酒井法子と押尾学、二人のタレントの相次ぐ逮捕によってここ数カ月の間、違法薬物による依存症の話題がお茶の間を賑わしました。
一連の報道の中には違法薬物の害毒を啓蒙するものもありましたが、その多くは芸能ニュースの御多分に洩れず、二人の私生活を暴きたてて、人気者の凋落ぶりを面白可笑しく観劇する、嗜虐的な内容のものでした。
リポーターが「子供のことを考えて介護の道で立派に更生してほしいものです。」などときれいごとで番組を閉めますが、誰も腹の中では、中学生の頃から虚飾の世界で優雅に生きてきて、まともな教育など受けたことのない酒井が、子供を抱えて、勉学をしながら、月給15万円ほどの介護ヘルパーのアルバイトで生きていけるなどと考えてはいません。これから先どんな転落をしていくのか、わくわくしながら見ている人がほとんどではないでしょうか。
私は二人の逮捕劇が違法薬物の害毒や薬物依存について正しい啓蒙を進めることを期待していたのですが、次第に今述べたようなゴシップ報道へと傾いていってしまったことが残念でなりません。
二人の事件の少し前には大学生や家庭の主婦たちが大麻所持で次々と逮捕されたことが話題になりましたが、この時も「あの名門大学の学生が?」、「あんな高級住宅地に住んでいる主婦が?」という部分ばかりに焦点が当てられて、薬物汚染の本質が十分に語られないまま話題に上らなくなってしまいました。
薬物依存、特に違法薬物の依存者は、進んで自ら告知するはずがありませんから、大きな非社会的行為をして大騒ぎにならない限り表面化することがありません。ですから、司直によって保護、逮捕される例はまさに氷山の一角にすぎません。
私は、薬理学の研究をしていた経験と第一線で精神科医療に携わっている日々の体験から考えて、我が国の薬物汚染の実態は抜き差しならぬほど深刻な状況に差し掛かっていると考えます。
芸能人なんて元々ヤクザな連中が薬物に手を出していることは驚くにはあたりません。昔から芸能人と違法薬物は切っても切れない仲です。大手プロダクションのパーティー会場で石を投げれば数発に一つはヤクチュウに当たるのではないでしょうか。それよりももっと憂慮しなければならないのは、暴力団や芸能界とは無縁の一般の人たちの間に深刻な薬物汚染が広がっていることです。
昨年、私は池袋の町をぶらぶらしている時に警官から職務質問を受けました。善良な市民である私は、初めは警察の防犯活動に協力しようと思ったのですが、相手の警官の態度があまりにも横柄であったので、むかっとして持ち物検査を拒否した結果、小一時間すったもんだしました。
彼らの疑いは私が違法薬物を所持しているのではないかということだったようです。後日、警察関係の友人にこの時の話をしたら、「西川の格好見たら普通の警官は怪しいと思うよ。その警官の判断は正しい。」と笑われてしまいました。
確かに、私のいでたちは多少派手なので怪しい人物に間違えられてもいたしかたないとは思うのですが、いかにも怪しげな人物が白昼薬物を所持していると考えるのもいかがなものでしょうか。
さて、この職質の際、私は強引に私のバッグの中に手を突っ込もうとした警官の行動を拒否したのであって、身元を明かすことには吝かではりませんでしたから、名刺を渡して、すぐ近くの豊島区医師会に行って証明してもらおうと提案しました。しかし、地元で長く開業している医師であることを主張しても、彼らは私の身分など、全く意に介さなかったのです。
よく考えてみれば医師であることが違法薬物を所持していないことを保証するものでないことは当然です。犯罪と職業や社会的な地位とは無関係です。特に薬物に関しては、このグループの人は大丈夫という聖域は全くありません。医師、歯科医師は言うに及ばず弁護士など法曹でさえ逮捕されている昨今です。後で述べますが、医療関係者はむしろ麻薬依存者が多いのが実態です。私の取り調べに当たった警官の行動は正しかったと言えます。
今から考えてみれば、私を職質しなければならないほど薬物汚染の広がりが深刻だということであり、感情的にならずに協力してあげればよかったと反省しています。
閑話休題、違法薬物、薬物依存と十把一絡げに扱われていますが、違法薬物は多種多彩であって作用機序や中毒症状は様々です。またその作用によって依存の仕方も異なってきます。さらに、依存人間たちが次から次へと新手の薬物に目をつけて耽溺していくので、法が追いついていません。
一方では、私たち医療者が考えもしなかった薬物が嗜癖対象とされて、それに対する取り締まり方が作られるために、その薬を本来必要とする医療現場で使用が難しくなってしまうという皮肉な事態も起きています。これから数回にわたって薬物依存に関する基礎的な知識と臨床現場での困った状況についてお話します。
違法薬物にはどのようなものがあるのでしょう。運動選手が筋力をアップするためにタンパク同化ホルモンを使用することも「ドーピング」と言って違反です。オリンピックなどの公式協議においては競技の前後で尿検査を行って、こういった薬物の使用が疑われた場合には失格となります。
しかし、これはスポーツ選手としてフェアでないということであって、刑法上の違法薬物使用ではありません。一般の方がタンパク同化ホルモンを使用しても処罰されたりはしません。また、車を運転する前に飲めば厳しく罰せられるアルコールも通常の飲み方をしていれば法に触れることはありません。ですからこういったものは違法薬物とは呼びません。
その製造、販売、所持、仕様が法律で厳しく制限されている違法薬物の第一の特徴は、主として中枢神経系に作用して精神の変容をきたして非あるいは反社会的な行動を引き起こす可能性のある薬物であるということです。
違法薬物は使用時の快感を求めるため、あるいは使用を中断する時に起こる不快、苦痛(禁断症状、離脱症状)を避けるために使用し続けます。こうしてその薬物なしにはいられなくなる状態を薬物依存と言います。違法薬物の第二の特徴はこの依存性を生じやすいという点です。
刑法上、違法薬物は、覚せい剤取締法、あへん法、麻薬及び向精神薬取締法、大麻取締法、毒物及び劇物取締法によって規制されています。
覚せい剤取締法は覚せい剤および覚せい剤の原材料の輸入、輸出、製造、譲渡し、譲受けて所持、使用を禁じています。
あへん法はあへん、けし、けいがらの栽培、採取、輸入、輸出、譲渡し、譲受けて所持、使用、吸食を禁じています。
麻薬及び向精神薬取締法はヘロインの輸入、輸出、製造、製剤、小分け、譲渡し、譲受け、交付、所持、施用、廃棄、受施用を禁止。ヘロイン以外のコカインやMDMAなどの輸入、輸出、製造、栽培、製剤、小分け、譲渡し、譲受け、所持、施用、施用のための交付の禁止。向精神薬の輸入、輸出、製造、栽培、製剤、小分け、譲渡し、譲受け目的所持の禁止。麻薬等原料の業務の届け出違反、無届の輸入、輸出を禁じています。
大麻取締法は大麻の栽培、輸入、輸出、譲渡し、譲受けて所持、使用を禁じています。
毒物及び劇物取締法はシンナーなどの有機溶剤の無登録販売、知情販売、授与、摂取、吸入、吸食、吸入目的所持を禁じています。
このように薬物によって取り締まる法律が異なり、その法ごとに違反形態が微妙に異なります。一時期問題にされたリタリン(methylphenidate)は薬理学的には覚せい剤に近い構造をもっていて覚醒作用があるのですが、法的には「麻薬及び向精神薬取締法」で規制されています。また、大麻取締法では大麻の原材料である麻の種の所持が処罰対象となっていないので、種のネット販売が横行しています。
このように、法律が医学的(薬理学的)な作用に対応していないことや法の抜け穴が存在することで困った問題が起きる可能性があります。また、法律の網の目を掻い潜って「合法ドラッグ」と称して登場する薬物への対応はほとんどが「麻薬及び向精神薬取締法」の改正で対応してきました。
2001年にGHB(ガンマヒドロキシ酪酸)、2002年にマジックマッシュルーム、2003年にアミネプチン、TFMPP,BZP,2005年に5-MeO-DIPT(5N,N-ジイソプロピル-5-メトキシトリプタミン)、AMT(α-メチルトリプタミン)、2006年に2C-T-7(2,5-ジメトキシ-4-プロピルチオフェネチルアミン)、MBDB(N-メチル-α-エチル-3,4メチレンジオキシフェネチルアミン)、3CPP(1-(3-クロロフェニル)ピペラジン)、TMA-2(2,4,5-トリメトキシ-α-メチルフェネチルアミン)、3CPP(1-(3-クロロフェニル)ピペラジン)、TMA-2(2,4,5-トリメトキシ-α-メチルフェネチルアミン)、2007年にケタミン、メチロン、オリパビン、2008年に2C-T-2、2C-T-4、2C-Iが麻薬2に指定されました。
しかし、このモグラ叩きのような薬物と法改正との鼬ごっこは、出てくるモグラの数にハンマーが追いつかないのが現状です。
ある国の3王女はいずれも美しい娘でしたが、中でも末娘のプシューケー(Psyche)の美しさはこの世のものとは思われぬほどで、美の女神アフロディテーの美しさをも凌ぐほどでした。
人間の女に負けることなどあっては沽券が許さないアフロディテーは息子の愛の神、エロースに黄金の愛の矢を使ってプシューケーを恐ろしい恋に落とすように命じます。
エロースは母の命に従ってプシューケーに黄金の矢を射ろうとしますが、眠っているプシューケーのあまりの美しさに驚いたエロースは誤って、手にした矢で自分の胸に傷をつけてしまいます。こうしてエロースはプシューケーへの恋に落ちます。
一方、いつまでたってもプシューケーに求婚者が現れないことを心配した父王がアポロンの神託を伺うと、エロースの恋の成就に協力したアポロンが「プシューケーを岩山において立ち去れば、夫となる恐ろしい蛇が迎えに来る」と告げました。
神託に従って岩山に取り残されたプシューケーは、風のよって美しい城に運ばれます。そこには誰の姿もありませんでしたが、美しい音楽が流れて美味しい食事が用意されていました。
やがて夜になると、すべての灯りが消されてエロースがプシケの元を訪れて、二人は結ばれます。エロースがこのような方法をとったのは、神が人に真の姿を見せれば、人は無事ではいられない定めだったからです。エロースは明るくなる前に城を去り、夜になると再び訪れる。こうして暫くの間二人は幸せに暮らしました。
ところが、妹のことを心配して探しに来た二人の姉たちが、妹のあまりの幸せな暮らしぶりに嫉妬して、夫への疑念を吹きこみます。
プシューケーは姉たちに唆されて、夫が眠ったのを見計らってランプに火を灯します。すると、その灯りに浮かび上がったのは美しい天上の神の姿でした。プシューケーは夫を信じなかったことを後悔しますが、後悔すでに遅し。プシューケーの裏切りを知ったエロースは妻に別れを告げて姿を消してしまいます。
プシューケーは愛しい夫、エロースを探す決意をして様々な神たちに助けを求め回りますが、神々はアフロディテーの怒りを恐れて手を貸しませんでした。
そこで、プシューケーは直接アフロディテーを訪ねて懇願します。アフロディテーはプシューケーに様々な難題を与えます。プシューケーは課された難題をやっとの思いで果たします。最後の課題として、黄泉の国の女王ペルセポネのところに行って「美」を分けてもらうように箱を渡されます。
ペウセポネにアフロディテーの頼みを伝えて、返してもらった箱は固く蓋が閉ざされていました。そのままアフロディテーにその箱を届ければよいのに、つい中にはいっている「美」を見たいという好奇心と、自分もその「美」を少し使いたいという誘惑に負けて、箱を開けてしまいます。
ところが箱の中には「美の秘薬」などは入っておらず、「地獄の眠り」が入っていました。このために箱を開けてしまったプシューケーは地獄の眠りに襲われて意識を失って、生きる屍となってしまいました。
一方、母の元で心の傷を癒していたエロースは、回復するとじっとしていられないで、プシューケーを探しに出ます。そしてプシューケーを見つけると、その身体から地獄の眠りをかき集めて箱に戻して、愛するプシューケーを目覚めさせました。
その後エロースの願いを聞いたゼウスがアフロディテーを説得して、エロースとプシューケーの間を認めさせます。こうしてプシューケーはゼウスからネクタールを飲ませてもらい、永遠の命を与えられて神に列せられ、エロースとの間に「喜び」と「若さ」という双子をもうけて幸せに暮らします。
神となったプシューケーに与えられた役目は「『愛』を支えるのは見たり聞いたり触れたりして確かめることではなく、お互いが相手を信じる『心』ですよ。」と恋人たちに囁くことです。
精神医学を表すPsychiatryや心理学を指すpsychologyのPSYCHEは、この神話の主人公プシューケーに由来して、古代ギリシャ語で「心」や「魂」を指します。
さて、古代ギリシャ語のプシューケーには「心」の他にもう一つの意味があります。それは「蝶」です。したがって西洋の美術作品に描かれたプシューケーの背中には蝶の羽が描かれていますし、心や魂の象徴として蝶だけが描かれることもあります。
なぜ、心と蝶が同じ言葉なのかというと。蝶々は卵から幼虫、幼虫から蛹、蛹から羽化して美しい羽根をもつ蝶へと生まれ変わります。エロースとの愛の物語からわかるように、人は疑惑や誘惑にまどわされて傷ついたり、様々な艱難辛苦を乗り越えて、初めて喜びや幸せを享受できる美しい心を完成させることができるからです。
古代人は、心とは生まれ持って授かっているものではなく、発展形成されてできるものであることを看破していたのです。教条的にこうあるべきとしか言わないキリスト教以降の考え方に比べて、古代ギリシャの人々の方がはるかに真実を的確にとらえているように感じます。
先日、私は職員の結婚披露宴の祝辞に、今の話を元にして、「二人の愛の心は今はまだ生まれたばかりの幼虫です。これから出会う様々な出来事を二人で乗り越えていくことによって、美しい愛の心を完成させるように努力、精進してください」と述べました。
さて、皆さまの中に私と同じ疑問を感じた方がいらっしゃると思います。成長とともに姿を変えていくものは、何も蝶だけではありません。それなのになぜ心=蝶なのでしょう。
私は古代ギリシャ人が心のもう一つの性質として、何物にも束縛されず自由であるべきと考えていたのではないかと思います。先入観とか常識とかに拘泥せずに、物事をあるがままに捉えて融通無礙であることが大切であると説いているのではないでしょうか。
しかし、ギリシャ人たちはかなり現実的であり、決して道徳的とは言えませんから、もしかすると浮気を正当化するための予防線なのかもしれませんね。ですからこの辺りは結婚披露宴では言えない部分です。
「国民の糖尿病予防のために甘いもの、特にぜんざいを規制しよう」という大義名分で「ぜんざい法」が成立し、ぜんざいはすべて「ぜんざい公社」が独占管理運営することになりました。民間の甘味処ではぜんざいを供することが禁じられて公社でしか食せなくなりました。
魔がさしたある男が、ぜんざいを食べようと公社を訪れました。ところが、ぜんざい一杯食べるために住民票と収入印紙を添えて、住所、氏名、生年月日、職業、家族構成などを明記した申請書を提出することとなります。
その間、あちこちの窓口をたらい回し。また指定の病院発行の健康診断書が必要となり、ぜんざい許可のための診断書を書く医者の所まで行って診断書をもらわなければなりませんでした。
さらに焼餅を入れる場合には火気使用許可書が必要となります。むろんそのたびに手数料を徴収されるのでぜんざいの代金を払う前に相当な出費になってしまいます。挙句の果てに遠く離れた専用食堂でやっとのことでありついたぜんざいは全く甘くありません。
怒った男が「なぜ甘くないんだ」と尋ねると役人がこう答えました。「甘い汁は先にこちらで吸いました」。
落語、「ぜんざい公社」の一席です。この落語は明治時代、上方落語の三代目、桂文三が創作した「改良ぜんざい」という話を昭和になって、今年文化勲章を受章した桂米朝が改訂した噺です。さらに、ネタ話はもっと古くからあったと言います。
この話は外人にも大受けだそうですから、無意味で迷惑なだけの法律や役所仕事は国境、時代を超えて共通した問題なのでしょう。
行政刷新会議による事業仕分け作業が始まりしました。10日足らずの間に447の公共事業の存在意義を検討するという、かなり強引な作業です。
担当者の反論に、聞く耳持たぬ態度で、次々と廃止を宣告する仕分けチームの姿は、人民裁判を連想させて、あまり気持ちがよくありません。しかし、俎上に上げられた公共事業の中には「ぜんざい公社」に匹敵するくらい、「なんでこんなものが必要なの?」と首を捻らざるを得ないものが少なくありません。それに、これまで私が存在すら知らなかった摩訶不思議な事業も数多くあります。
現場検証が不十分なままでの判定は、本当に必要な事業まで廃止されてしまう危険性がありますが、今まで国民の目に全く晒されていなかった霞が関の一部が公開されたことだけでも有意義だと思います。
無駄な事業の象徴として話題になった「私の仕事館」ですが、面白いことに、この「私」を「私たち天下り官僚」と読み替えると、こういった独立行政法人の真の目的がよく見えてきます。
公僕たる官僚、政治家は古い中国の詞を肝に銘じていただきたい。
「利して利する勿れ」※。
※利して利する勿(なか)れ:秦の宰相、呂不韋が道家、儒家、墨家、兵家、法家など、多くの学者たちに収録させた雑家書「呂氏春秋」に載っている言葉で「政治を行う者は、人民の利益になることを考えるべきであり、自分の利益を図ってはいけない」ということ。
以前、ロス疑惑の主人公、三浦和義がアメリカで逮捕された時にこのコラムで2回にわたってご紹介した、「演技性人格障害」を復習しなければならない事件が起きました。関東地方を舞台に一人の女の周辺で次々と独り身の男性が不審死した事件です。
ロス疑惑は三浦の自殺によって、真実が藪の中のままで幕を閉じてしまいました。しかし私は今でもあの事件は「演技性人格障害」という特異なキャラクターの三浦による犯行であったと確信しています。
さて、今回の一連の事件の主人公である木嶋佳苗(34歳)が、9月25日に結婚詐欺容疑で埼玉県警に逮捕されましたが、その後、彼女の知人男性が相次いで死亡しており、偽装殺人の可能性があることが読売新聞によって報道されました。
今のところ分かっているだけで、木嶋と知り合って金を毟り盗られた男性は20人近くに及び、少なくとも6人の男性が不審な死を遂げています。今の時点では殺人容疑では逮捕されてはいませんが、逮捕の日もそう遠くはないと思います。
なぜならば、これだけ多くの男性が同一の女性と接点を持ち、しかも接触の手段がすべてインターネットの出会い系サイトで、皆多額のお金を彼女に渡していました。
80歳の男性の場合には焼死した当日にその男性のキャッシュカードを使って180万円が引き出されています。また、一連の不審死には練炭が用いられていて、同時期に木嶋がネット通販で練炭を大量に購入していた事実も分かっています。
さらに、彼女が所持していた睡眠導入薬と同一の成分が遺体から検出されています。状況証拠しかないとはいうものの、天文学的な確率での一致は、偶然とは言い難いのではないでしょうか。一連の不審死が木嶋佳苗の手による殺人であることは間違いがないと考えられます。
ここで「演技性人格障害」とはどういう人格なのか、もう一度おさらいしましょう。ICD-10によると以下の項目で特徴付けられる人格障害と定義されています。
1. 自己の演劇化、芝居がかった態度、感情の誇張された表出
2. 他人や周囲から容易に影響を受けるという被暗示性
3. 浅薄で不安定な情緒
4. 興奮および自分が注目の的になるような行動を持続的に追い求める
5. 不適切なほど誘惑的な外見や行動をとる
6. 身体的魅力に過度に関心をもつ
関連病象として自己中心性、自分勝手、理解されたいという熱望の持続、傷つきやすい感情、および自分の欲求達成のために他人を絶えず操作する行動が含まれる。
木嶋佳苗を「演技性人格障害」と断定するには未だ診断材料が不十分なのですが、マスコミ報道から得られる断片的な情報から、ほぼ間違いなく演技性人格の持ち主と考えられます。
高級外車、高級料理学校、頻繁な美容室通い、美容整形。普段はおとなしい女を演じているのに、駐車をめぐるちょっとしたトラブルで激昂する豹変ぶり。さらに、国立音大首席卒業、ケンブリッジ大学留学、皇族出身の母、東大教授の父などなどの、男たちを釣り上げる際に使っていた数々の嘘。
こういった言動は、先程示した「演技性人格障害」の診断基準のほとんどを満たします。唯一当てはまらないのが⑤の不適切なほど誘惑的な外見です。週刊誌に掲載された写真を見る限りおよそ誘惑的な外見とは言い難いのです。しかし彼女はその外見のハンデを、「尽くす」という決め台詞と手作り弁当という必殺アイテムで補っていたのではないでしょうか。
よく考えてみると結婚詐欺は絶世の美女、美男にはちと難しい犯罪と言えるかもしれません。長い間女ひでりをかこっていた男に傾城傾国が突然媚眼秋波を送ってきたならば大喜びする反面、警戒してしまうに違いありません。十人並みの器量に男好きする色気を併せ持つ者が結婚詐欺に最適なのだと思います。
そして、いったん鼻毛を抜かれてしまった男には、客観的に見れば陳腐にしか思えない嘘の数々も美しい化粧に見えてしまうのでしょう。さらに、私は騙された男性の側にも色恋の感情だけではなく、打算も加わるのだと思います。つまり、この女に貢いでおけば、いつか元が取れるのではないかという捕らぬ狸の皮算用です。いったん色と金に目が眩んでしまった男は女にとって思うがままの操り人形です。
こうなってしまうと、ある程度女の嘘や下心に気付いたとしても、今の関係を続けられるならば、騙されてお金を渡し続けてもかまわないという異常な心理状態に陥ってしまうようです。病膏肓に入るです。そして最後に殺されてしまっては何をか言わんやです。
木嶋の報道に続いて鳥取でも、35歳の女性周辺で複数の男性が不審死していることが話題になっています。男やもめをターゲットにした三十女の婚活詐欺・殺人が流行になりそうな気配です。
鳥取の事件の容疑者の人物像はまだ明らかにされていませんが、おそらくは演技性の人格者であると想像できます。
こういった性格の女にとって長いこと孤独な生活を送ってきた寂しい男やもめはまさに葱を背負った鴨に違いないのでしょう。それにしても、木嶋の被害者の中に80歳の老人がいたのにはびっくりしました。昔から「老いらくの恋」といいますが、「男って本当に死ぬまで男なのだなあ」と改めて再認識させられました。
人を信じやすく、煩悩の多い私が、この年まで殺されずにすんだのは幸運としか言いようがありません。
4回前のコラムで幾つかの問題点を指摘した、新型インフルエンザのワクチン接種が10月下旬から開始されました。私が取り上げた最大の問題は、医療の現場との十分な協議をしないまま、唐突にワクチン接種のタイムスケジュールと割当量を公表したことでした。国からの命令ですが、正式な通達の前に一般報道機関への発表がなされたのですから、正規の上意下達にさえなっていません。
その後も、どのような根拠で割当量の数字を算出したのかについて、全く説明がありませんでした。また、医師会や薬の流通業者との事前打ち合わせが皆無のままに決定されたタイムテーブルが実行可能かどうかはなはだ疑問でした。発表後にあたふたと我々医療機関に必要量の問い合わせを始めましたが、案の定、スケジュールは開始早々遅れを生じました。予定通り19日の週に優先順位第1位である医療関係者への接種を開始することができた県はわずかにとどまり、東京など大都市圏は翌週にずれこみました。
必要量の問い合わせや流通経路の決定などの準備行動はずっと以前から行うことができたはずなのに、一般人への公表の後に調査を開始するというお粗末さです。
私のクリニックは非常勤の職員を含めて7名分のワクチンを申請しましたが、10月22日に医師会を通じて送られてきた通達には、割り当て量が4名に決定したとありました。どのような基準で4名に削減した詳細な理由はなされないままでした。
小児科、産婦人科を優先し、次にインフルエンザ患者の治療に直接携わる科を優先したとの説明ですが、私のクリニックは4名の者だけが予防していれば大丈夫と判断したのでしょうか。これからの診療を私を含めて4名のスタッフがいれば診療を続けられるというのでしょうか。
私の家内の眼科診療所に至っては、私のクリニックよりも大勢のスタッフを抱えて、日々、ものすごく沢山の患者さんの診療にあたっているのにも関わらず、割り当ては0でした。眼科は直接インフルエンザの治療に当たる科ではないとの判断でしょうが、医師、スタッフが感染して、その人を介して二次的にインフルエンザの流行拡大の場になる可能性は大です。それでも構わないと考えているようです。
どのような過程で割当量が決定されたかについて、いろいろな方面に聞いてみたのですが詳細は不明のままです。薬品業界にも全く知らされておらず、ただ東京都を通じて○○医院には6人分、××病院には20人分届けなさいと言う命令が来ただけということでした。
私のクリニックには26日に4名分のワクチンが卸業者を通じて納入されました。私は4人分のワクチンを目の前にしてはたと困りました。私以外のスタッフの中からワクチンを接種する3名を選抜しなければならなかったからです。幸い、接種できないスタッフも物わかりよくあきらめてくれました。
私のクリニックは内科も診ているとはいうものの精神科が主体ですから、この手の割り当てが削減されるのもやむを得ないと自分を納得させようとしていました。ところが、先週木曜日発売の週刊文春を読んで、それまで私の頭の中に生まれていたもやもやが、一気にはっきりとした疑惑に発展しました。
文春によると、スタッフが70名もいる産科に対して4人分のワクチンしか納入されず、一方、妊婦の診療をしない不妊専門のクリニックに6名分のワクチンが割り当てられるという、きわめて杜撰な医療行政が行われているというのです。
詳細は文春をお読みになっていただきたいのですが、その記事と、私が前々から抱いていた疑惑とを合わせて想像すると、国民の健康に関する緊急事態の場において、またもや厚労省を舞台とした業・官の利権に利用されている可能性が大きいのです。
我が国のワクチン製造メーカーは4社です。この4社でワクチン製造を分け合っています。当然そのメーカーは厚労省からの天下り先になっています。今回の新型インフルエンザ騒動が勃発した段階で、この4社だけでは国民へのワクチン供給量が全然足りないことは分かっていました。それでも国内メーカーを守るために輸入量を極力減らすための数字合わせがなされたようです。
もともと舛添前功労大臣の時には国産ワクチンは1800万人分しか確保できないとしていたものが、9月末になって明確な理由説明なしに、突如2700万人分確保できると上方修正されました。
さらに10月に入ると、それまでは「今までに一度も遭遇したことのないウイルスだから2回接種が必要」とされてきた接種法の原則を、正確な科学的根拠に基づくことなく、また専門家への充分なヒアリングもないうちに、一般報道機関を通じて「1回接種で有効」というリークを始めました。
多方面からの異議が沸き起こって、さすがに一般人への1回接種原則は撤回しましたが、私たち医療関係者への接種は原則1回にしろという命令になりました。現実に不足しているワクチンを少しでも水増ししてごまかそうと言う姑息なやり方です。一般の方はよく知らされていないと思いますので、もう一度言っておきますが、医療関係者は1回の接種しかしてもらえません。厚労省の役人の考えでは私たち医療関係者は特殊な免疫機構を持っているらしく、一般の方よりも免疫がつきやすいということらしいのです。
こうやってあの手この手を使ってワクチンを水増ししているのです。こうして1回接種にすれば2倍の人に接種することができるはずです。当初医療関係者100万人分のワクチンを供給すると言っていましたから、1回接種に切り替えたことによるだけで200万人に対応できるはずです。それなのになぜ、実際に流通しているワクチンがこれほど少ないのでしょう。私は2700万人分確保したという報告が嘘なのではないかと考えています。実際にはそれほどの数が製造されていないのではないでしょう。
さらに穿ってみると、製造から私たち医療機関のところまでのルートのどこかで抜かれている可能性さえ考えられます。直接インフルエンザを治療する人だけが対象と言って医療機関の割り当てを削減しておいて、厚労省関係者やその家族の分がかすめ取られているのではないかと疑っています。そんなことをされたら、ワクチンがいくらあったって足りるわけがありません。
疑えばきりがありませんが、それほど新型インフルエンザワクチンに関する行政措置は不透明で秘密裏に遂行されています。今回のウイルスの毒性はたいしたことがありませんから、私を初め、多くの国民は大騒ぎもせずにおとなしくしています。しかし、これがもし致死率が50%を超える鳥インフルエンザであったらどうでしょう。どれほどおとなしい国民ではあっても、今回同様の疑惑に満ち、不公正な行政が行われるならば、命がけの暴動が起きることは必至です。
不可解なことの多い今回の新型インフルエンザワクチンの問題について厚労省は速やかに正確な数字と証拠を示して、誰もが納得のいく説明をするべきだと思います。