとらえられるかもしれないアメリカなどが猛反発するのは当然です。3国は足並みを揃えて、もし発射されれば迎撃ミサイルを撃ち落とすと表明し、発射の中止を促しました。しかし、本当に発射された場合、具体的にどう対処するかについては苦慮しており、未だ結論を出せぬ状態であるようです。
なぜならば、これまでの北朝鮮の所業の数々から言って、北朝鮮の人工衛星発射という主張が真っ赤な嘘であることは十中八九間違いないのですが、とは言え、飛行物体がミサイルであることの確証を示せないままに撃ち落とした場合には、やはり一方的で行き過ぎた敵対武力行為という誹りを免れません。ところが、ロケットを打ち上げた直後に、その先端が宇宙を目指す人工衛星なのか、はたまた太平洋を越えてアメリカ本土を目標とした弾頭なのかを見極めることは極めて困難だからです。これをいいことに北朝鮮は「もし迎撃すれば、それを宣戦布告と見なす」とさらなる脅しをかけてきています。
中国やロシアが迎撃に反対の態度を表明した現在、3週間後の対応は極めて難しいものとなっています。またもや北朝鮮の思惑通りにミサイル発射に手をこまねいて傍観するしかないのかもしれません。
私たちはこれまで何度も北朝鮮に庇を貸して母屋を取られてきました。旱魃で餓死者が出ているから食糧寄こせ。誘拐した者を返すから金寄こせ。原子力発電所を閉鎖するから重油をよこせ。等々です。
今回もまた、ミサイルという名の出刃包丁をちらつかせながら「これは傘を作るための道具だ」と言い張って庇を貸せと要求しています。しかも、「庇を貸さなければ戦争という名の鉄槌を持ってきて母屋をぶち壊すぞ」と脅迫しているのです。韓国や日本にとって今の状態は正に「前門の虎、後門の狼」と言えましょう

今や国家の体をなしていない北朝鮮。度重なる犯罪を繰り返す処遇困難な犯罪者みたいな存在ですが、極悪人になるための可愛げが欠けているので鼻摘みのならず者にしかなれません。世紀の犯罪者とはなれなくとも、もう嫌というほど悪行を繰り返していて悔悛の兆しが見えません。
今日の講師の先生が言っていました。「根っからの悪人には事の善悪を基準にした矯正は通じない。損得からの矯正に一縷の希望がある」と。
北朝鮮も、まだ何とか国としての寿命があるうちに、国際社会の中で共生する方が得であることに気付いて欲しいものです。

知らないことは語るべからず

「千早振る(ちはやふる)」という落語噺があります。この話は自称「物知り」だが、その実はただ人より耳学問の量が少しだけ多い半可通、つまり知ったかぶりでプライドが高い人物を揶揄した噺です。
話を進行させるための題材は小倉百人一首の中の歌仙、藤原業平が詠んだ

「千早振る 神代も聞かず龍田川 唐紅にみづくくるとは」

(ちはやふる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みづくくるとは)

という有名な和歌です。ここから外題が「千早振る」になりました。
この歌の本来の意味は「紅葉が龍田川の川面に映り、くくり染めのように見えている。こんなことは今までに一度もなかっただろう」というもので紅葉に映える龍田川の美しさを読み上げた一首です。
さて落語ではこの歌がどうなったのでしょう。この歌の意味を八五郎から尋ねられた御隠居、実はこの歌の意味など全く知らなかったのですが、常日頃、物知りを自称して、周囲からも「先生」と持ち上げられていた御隠居としては、ここで「知らない」と言ってしまっては沽券に関わります。そこで相手が何も知らないことをいいことに、勝手放題な解釈をして聞かせてその場を凌ぎ、自分の博識という面目を保とうと考えたのです。隠居のでたらめな解釈によって業平の秋の美しさを謳った名歌は以下のようになってしまいました。

相撲の人気大関であった「龍田川」が吉原へ遊びに行った際、「千早」という花魁に一目惚れしてしまいました。ところが、千早は相撲取りが嫌いなのであっさりと振ってしまいます(千早振る)。
振られた龍田川は千早の妹花魁の「神代」に乗り換えて言い寄りますが、神代にも「姉さんが嫌いな人は私も嫌いでありんす」と言われて断られてしまいました(神代も聞かず龍田川)。
こうして失恋が続いた龍田川は相撲に力が入らなくなって負けが混み、ついには力士を廃業し、豆腐屋を営んでいる実家に戻って家業を継ぎました。
それから数年後、龍田川の店の前に一人の女乞食が現れて、「おからを恵んでください」と言ってきました。初めは喜んでおからを上げようとした龍田川でしたが、よく見るとその女乞食は零落れた千早の成れの果てだということに気付きました。昔の恋の恨みを思い出した龍田川は、激怒しておからを上げずに放り出して(からくれないに)、千早を思い切り突き飛ばしました。
千早は井戸の傍に倒れ込んで、こうなったのも因果応報と世を儚んで井戸に飛び込んで入水(みずくぐる)自殺してしまいました。
これで、歌の「千早振る神代も聞かず龍田川唐紅にみづくくる」までは何とか辻褄を合せましたが、最後に残ってしまった「とは」の説明にはさすがの御隠居さんもはたと困りました。しかし、そこは根っからの屁理屈上手ですから、とっさの機転で「千早とは吉原での源氏名で、彼女の本名が「とは」だったのだと、最後まで強引に説き伏せてしまうのです。

プライドの高い半可通、知ったかぶりを扱った落語はこの他に「薬缶」、「天失気(てんしき)、上方落語の「つる」など枚挙にいとまがありません。いつの世においても、自分の実力のほどを知らないで、自尊心が高い知ったかぶりの大言ほど滑稽なものはないということでしょう。

さて先日、この数か月私が診ている高齢女性患者の長女が困り果てた顔をして相談に来ました。
その患者さんは認知症の初期によく見られる老年期の精神障害を患っています。記憶障害はまだそれほど進行していませんが、被害的な内容の妄想がしばしば出現します。また、感情をコントロールする機能が強く障害されてきたために、すぐに興奮して周囲に対して攻撃的な言動を頻発するようになりました。
こういった精神症状のために同居していた夫や介護の責務がある長女が困り果てて、昨年の夏、治療を求めて私の所に来たのです。夫は妻よりも高度の認知症で、一方とても温和な性格なので、妻の攻撃、興奮が激しい時には身体的な危険を生じることもしばしばでした。当然ながら、その患者さん自身は自分の精神状態が変調をきたしているということを自覚することはできませんから、進んで治療を受けてはくれません。皆で根気よく説得してなんとか薬を飲んでもらうことに成功し、また幸いにもこの薬がうまく功を奏したので、ここ数カ月とても安定した生活を送ることができ、周囲も安心していました。
ただし、薬には副作用が付き物です。こういった症状を治療する薬の副作用としては眠気やだるさが一般的です。高齢者ですのでことさら薬剤の選択とその量の決定には気を使いましたが、この患者さんの場合にも多少の眠気とだるさを免れることができなかったので、本人が服薬を止めてしまって、再び病的な精神症状が再燃することが一番の気がかりでした。ですから、私も家族もヘルパーも、彼女に関わる者すべてが服薬の励行、その一点に腐心してきました。
ところが最近、本人が昔から内科疾患や整形外科疾患の治療を受けてきた馴染みの医師が、本人の眠気、だるさの訴えを聞き付けて、御親切にも本人とその家族に服薬を止めるように忠告してきたのです。
曰く、「そういう薬(恐らく精神科医が処方する薬のことを言っていると思われる)は身体に良くないのよ!」、「この前やっていたNHKの番組でも抗うつ薬は飲まない方がいいって言ってたわよ!」、「そういう薬を使うのは娘のあなたが楽をしたいからだけで本人のためにはならないんだから!」、「薬使うくらいなら施設に預けることを考えなさい!」。
長女はその医師からものすご剣幕で叱られたそうです。ここで長女を弁護しますが、彼女は決して無責任だったり冷たい心の持ち主なのではありません。施設に預けることくらい、その医師に言われるずっと前から何度も試みてきました。しかし、本人が頑として拒否するために実現しないでいます。また、何も楽ばかりしてきているわけでもありません。手元に引き取って生活しようと、何度か自分の家に連れて行きましたが、本人が夜中に娘の家を飛び出して自宅に戻ってしまうことが続き、事故に遭う危険を感じて控えているだけなのです。
普段の苦労も知らないで、たまにやってきて文句ばかり言って帰る小舅みたいな医師の物言いに、長女は涙を流していました。
しかし、家族の心が傷つけられたことよりも、もっと困った現実的な問題があります。それは、もともと不愉快な副作用を感じていたところへもってきて、医師から「薬は飲まない方が良い」との御託宣を受けた患者さんが服薬をがんと拒否して、病状が悪化することです。やっとのことで構築してきた治療体制が、手前味噌な医師の一言によって一瞬に土崩瓦解してしまいました。
その医師が服薬をやめた方が良いという根拠になったNHKスペシャルのうつ病特集は、夜9時からのゴールデンタイムに1時間を超える枠で、力のこもった放送でした。近年、うつ病がいろいろな意味で脚光を浴びていることもあって、大きな反響がありました。
テーマの選択は良かったのですが、残念なことに編集されて出来上がった番組はかなり偏った内容になってしまいました。メンタルヘルスが流行りの時流にのって、きちんとした精神医学の研鑽を受けていない医師がメンタルクリニックを標榜、あるいは精神科医であっても営利追求のためにとんでもない診療をしている例があるということを報道するつもりであったのでしょう。しかし、テレビを観た一般の方中には「抗うつ薬は良くない薬だ。」、「薬を処方する医者は悪い医者で、薬を使わないで認知行動療法をする医者が良い医者だ。」との誤った認識に陥ってしまった方が少なくなかったようです。
私も本来数あるうつ病治療の手段の一つにしかすぎない認知行動療法の宣伝の番組のような印象を受けて違和感を感じました。また、今のところ、抗うつ薬がうつ病治療の主役であることはWHOを始め、世界中の精神科医が認める共通認識です。
しかしながら、大NHKの報道番組だけに良いにつけ悪いにつけ影響が大きく、この番組を観て、勝手に服薬を中止して病状が急激に悪化。その結果自殺した患者さんが出てしまって、改めてNHKスペシャルの報道の在り方に批判が出ています。

閑話休題、NHKの番組の評価は別として先ずもって言っておきたいのは、先ほどの患者さんはうつ病ではありません。ですから、治療に使用している薬も抗うつ薬ではありません。認知行動療法も無効です。脳の器質的な変化にともなって起きている精神症状ですから、再び妄想や精神運動興奮が長期にわたって再燃すると、脳の非可逆的な障害が加速度的に進行してしまいます。患者さんの病的な症状を治療することは、介護にあたっている周囲の人々のためだけではなく、本人のためでもあるのです。
それにしても件の医師は自分の専門外の治療に関して、しかも詳しい状況を知りもしないで、「薬は飲ませないように」などとよく注意できたものです。素人向けのテレビ番組から得た程度の知識に基づいて自信満々に専門的指導を行った勇気にはただただ畏れ入るばかりです。

「先生と言われるほどの馬鹿でなし」という諺あります。私を含めて、日頃から「先生」、「先生」と呼ばれる職業人はどうしても自省、自戒することが少なくなり、実際の能力以上に自己を評価しがちです。
医師はよほど気をつけないとプライドばかり高い、知ったかぶり、半可通の御隠居さんになってしまうのです。
実際医師仲間を振り返ってみますと、身の程知らずにも、計理士に向かって税務に関する講義をしたり、建築士に対して設計に関する訓を垂れたりして、周囲の苦笑をかっているのにもかかわらず、その嘲笑にさえも気付かず得意満面の夜郎自大みたいな医師を何人か思い浮かべることができます。
それでも、そんなことは新作落語だと思って陰で、笑っていれば済むことですが、医療現場において医師に「千早振る」やられたならば、笑って済ますことはできません。患者さんをはじめ多くの人に甚大な被害を与えるからです。下手をすれば人命にかかわります。

人の振りみて我が振り直せ。こんな批判を書いていますが、私自身自他共に認めるお調子者です。私こそ「千早振る」になる危険性がもっとも高いのかもしれません。ですから常に、分からないことを自覚できるようになるために勉強し、知らないことは知らないという勇気を持つように心がけていこうと思います。
知者不言。知らないことは語るべからずです。

いつか来た道-危ぶまれるテロの時代-

今から73年前の1936年(昭和11年)2月26日、降り頻る雪の中を皇道派の影響を受けた一部青年将校が1483名の兵士を率いて「昭和維新」、「尊 王討奸」をスローガンにして皇居周辺で決起しました。彼らは内大臣、斎藤實と大蔵大臣、高橋是清を射殺して四日間にわたって帝都の中心部を占拠しました が、最終的には天皇の勅令によって、二名が自決し、残る1400余名の反乱軍の投降によって幕を閉じました。
これが我が国近代史上初のクーデター未遂事件である二・二六事件です。一般に、この事件は陸軍の皇道派と統制派との権力争いだったと論じられていますが、 その背景には一般国民の先の見えない貧困。そしてそれを救済するどころか、一部資本家と癒着して利権を貪る政治腐敗に対する庶民の悲憤慷慨があったと考え られます。
1929年10月24日ニューヨーク証券取引所で株価大暴落に端を発した金融崩壊は、第1次世界大戦で疲弊しきっていた世界中の実体経済に壊滅的な打撃を与えて、出口の見えない世界大恐慌を引き起こしました。
日本もこの世界恐慌の大波に呑まれて、当時わが国の経済はどん底の不況から抜け出せない状況でした。特に地方農村部での貧困は凄まじく赤貧洗うが如き状況 でした。今のように社会保障制度が整備されていない社会でしたから、糊口の道を断たれた農家では、健康な男子はこぞって軍役に志願しました。しかし、女子 は軍で必要とされません。このために口減らしのために娘を泣く泣く女衒に身売りする農家が後を絶ちませんでした。
一方、経済界は一般民衆の困窮をよそに、旧財閥(三井、三菱、住友、安田)と新興財閥(日産、日窒、日曹、理研)とが勢力争いに鎬を削っていました。結 果、財界から政界への買収工作の激しさがまして政財界の癒着が横行するようになっていました。社会の腐敗が極まっていたのです。
こういう閉塞した状況に現れるのがテロ行為です。テロは、天下泰平な世であれば民衆からもってのほかの重大犯罪として厳しく糾弾されるのですが、澆季末世 (ぎょうきまっせ)の時代には、民衆は表向き眉を顰めて見せはしますが、内心では日頃の鬱憤を晴らしてくれた天誅として喝采の声を上げているのです。
ですから、一旦テロが始まると、その原因である社会不安が解消するか、より大きな困難、災害を目の当たりにしない限り鎮静化することができません。当局が下手に厳罰に処したりすれば、犯人が義賊として讃えられて、さらなるテロの原動力になってしまいます。
以下に、第一時世界大戦終結から二・二六事件までの主な出来事を年表にしてみました。
1919年 6月28日 ヴェルサイユ条約調印、第一次世界大戦終結
1920年 1月10日 国際連盟成立
  3月15日 日本で株価暴落、戦後恐慌始まる
1921年 11月4日 原敬首相暗殺事件
  11月13日 高橋是清内閣成立
1922年 6月6日 高橋内閣総辞職(短命)
  6月12日 加藤友三郎内閣成立
1923年 8月25日 加藤友三郎急死により総辞職
  9月1日 関東大震災
  9月16日 憲兵大尉甘粕正彦が大杉栄や伊藤野枝らを殺害(甘粕事件)
  10月 ドイツでマルク暴落
  11月8日 アドルフ・ヒトラーがミュンヘン一揆
  12月27日 虎の門事件(皇太子、摂政宮祐仁親王が難波大介に狙撃される)
1925年 1月3日 イタリアでベニート・ムッソリーニが独裁宣言
  4月28日 イギリスが金本位制に復帰
  6月6日 クライスラー社設立
  7月18日 アドルフ・ヒトラー「我が闘争」刊行
1926年 12月28日 大正天皇崩御、昭和となる
1927年 3月 昭和金融恐慌発生し各地の銀行で取り付け騒ぎが勃発、株大暴落
1928年 6月4日 張作霖爆殺事件
  8月27日 パリ不戦条約調印
1929年 3月5日 革新的な政治家、山本宣治が右翼テロリストに刺殺される
  4月16日 四・一六事件(共産党員が一斉に検挙される)
  8月15日 北海道鉄道疑獄事件
  10月24日 ブラックサースディ、ニューヨーク証券取引所で株が大暴落し世界恐慌が始まる
1930年 2月26日 全国で共産党員一斉検挙
  9月10日 米価大暴落、豊作飢饉
  11月14日 濱口雄幸首相襲撃事件
1931年 3月20日 三月事件、政治結社「桜会」によるクーデター発覚
  9月18日 柳条湖事件(満州事変勃発)
  10月17日 錦旗革命事件(軍部によるクーデター計画発覚)
  12月13日 犬養毅内閣成立
1932年 1月8日 桜田門事件(朝鮮人李奉昌が天皇の馬車に爆弾を投げつける)
  2月9日 血盟団事件(前蔵相井上準之助が本郷で血盟団員小沼正に暗殺される)
  3月5日 血盟団事件(三井合名理事長團琢磨が血盟団員に暗殺される)
  3月11日 血盟団盟主、井上日召が自首
  5月15日 五・一五事件犬養毅首相が若手将校に暗殺される
1933年 1月30日 ドイツ、ヒトラーが首相に就任にてナチス政権誕生
  2月20日 プロレタリア文学の小説家小林多喜二(現在著作「蟹工船」が再び脚光を浴びている)が特別高等警察の拷問で虐殺される
  3月23日 ドイツ、ナチスの独裁確立
  3月27日 日本国際連盟脱退
  8月12日 相沢事件(陸軍内部の抗争で統制派の陸軍省軍務局長、永田鉄山が暗殺される)
1936年 2月1日 天皇機関説を提唱した美濃部達吉が右翼の襲撃を受けて負傷
  2月26日 二・二六事件

五・一五事件、血盟団事件をはじめテロが社会の乱れと並行して頻発していたことが分かると思います。こうして振り返ってみると二・二六事件は起こるべくして起こったクーデターだと言えるのではないでしょうか。
二・二六事件は陸軍内部の統制派の勝利という形で終わりました。この結果軍部の力はますます強くなって、1937年7月の盧溝橋事件をきっかけに本格的な日中戦争、そして1941年12月8日の真珠湾攻撃へとひた走ることになったのです。
決起した青年下士官たちが期待したものは国家社会主義者、北一輝の描いた腐敗のない理想の社会であったのです。しかし、結局は狡猾な長老や政治家たちの思惑に翻弄されて、彼らの義侠心とは裏腹に、国民により大きな犠牲を強いる戦争への道を作る結果となってしまいました。
「外患をもって内憂を制す」と言いますが、国家は外に向けての戦争という桁違いの大殺戮を起こすことで国内の不満や鬱積をごまかして、結果テロはなくなったのです。

さて昨年11月18日、殺人と殺人未遂の事件が相次いで報道されました。今や我が国では殺人事件など日常茶飯事のできごとですが、この二つの事件は日本国 中を震撼とさせました。なぜならば、2件の被害者が旧厚生省の元事務次官夫妻、元事務次官夫人だったからです。しかも、2人の事務次官は厚生省の中でも年 金畑を歩んでおり、現在社会問題化している年金制度のシステム作りに関わったという共通項がありました。
テロ事件と考えるのが自然だと思うのですが、どういう訳か当局もマスコミも慎重な態度を崩しませんでした。私はその頃から、この事件に対する大きな影の力を感じていました。そして事件から5日後に事態は唐突な展開を迎えました。
小泉毅という47歳無職の男が証拠品一式を携えて自ら警視庁に自首してきたのです。その後取り調べに当たった警察から流される情報は拍子抜けするものばかりです。何と動機は30年近くも前に犬を処分された私怨だというのです。
新聞、テレビは当局発表を踏襲する形での報道に終始。週刊誌はしばらくの間は独自の報道を続けていましたが、やがてこちらもフェードアウト。今ではこの事件を取り上げるところはどこにもありません。
しかし、私は今でもこの犯行をテロだと思っています。彼の生活歴を見るとある程度の年齢まではちゃんとした社会生活、対人関係を持っていたようですし、犯 行時の行動そのものも冷徹でほころびがありません。明瞭な精神障害あるいは極度の人格障害とは思えまないのです。きわめて緻密に計画された犯行であって知 能の高さを伺わせます。また、行動スケジュールなどからも実行犯は単独犯であったとしても、陰に共犯者の存在が強く示唆されます。さらに、仕事もせずにそ れなりの生活をしていたことは、金銭的な補償をしていた個人ないしは組織の存在が強く疑われます。
何よりも、唐突な自首、警察発表の荒唐無稽さから、私はこの犯行がテロであったことを強く疑うのです。国はなんとかこの事件を特異な人格のばかばかしい犯 行で終わらせることに躍起になっているのではないでしょうか。なぜならば、テロを認めるとさらなるテロの続発が懸念されるからです。
私は犯罪捜査や犯罪心理学のプロではありませんから、この事件に対する私の推測は当たっていないかもしれません。しかし、この事件そのものをとやかく議論 することが私の真意ではないのです。私が危惧するのはもっと大きな流れです。つまり、今の社会の有様を俯瞰すれば、この事件がテロである方が不自然でない こと、また今後いつテロが起きても不思議ではないことを強調したいのです。
なぜならば、現在の日本の状況は二・二六事件前夜と酷似しています。出口の見えない不況。無能で見識のない政治家。かんぽの宿で代表される政財が結託した 利権争い。腹黒いキャノンの御手洗が経団連会長に君臨していることに象徴される財界のモラル低下。国民はこういったことに怒ると同時に自分たちの無力さに 絶望しているのです。
このまま有能で政連高潔な政治家、滅私奉公の原点に立ち戻った官僚、モラルを備えた経営者不在の時間が続くならば、私たちはまたもや1930年代の不穏な 道を歩くことになるでしょう。それを予感させるかように、時代は然るべく田母神のような跳ね上がった軍人をも登場させています。

目を覚ますなら今のうちです。「いつか来た道」と気付いた時にはもう手遅れなのですから。ただ、私たち怒れる国民に与えられた行動は選挙しかありません。自分自身が心を清くして、我が国の進路を正しい道に戻してくれる指導者を選び、そして育てましょう。
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