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クリニック西川

2010年1月

薬物依存(7)-アルコール-

「木枯らしや ああ木枯らしや 木枯らしや それにつけても 酒の美味さよ」、「花吹雪 ああ花吹雪 花吹雪 それにつけても酒の美味さよ」、「蝉しぐれ ああ蝉しぐれ 蝉しぐれ それにつけても酒の美味さよ」。
松尾芭蕉が仙台、松島の絶景を目にして詠んだとされる句、「松島や ああ松島や 松島や」(実際には江戸時代の狂歌師、田原坊の句)を真似して、何でもよいから「○○や ああ○○や ○○」と詠み、その後ろに「それにつけても酒の美味さよ」と続ければ、まことしやかな歌が出来上がる。これが落語の世界で、和歌を創る奥の手とされている手法です。とてもまっとうな和歌として評価されるわけはありませんが、それなりに「なるほど」と納得できるから面白いではありませんか。
なぜ納得できてしまうのかというと、桜だと言っては酒、月だと言っては酒、寒いと言っては酒、暑いと言っては酒。わが国ののんべいたちは何かと口実を付けては酒を飲みます。その結果、あらゆる生活場面が酒盛りの背景として違和感なく想像できるからです。それほど、わが国では古くから飲酒の習慣が広まっているのです。
飲酒の習慣はなにもわが国に限った事ではありません。現在のイスラム世界を除いて古今東西、飲酒は人種を超えた人類共通の太古からの習慣です。習慣といえば聞こえが良いですが、見方を変えれば立派な「嗜癖」です。したがって、あらゆる薬物依存症の中でアルコール依存症患者が群を抜いて多いのは当然の帰結です。アルコールは依存性薬物の王様と言えます。
ところが、古くからの習慣として根付いているので他の依存薬物と違って皆がアルコールという薬物依存に対して寛容なのです。

以前のコラムに書きましたが、「酒は百薬の長」と言われるように、少量のアルコール摂取は血管平滑筋の緊張を和らげて血行を促進。消化管の運動や分泌を促進して食欲増進。脱抑制によってストレスを解消して人とのコミュニケーションを円滑にしたり寝つきを良くするなど私たちの健康に有利な作用を示します。
ところが、少しでも量を超すと逆に血圧を上昇し、悪玉コレステロールや中性脂肪を増やしたり、悪心・嘔吐をおこします。中枢神経系に対する作用によって、反応時間を延長し、事理弁識能力を低下させて反社会行為を起こさせたり、言語障害、歩行障害、前行性健忘などを起こします。さらに量が増すと意識障害を起こして死に至ります。「気ちがい水」と言われる所以です。
こういった急性中毒症状を起こさない量であっても、毎日のように摂取していると、耐性を生じて身体依存を形成します。もちろん精神依存も生じますので、高率に依存症を作る薬物です。アルコールに依存して長期間にわたってアルコールを摂取していますと慢性中毒になって、コルサコフ症候群、アルコールうつ病などにもなってしまいます。


身体に良い効果が得られる量を治療量、身体に悪い副作用が出現する量を中毒量と言います。中毒量が治療量よりも小さい物質は完全な毒物です。青酸カリのような物質です。こういった毒物は犯罪や戦争の場では活躍しますが、一般の市民生活とは無縁です。
薬物とは治療量が中毒量よりも小さい化学物質のことです。私たちはこういった薬物を治療量より多く中毒量よりも少ない量で利用することによって医療に役立てています。どんな薬物も大量に適用すれば必ず中毒量を超えて身体に悪い効果を与えます。できる限り副作用を出さないで優れた治療効果を得るように処方する薬の種類と量を工夫する、所謂さじ加減が私たち医師の腕の見せ所です。
治療量と中毒量との差をtherapeutic index(治療係数)と言います。私たちが治療にあたって薬を処方する際、このtherapeutic indexが大きい薬ほど使いやすい薬と言えます。先ほど述べましたようにアルコールは適量ならばとても有用な薬なのですが、therapeutic indexがとても小さいのです。さらにtherapeutic indexの幅に個人差がありすぎます。アルコールが治療薬として使われないのはこれが理由です。

わが国の飲酒の実態を見てみましょう。飲酒をする方は7600万人位と考えられます。大半は誘われた時に飲む機会飲酒者か常用したとしてもせいぜい缶ビール1,2缶の晩酌程度といった飲み方です。アルコール換算で1日120g(ビール大瓶6本、ウィスキーボトル半分、日本酒6合)以上を毎日摂取する大量飲酒者はそのうちの3%、230万人程度と考えられます。厚労省はこの大量飲酒者をアルコール依存症とみなして、わが国のアルコール依存者を230万人としています。
しかし、大量に摂取しない依存症はいくらでもありますし、大量に飲酒しても依存症でない方もいますから、この数字は当てになりません。特に日本人は欧米人に比べて遺伝的にアルコールの代謝酵素が少ないのでWHOの示す大量飲酒の基準値は高すぎます。また、女性は体格やホルモンの関係から男性よりも少量で依存症になりやすいので、わが国のアルコール依存者は厚労省の数字の数倍から10倍近くいるのではないかと思います。
しかも違法薬物に指定されていませんから、依存に陥っていると自覚しにくいのです。自覚だけでなく、周囲の人もアルコールに関しては相当な出来事が起こるまでは依存症と考えません。依存症という診断がついた後でもまだ、深刻に受け止められない場合が少なくありません。
アルコール依存症の患者さんが治療を受けて一生懸命続けている断酒が破られる原因の一つが宴席での職場の上司からの次の一言です。「○○君。もう大分長いこと酒を絶てたんだから、そろそろ少しはいいんじゃないか?」
大麻を止めている人に「もうそろそろ少しは吸ってもいいんじゃないか?」と言って大麻を勧める人はいないと思うのですが、アルコールが大麻などよりもはるかに強い毒性、依存性を持った薬物だという認識がないようです。
前回の大麻のコラムにも書きましたが、本当は、アルコールは大麻よりもずっと重大な問題を引き起こしているのです。具体的には飲酒運転による轢き逃げ、暴力行為、器物損壊、性犯罪、転倒による骨折など枚挙に暇がありません。
現在、わがもの顔で幅を利かしている嫌煙運動にさえ幼稚な愚かさを感じている私ですから、過去に大失敗を経験済みの禁酒法を推奨しているわけではありません。ただ、「酒」と名付けられているからといって油断してアルコールと付き合ってはいけないと言っているのです。

「酒は飲んでも飲まれるな」。アルコールが極めて依存性の強い薬物であることを承知の上で、うまく飲まなければなりません。アルコールという薬物を上手に使いこなす能力がない人は一滴も飲まないでおく方が賢明です。

薬物依存(6)―大麻―

名門大学の学生や、大相撲の関取が大麻取締法違反容疑で逮捕された報道が相次いで、大麻の乱用が抜き差しならないほど広がっていることが明らかになりました。マンションの室内で大麻を栽培していた大学生が逮捕される現場が映像として報道されて、法の盲点を突いた「種」ビジネスも横行していることが知らされて大きな衝撃を与えました。
実際に違法薬物にかかわる逮捕・起訴件数の年次変化をみると、覚せい剤や麻薬事犯が減少傾向、向精神薬が横這いであるのに対して大麻事犯は年々増加の一途をたどっています。平成15年が2,772件であったのに平成20年は3,832件と大きく増加しているのです。

大麻の乱用は麻の花冠や葉を乾燥させたり 樹脂化、液体化させたものを摂取することによって行われています。燃やしたり炙ったりして煙を吸う、あるいはそのまま食べたり、他の食品に混ぜて食べたりして経口的に摂取します。
ところで、大麻とは洋服の材料に使われる麻とどこが違うのでしょうか。実は大麻と衣料品でその繊維が使われる麻との違いは根本的にはありません。また、「錦松梅」という老舗のふりかけの中に麻の実が入っているように、我が国では古くから食用に供されてきました。また、医師会の神道に詳しい仲間の話によると、神官がお払いの時に用いる「おおぬさ」は漢字で書くと「大麻」で、麻の繊維で織られたものです。つまり、麻は古くから私たち日本人の生活に根付いていた植物です。
このように麻は実用植物なので、他の乱用物質と同じ法律では規制できないのです。このために大麻の取り扱いを学術・研究および繊維や種子の採取だけに限定して免許制にしました。こうして、従来から麻の栽培で生計を立ててきた農業従事者を救済した上で無免許での大麻の所持、栽培、輸出、輸入を禁じたのです。
それでも種子が食用に使われるために、種を所持しているだけで処罰されるならば、「錦松梅」を買うと逮捕されてしまうことになってしまいます。そこで規制対象から種子を除外して「大麻およびその製品」としました。この盲点を突いて冒頭に書いた種子ビジネスが横行しているのです。

大麻はその剤型によって呼び名が異なります。花冠や葉を乾燥させたものをマリファナと呼びます。これをパイプに詰めたり紙で巻き(ジョイント)、火をつけて煙草のようにその煙を吸うやり方がもっともポピュラーな大麻の摂取法です。押収大麻の8割近くがこの乾燥大麻、マリファナです。
ハシシとは花冠や葉からの樹液を圧縮して固形の樹脂状に加工したものです。ハシシのほかにハッシッシ、ハシシュ、チョコ、チャラスといった呼び名もあります。この樹脂を乾燥大麻と同様に火で炙って煙を吸います。
乾燥大麻や樹脂大麻にアルコール、エーテル、ブタンなどの溶剤を加えて主成分を抽出した液体大麻をハシシオイル、ハシシュオイル、ハニーオイルなどと呼びます。これは煙草などに浸み込ませてから火をつけて煙を吸うとマリファナやハシシと同じ効果が得られます。

大麻草からは多くの特異的な化学成分が分離されていますが、この中で精神機能に作用を引き起こす物質はテトラヒドロカンナビノール(THC)です。THCは幻覚や妄想を生じ、気分、情動、感覚、知覚を変化させ、長期に連用する幻覚や妄想が後遺症として残るとされています。
しかし、純粋に学術的な論文や医学書を読む限り、幻覚や妄想を引き起こすことはほとんどありません。気分、情動、感覚、知覚に対する作用はあるものの、その程度はアルコールよりも弱いと考えられます。THCの薬理作用を誇張して発表する報告には、大麻取締法を前提に、大麻を危険物質として啓蒙しなければならないという政治的な思惑が加わっていると言わざるを得ません。
THCは動物には一般的に鎮静的に働きます。睡眠時間を延長したり、刺激に対する反応を抑制します。人に対しては一般的に多幸感を生み、リラックスさせて眠気を生じます。記憶力を低下させて、まとまったことを遂行する力が低下します。非常に大量摂取した場合には幻覚・妄想や離人感が出現しますが、通常の摂取でそういった重傷の精神症状が起こることは稀です。身体的には心拍数の増加と結膜の充血がよく見られますが、重篤な身体症状がみられることはめったにありません。
大雑把に言うと、大麻の作用はLSDや覚せい剤などの中枢神経系を刺激する薬とは異なって、抑制性の薬物であるアルコールと似ています。そしてその作用の強さは合法的に販売されているアルコールよりも弱いように思います。耐性はほとんど発生しませんので身体依存はありませんし、精神依存もコカインや覚せい剤は言うに及ばず、アルコールよりも弱いのです。
一方、最近は大麻成分の臨床的な有用性が報告されて注目を集めています。たとえば、難病の一つ多発性硬化症の痙縮、疼痛、排尿障害、睡眠障害を高率に改善するという報告があります。大麻はまた、HIV感染症、すなわちAIDSの症状や治療に用いる抗ウイルス薬の副作用の緩和に効果があります。さらに、癌患者の食欲増進や疼痛緩和にも効果が証明されています。このために、カナダ、オランダをはじめ先進各国の間で大麻の臨床適用と大麻成分を用いた治療薬が開発中です。

私は大麻の乱用を勧めているのではありません。法律で禁じられていることを敢えて犯すことは許されません。ただし、法律、法律と大上段に振りかざしますが、法そのものが、所詮あさはかな人間が考え出したものなのですから、時々、立法の精神に立ち戻って考えてみる必要もあるのではないでしょうか。
薬物の使用を法で規制する目的は、その薬物の使用が個人および社会に多大な弊害を与えることを防ぐことのはずです。今まで述べたように大麻は摂取した本人にこれといった重篤な健康被害を起こすことはなさそうです。
社会に対してはどうでしょう。こちらは確かに害悪を及ぼしています。なぜならば、大麻の違法取引が暴力団や一部犯罪者たちの資金源となっているからです。しかし、このアングラ商売を成り立たせているのは、ほかならぬ大麻取締法の存在です。大麻を法律で規制するから違法ビジネスが成立するのです。大麻取締法で規制しなければ、放っておいても自生する麻にそれほどの商品価値は生まれないのではないでしょうか。
大麻を吸煙で精神に変容をきたして、覚せい剤の場合のように人を殺めたという話を聞いたことがありません。酒という名前で大手を振って売られているアルコールの方がはるかに頻繁に車で人を引き殺したり、興奮して傷害事件を引き起こします。
このように書くと、またしても私が大麻解禁論者であるかのように誤解されるかもしれませんが、大麻容認を主張しているのではありません。薬物に対する法律上の取り扱いが科学的な根拠と大きく乖離していることが問題だと言っているのです。
医学的にみてそれほど害悪があると思えない大麻を、極めて毒性が強くて個人に対しても社会に対しても危険な影響を与える覚せい剤などと同等に規制することはいかがなものかと言っているのです。
少しでも身体に悪いものは禁止した方がよいと言う意見がありますが、もしそうならばアルコールはもっと厳しく取り締まるべきでしょう。また、味噌も糞も十把一絡げに禁止することは、一見危険防止に役立っているかのように思えるでしょうが、実は反対に強毒の薬物に対する敷居を下げる危険があります。覚せい剤も大麻と同じ程度の毒性しかないと、高をくくってしまう人が出るからです。
ゲートウェイ(踏み石)理論といって、大麻自体は毒性が少なくても、それを使用することがより強毒のヘロインや覚せい剤乱用への入り口になると言う説が大麻規制論の根拠の一つになっていますが、その後数多くの追跡調査ではこの理論に否定的な結果が得られています。

ともかく体に良くない可能性がある者は取りえず禁止しておけばよいと安直な姿勢を改めて、アルコールを含めて依存性薬物に対する法的対処について、科学的な根拠を基に公正に再検討する必要があると考えます。その際、現在版魔女狩りの様相を呈している煙草についても、感情的に流されないフェアな検討をしていただきたいものです。

薬物依存(5)―コカイン―

お正月も終わり、通常業務に戻りました。そこでこのコラムも昨年に引き続いて「薬物依存」の話に戻ります。

我が国では北朝鮮からの覚せい剤の流入が社会問題となっていますが、アメリカではコロンビアからのコカイン密輸が大問題です。アメリカは軍を派遣してこの犯罪シンジケートを壊滅させるべく銃撃戦や空爆を行ったほどです。

コカインとはコカノキに含まれるアルカロイドです。粘膜表面に浸潤して知覚神経末端の興奮を抑制する局所麻酔作用があります。一方、中枢神経には興奮的に作用して精神を高揚させる働きがあります。爽快感と快感が得られます。このために、薬物依存症の原因になります。
コカイン摂取時の精神高揚作用はとても強力なので極めて精神依存が形成されやすいのです。一方、身体依存はほとんどなく、禁断症状は起こりませんが精神依存の強さは依存性薬物の中でもトップクラスなので、一度手を出すとやめられないようです。
中枢作用は覚せい剤(アンフェタミン、メタンフェタミン)によく似ており、脳内のドーパミンの活性を高めることによって快感を与えます。覚せい剤よりも効果が強く、作用時間が短いので覚せい剤以上に依存しやすいと追えます。ただ、覚せい剤よりも高価だったので、アメリカではハリウッドのセレブやIT長者などのお金持ちはコカイン、若者や貧乏人は覚せい剤にという棲み分けができていました。「依存性薬物の王様」と言われた所以です。
コロンビアマフィアが資金源として目をつけて供給量が増えたために、最近では末端価格が下落して貧困層や若者の間にも広く蔓延して一層深刻な社会問題となっています。
ところで、コカインはペルーやボリビアでは昔から日常的に摂取されています。コカの葉の干したものに熱いお湯を注いで飲むコカ茶です。両国のように標高が4,000メートルを超える高地で生活する者にとってコカ茶は高山病の予防、改善に不可欠のようです。
また、コカインを摂取することによって恐怖感をなくし、疲労感を薄れさせ、空腹感を忘れさせ、眠気を飛ばすという効果があるために、貧しい鉱山労働者はコカの葉を噛むことで危険で過酷な労働を続けることができるという悲しい理由もあるようです。
ただ、乱用目的で使うコカインの作用をコカ茶で得ようとするとトラック1台分の葉を必要とすると言われています。これは少し大げさで、少量とはいえコカ茶にも依存作用はあると思うのですが、特に社会生活に支障をきたすことはありません。

世界的飲料のコカコーラの中にコカインが含まれているかどうかは以前から論争の的でした。正確な成分は企業秘密で明らかにされていませんが、以前は確かにコカインが含まれていたようです。
コカコーラはジョージア州アトランタ在住の薬剤師、ジョン・S・ペンバートンが1885年によって精力増強や頭痛の緩和に効く薬用酒として売り出されたフレンチ・ワイン・コカが元になっています。
ペンバートンは南軍軍人として南北戦争に参加して負傷し、モルヒネ中毒になっていました。自身のモルヒネ中毒に治療効果があると考えられていたコカインをコーラのエキスとワインに調合して売り出したのです。しかし、コカイン依存が問題となるとともに禁酒運動が広まって売れ行きが鈍ってきた折も折、たまたま間違って炭酸水を混ぜてしまったものをコカ・コーラと名付けて売り出したところ、爆発的な売れ行きとなってアメリカ中で愛飲されるようになりました。1886年に発売されたコカ・コーラはしばらくはコカインが含有されていましたが、1903年にアメリカ国内でコカイン販売が禁止されたためにコカの葉からコカイン成分を取り除いて、代わりにカフェインを調合するようになりました。
それでも香料の一部はトップシークレットであり、一度飲むと病みつきになって世界中にコーラファンを増やしていくために、今でもコカインが混ぜられているのではないかという噂が絶えません。
タイで開発されてオーストリアの会社が日本を含む世界中に売り出している「レッドブル」というスタミナドリンクがありますが、昨年このレッドブル・コーラから微量のコカインが検出されてドイツでは販売禁止となりました。
先ほど述べましたように、コカインは非常に強い中枢興奮作用と依存性がある物質ですから、コカインを含む飲食品を口にすると知らない間に依存性が形成されてリピーターになる可能性があります。コカインは利益追求に躍起となる資本家にとって悪魔の誘惑物質と言えるでしょう。

極微量の成分を飲んでも乱用者が求めるような快感は得られません。乱用者たちの摂取方法の多くは粉末を鼻粘膜に擦りつけ吸引する経鼻的吸引でした。しかし密輸量が増えて価格が下落したために、売人たちは低価格でより強烈な薬理作用を求めてこの粉末に重炭酸ナトリウム、水を混ぜて加熱することによって純度の高い塩酸塩を作り出すようになりました。これが「クラック」です。
クラックは無色の結晶で、火であぶってその煙を吸うという方法で用います。火であぶる時にパチパチという音がするところから「クラック」という名前がつきました。この方法で摂取すると作用発現が速くて効果が強く、吸煙後十秒余りで精神が高揚します。一方、作用持続が10分~20分と短いために、粉末コカインの乱用よりもさらに強い依存作用が生じます。
クラックの登場でそれまで富裕層だけの乱用であったコカインが爆発的にあらゆる年齢層、社会層に広まりました。この結果、依存性の点では王の地位に揺るぎがないものの価格の点では王様とは言えなくなったのです。

これまで説明したように、コカインの薬理作用は中枢神経を興奮させます。覚せい剤と同じ中枢刺激薬なのですが、我が国では本来中枢抑制薬を対象とした麻薬及び向精神薬取締法で規制されています。輸入、輸出、製造、製剤、譲渡しが禁止されて言います。
我が国ではまだコカインの乱用は欧米と比べるとかなり少ないと言われていますが、覚せい剤乱用者の多くがコカインにも手を染めるようになります。昨年世間をお騒がせしたのりぴーと押尾の二人もコカインをやっていたようです。今後、クラックコカイン乱用が社会問題となる日もそう遠くないように思います。

年頭所感-人格の老化-

あけましておめでとうございます。
2009年は我が国始まって以来の政権交代という大きな出来事がありましたが、その成果はいまだ見えてこず、景気は落ち込む一方で庶民の暮らしも冷えてい くばかりであったように思います。私にとっても思春期の頃からずっと憧れていた大原麗子さんが不遇の死を迎えるなど辛いニュースが多い年でした。
2009年は十二支では「丑」です。丑は五行では土気、陰陽では陰、方位では北東微北であり、陰気臭く活気が感じられません。時刻に至っては怪談話の常套句である「草木も眠る丑三時」で分かるとおり、午前2時前後の2時間で幽霊や魔物が現われやすい時間帯です。
「丑」はもともと「紐(ちゅう):『ひも』や『からむ』の意味」で、芽が種子の中に生じてまだ伸びることができない状態を表しています。後になって覚え易 くするために動物の「牛」が当てられたのです。こう考えると昨年、あまりよいニュースに恵まれなかったのも納得ではないでしょうか。
それでは寅年の2010年はどうなるのでしょうか。寅は便宜的に動物の虎が当てられていますが、本来「螾(いん):『動く』という意味」で、春がきて草木 が生ずる状態を表しているとされます。五行は木気、陰陽は陽、方位は北東微南、時刻は午前4時あたりです。なんとなく寅年の2010年は低迷状態から脱し て活気づいてくることが期待できそうです。
突然、陰陽道の話になって面喰っていらっしゃるかもしれませんが、これには訳があるのです。と言うのは、今年は私が誕生した1950年から十干が6回巡って、十二支が5巡りしてようやく再び庚寅になるのです。つまり還暦に当たります。
一昔前までは、還暦には贈られた赤い頭巾とちゃんちゃんこを身に纏い、孫を膝に抱いて写真撮影と言うのが定番でありました。ところが、今では六十歳はさほど年寄りとは見られず、赤色グッズのプレゼントやお祝いの会も無視される傾向にあります。
しかし今でも、還暦が老人に仲間入りする節目であることに変わりはありません。サラリーマンなら定年退職となりますし、年金を受け取ることができるようになります。映画館は1000円で観られるようになります。映画館に限らず各種料金が割り引かれます。
幸か不幸か今のところ医師に定年はありませんから、60歳を過ぎても私の生活が別段これまでと大きく変わるわけではありません。事実、周りを見渡たすと私より年配の先生方がかくしゃくとして現役続行されています。
周 囲の人は「先生、お若いですね。以前とまったくお変わりありませんよ。」などと煽てるものですから、ますますその気になって壮年期の人たちと張り合って行 動します。人の老いは非常に個人差が大きいですから、心身が若々しければ歴年齢で行動を変える必要はありません。これまでと同じように発言して行動してか まわないと思います。
ところが、若々しく見える人でも実は老いは忍び寄っているのです。老化と言うと短絡的に認知症と考えがちですが、老化だけで 認知症にはなりません。認知症は一つの疾患ですから80歳過ぎても認知症でない方はたくさんいらっしゃいます。しかし、認知症ではない元気な方でも加齢に 伴って人格が変化してきます。高齢者によく見られる人格変化としては以下の点が挙げられます。
①    感動性の減弱、② 感情機能の流動性や弾力性の減弱、③ 高等感情の鈍麻、
④ 心気的、猜疑的、自己中心的、利己的傾向の強化、⑤ 興味関心の縮小と保守的傾向の強化、⑥ 精神機能の効率の低下。
つ まり、新しい出来事を過去の自分の経験の枠に当て嵌めて理解するので感激しなくなります。新しい物事に対して興味や関心を覚えなくなり、あらゆる場面で変 化を嫌います。新しい電気製品やインターネットなどが苦手なのは理解できないというよりは面白がって覚えようとしなくなることの方が主な理由かもしれませ ん。
自己中心的になり、やたら健康のことを気にし、疑り深くなります。高齢者が必要以上に病院通いしたり、「もの盗られ妄想」を起こしやすい素地 がここにあるのです。感情の切り替えがうまくいかなくなるので、怒り出すといつまでも怒っていたり、涙が止まらないという現象も見られます。
道徳的な情操が鈍麻すると、人目を憚らない行為をしたり、下品な発言をするようになります。若い時には言わなかったような下品な冗談を言ったりします。
記憶や計算は時間をかければ出来たとしてもスピードが遅くなります。思考もなかなか結論に達しなくなります。何かを話そうとするとそれに付随する様々な事 項が頭に浮かんできて、それらすべてを伝えようと考えて、なかなか結論に達しません。思考の迂遠といいますが、結婚式のスピーチでよく見かけますね。要す るに話が回りくどくなるのです。
こういった変化は非常に個人差がありますから、老人の誰もが頑固で回りくどくて疑り深いというわけではありませんが、こういう傾向が多いことを老人自身が 肝に銘じておくべきです。自分がそういう傾向にあることを自覚して日頃の言動に気を付ければ、周囲との円滑な人間関係を長く保てます。ところが困ったこと に、こういった傾向と並行して自省能力も低下して他罰的になる場合が多いのです。さらに悪いことに自尊心だけはあまり低下しません。ですから、不本意なで きごとや周囲の人との不和が生じた時、「もう年なんだからしょうがない」と努力することを簡単に放棄したり、周りの人が悪いからこうなってしまったと解釈 して被害的になり不平・不満ばかり言ったり、高圧的に若い人を説教することになります。こうなると所謂「老害」です。
また、明らかな人格変化は認められなくても、まず例外なく元々の性格が先鋭化されます。自己中心的な人はますます自己中に、優柔不断な人は一層決断ができなくなるのです。

さて、還暦を迎えて老人の仲間入りする私ですが、「庚」は剛直、鋭いとされています。また「寅」は十二支の中で最も強い干支と言われています。果敢に決断して、よく艱難に耐え、進取の気性に富み思慮分別があり競争心が強いそうです。
したがって、「庚寅」は非常に個性(あく)が強く、せっかちで何事にもぐずつくことが嫌いで一足飛びに物事を片付けようとします。一方、気が散漫で移り気のために長続きせずに、失敗すると癇癪を起こす人が多いとあります。
九 星からみると1950年は五黄土星です。ですから私の年の生まれの人は「五王の寅」とも言われます。寅が最強の干支であるのに加えて、五王は本命星の中で 一番強烈な星なのだそうです。性質は豪気大胆。情深く、思い立ったことは是が非でも押し通さねば気のすまないところがあって人から憎まれます。また器用で 何事にも優れた才を発揮するけれども、中には反対に臆病で何事もできない人もあります。こちらから見てもあくが強く平穏無事な一生を過ごすことが難しいよ うです。
干支や九星だけでその人の性格や一生が分かるなんて思ってはいません。もしそうならば同い年の人はみな同じ性格だということです。同じ年の人が同じ性格であるならば精神科医は苦労しません。
し かし、自分の性格を自己分析すると今書いた特徴がかなり当たっていると感心せざるを得ません。私のことをよく知っている人も「なるほど」と納得されるので はないでしょうか。私は小さい頃から親をはじめ周囲の人から「天の邪鬼」と言われ続けてきました。一方、自分の言動を振り返ってみると、加齢に伴う人格変 化の節々を自覚します。このままだとかなり強烈な「老害」になってしまいそうです。
還暦の年を迎えて改めて己の性格と避けられない老化を痛感しま した。これからは老人の特権を主張するだけではなく、老人にふさわしい生き方をしなければなりません。出しゃばり、目立ちたがりという、もって生まれた性 は一朝一夕で変えられるものではありません。また、脳の老化、人格の老化も避けることができません。
ですから、私は還暦を機にできる限り出しゃばらず、ひそやかに生きることを心掛けようと思います。人生劇場における主役はもう引退です。その役目は我が子を含めた後進に譲り、目指すは彼らの活躍を引き立てる名脇役です。
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