「気のもちよう」は私たちがよく耳にする言葉です。悩み、落ち込んで精神的な健康を損ねている人に対して家族や職場の上司や同僚がこう言うのです。「そんなに悩むなよ。それは気もちのもちようだよ。」、「考え方次第だよ。」と。
その結果、私の診察室で絶望的な顔をした患者さんの口から次の言葉が出てきます。「先生、やっぱりこれって気もちのもちようですよね。だから、薬を飲むことをやめました」。前回の診察時にはだいぶ回復してきたように見えたのに、「気のもちよう」の一言で病状が逆戻りです。
皆が安易に口にする「気のもちよう」という言葉は私たち精神科医療に携わる人間にとってとても有害な言葉です。服薬の中断までいかなくても、その言葉だけで病気の回復を遅らせたり、悪化させるのに十分な効果があります。なぜならば、精神的に参っている人に対して、さらに追い打ちをかけて不可能な作業を要求するからです。
自分の気もちは自分では操作できません。だから私たちは身体と同様に心の病気になるのです。もし自分の気持ちを意のままに操作できるのならば、誰も病気になんかなりません。私たちの診察室を訪れる人は皆、受診する前に、あれやこれや考え方を変えてみて、「気を軽くもとう」と悪戦苦闘しています。それでもどうにもならないから意を決して精神科の門を叩いたのです。
「気のもちよう」の「気」とは感情の一つ、気分のことを指していると考えられます。気分や意欲は大脳辺縁系と呼ばれる発生学的に古い大脳皮質(原皮質、古皮質)によって担われています。これに対して、「考え方次第」の考える、すなわち思考という機能は、人間において特異に発達した新しい大脳皮質(新皮質)で行われます。
ヒトと他の動物との最大の相違点は新皮質の発達度合いにあると言われています。このために、ヒトはどうしても新皮質の力を過信しがちです。「自分たちは進化の過程の頂点にいる。他の動物とはケタはずれの能力を持っている。その優越性はひとえに新皮質の発達に因る。現に私たちは新皮質の働きで月にも降り立つことができたではないか。いつの日か火星にも行けるだろう。新皮質で解決できないことはない。」と思いたいのです。
確かに、多くの天才たちの思考の積み重ねで、やがては宇宙の成り立ちを解明できる日が来るかもしれません。しかし、大脳新皮質の働きは脳全体の活動の中ではほんの一部でしかありません。私たちが生きていくために必要なことのほとんどは古い脳によってコントロールされています。力関係から見ても、新しいの脳が古い脳によって翻弄されることはあっても、新しい脳が古い脳に及ぼす影響力はたかが知れたものです。
新しい脳の働き(考え方)次第で古い脳の働き(意欲や感情)を意のままにコントロールできると考えることこそが、新しい脳の愚かなる錯覚であり驕りです。それができるのは神とお釈迦様しかありません。その上、そんなことができる神様は、キリスト教徒やイスラム教徒が崇拝する絶対神だけです。
現在、地球上ではこの神が覇権を握っているので、神は全知全能で不可能はないと考えがちですが、その他多くの神々はそれほど知に偏在してはいません。スケベな古代ギリシャの神は横恋慕して人妻を盗みます。日本の神は気に入らないことがあると岩穴に引きこもってしまいます。多くの神々は新皮質で古い皮質を統制することができないのです。
こういう神々の方が精神機能の本質をよく示しているように思います。絶対神が幅を利かすようになったことが、我々人間を分不相応に自惚れさせる原因なのかもしれません。
お釈迦さまも最初のうちは古い脳にさんざん引きずりまわされます。大変な修行の末に悟りを開き、やっとのことで新皮質と古い皮質との間でうまく折り合いつけることができるようになったのです。悟りとは非凡な人間が一途にそのことだけを目指して奮励努力して、やっと行き着くことができる境地です。私たち凡人が、他人から「気のもちよう」と一言言われたくらいで辿り着けるはずがありません。
心が疲弊した方が不可能な作業にエネルギーを費やせば、心のエネルギーがより一層消耗してしまうのは当然のことです。ですから、感情や意欲の不調を自分の力で何とかしようなどとは思わないでいただきたい。ましてや、自分自身ができもしないのに、他人に対して「気のもちよう」とか「考え方次第」などと無責任なアドバイスをすることだけは厳に慎むべきです。
まずは自分たちが自然を創ったのではなく、私たちが自然の極々々々々一部にしかすぎないという当たり前のことを理解しましょう。そうすれば、本能、意欲、気分などが自分の意のままにコントロールできないことを素直に認められるのではないでしょうか。
私たちの力で台風や地震や津波をコントロールできないのと同じように、自分たちの心も自由にはならないのです。自然現象はねじ伏せようとせずに、いち早く避難するか、じっと通り過ぎるのを待つしかありません。
自然現象の一つである感情の落ち込みはいつか必ず回復します。出口のないトンネルはないのですから。むやみに非現実的な目標に向かって動き回ると、かえって出口から遠ざかってしまうことになりかねません。
さて残念ながら、瞬時に目の前を明るくするような魔法の薬はありません。しかし、薬は確実にトンネルの長さを短くしてくれます。ゆっくりと休息して適切な薬を上手に利用して、その後は気分がもち上がってくるのを焦らないで待ちましょう。急がば回れ。その方が早く心が回復します。決して「気」を操作しようなどとしないことです。
我が家には猫が3匹同居しています。私が愛猫家であることはホームページのトップページに我が家の猫の写真を載せていることからも分かっていただけると思います。ホームページ以外に最寄駅の案内板にも近頃、同じ写真を載せました。家族からは精神科の案内にはふさわしくないとの反対の声がありました。案の定、女子高校生の一群がこの案内板をみて、「あら、ここ獣医さんになっちゃったのね」と言っていたよと、甥から報告を受けてしまいました。
ホームページを飾っているのは我が家に最初に住むことになったムック(雌)です。生まれて間もなく我が家に住み始めてもう14年近くになろうとしています。この他に推定11歳の雄のルイと、もうすぐ4歳の雌のジャスミンがいます。
若いジャスミンは息子を気に入っているらしく、息子の部屋に入り浸り。息子が不在の時は、娘の部屋や私の部屋を訪れることもありますが、基本的には息子の部屋を居室としてお留守番しています。
ムックとルイは同世代(いつの間にか彼らの方が年上になっているのかもしれませんが)ということなのか私を取り巻く空間で生活しています。他の家族の部屋は2階で私の部屋だけ1階にあるのですが、私が仕事に出かけている間もムックとルイは私の部屋に籠っているようです。ところが、私が帰ってきてからの行動はムックとルイとでは全く異なります。きっと性格の違いでしょう。
ルイは私が二階に上がっても私の部屋からなかなか出てきません。私があまりいつまでも自室に帰ってこないと、痺れを切らして私を呼びに上がってきます。その代り、私が自分の部屋にいる時は話しかけてきたり、接触を求めてきます。私が寝る時などは、一緒に布団に入ってきてしばらく同衾してくれます。そして私が寝息を立てるのを確かめると、そっと布団から出て行って、自分の寝場所に移動するのです。
一方、ムックの方は私が行くところ行くところついてくるのですが、三歩下がって師の影を踏まずのごとく、常に1,2メートルの距離を保ちます。しかも「どこまでも貴方についていくわ」というべたべたとした態度ではなく、ふと気がつくといつもそばにいます。まるで忍者のようです。
ここでひとつ訂正をしておきます。今まで、ムックとルイはいつも私の部屋にいると言ってきましたが、これはもしかすると大いなる勘違いなのではないかと考えるようになりました。真実は、ムックとルイの居室に私が同居を許されているのかもしれません。
実は私は家で同居している3匹の猫のほかに、玄関脇のスペースに去勢した雌のサマンサと雄のマツの御世話をしています。さらに、最近ガレージの中に島田くんと名付けた性別不明の猫が住むようになりました。外猫と付き合うようになって、夜の猫の集会にも参加させてもらいました。猫という生き物をより身近に詳しく観察する環境でせいかつしているのです。
こうして猫との付き合いが増えれば増えるほど、猫の素晴らしさを再認識して、ますます猫好きになってしまいます。猫は実にデリケートできちんとした自我を持った生き物です。それぞれに個性も持っています。ご飯を貰っているから、トイレの後始末をしてくれるからといって媚びへつらうことなく、プライドの高い孤高の存在です。
一方、私が落ち込んでまいっている時などはどこからともなく現れて、そっと添い寝をして私の心を癒してくれます。猫に比べれば人間とはなんと鈍感で気の利かない生き物でしょう。
私は猫から、精神科医療に役立つ生き方を数多く学んでいるように思います。お互いの関係性における距離感などはその最たるものでしょう。親しき仲にも礼儀あり。猫はいくら仲よしと言っても、無遠慮にずかずかと近すぎる関係を要求はしてきません。人間関係がストレスのもとになって心の不健康に陥っている方は、ぜひとも猫の絶妙な距離感に学ぶべきです。
また、猫は決して虚勢を張りません。猫は好きなものにはすぐに飛びつきますが、嫌なものには絶対に近づきません。虚勢を張って無理をすることなどありません。快感を味あえばグルグルと喉を鳴らし、不快や恐怖を感じればさっさと逃げてしまいます。
怒りも素直にその場で表して、怒りを蓄積して恨み骨髄となって、何日も後でとんでもない意趣返しをするなんてことはありません。まかり間違ってもヒトという馬鹿な生き物のように殺し合いなどはいたしません。
本当は一目散に逃げてしまいたい状況なのに、逃げるのはいけないことと無理をして、精神的な葛藤をより複雑化させることが、種々の精神症状の形成に大きく関与しています。猫のようにもっとシンプルにストレスを処理するように心がける必要があるのではないでしょうか。
ルイが私に「そろそろ寝た方がいいよ」と忠告しているので、原稿書きはこの辺でおしまいにして就床することにします。それではおやすみなさい。
バベルの塔をご存じでしょうか。旧約聖書の「創世記」の中に描かれている巨大な塔です。天まで届く高いこの塔を作ろうとした人々は、神の怒りにふれてお互いの言葉が理解できないようにされました。意思の疎通ができなくなった人々は仕方なく世界各地に散っていったという話です。
いつの世でも巨大な建築物は権力と文明の象徴です。この絶大な権力と文明は一見、人々を幸せに導くように見えますが、実は大いなる混乱の源に他ならないという教訓です。
墨田区押上に建設中の電波塔、東京スカイツリーが去る3月29日についに338mに達し、これまで日本一の高さを誇っていた港区芝にある東京タワーの333mを抜いて日本一の座を獲得しました。来年暮れあるいは再来年春の竣工時には何と634mの威容を誇ることになるそうです。
このバカ高い電波塔は来年7月にテレビ放送が完全にデジタル化されるにあったって建設されることになりました。1970年台からの高度成長経済とともに都内では200mを超える超高層ビルが続々と建設されたために、現東京タワーからの放送では電波が遮断されたり反射されたりする電波障害が広がってしまったからです。したがって、高さは既存の超高層建造物を圧倒的に凌ぐ高さでなければ意味がありません。
52年間保ってきた王座の地位をスカイツリーに譲った東京タワーも昭和33年の建設当時は東京の多くの場所から眺めることができたほど、群を抜いた高さだったのです。
映画、「ALWAYS三丁目の夕日」、「ALWAYS続・三丁目の夕日」は多くの観客を動員して、その後のテレビ放送でも高い視聴率を上げています。涙腺の脆い私はこの映画を観るたびに涙ぐんでしまいます。それは温かい涙ですが。
この原作漫画はかなり以前から、ビッグコミックオリジナルで毎回欠かさずに読んできました。たった数ページの漫画の誌面からでも、何かとても温かいものを感じるのですが、俳優達の演技、サウンドトラックが加わると、その甘酸っぱさはさらに数倍に膨れ上がります。
私の心を温めてくれる最大の理由は映画の時代背景にあるのだと思います。昭和25年生まれの私はちょうど映画の淳之介と似通った年だと思います。いわゆる団塊の世代です。さらに舞台となっている町は東京タワーの見え方からして港区の古川橋から金杉橋にかけてのどこか。おそらく三田通り界隈だと思われます。私の生まれ育った実家は鈴木オートよりももう少し南へ下った白金台町(現在の白金台)にあります。この映画を観ると、自分が生まれ育った頃の懐かしい思い出とオーバーラップするのです。そしてその生々しい情景が私の涙腺を刺激するのでしょう。
港区も終戦直前の空襲を受けました。私の母は生後間もない兄を抱えて軍の火薬庫跡地(国立科学博物館附属自然教育園)へと避難したそうです。そんなわけですから、東京タワーが着工された昭和32年当時はまだまだ周囲には焼け跡の空地が数多く残っていて、視界を遮る高い建物などほとんどありませんでした。小学校の帰り道に空地に残った防空壕に入って遊んだものです。
ですから我が家から、完成した東京タワーを眺めることができたのは言うまでもありませんし、建設途中の鉄骨の組み上さえ見ることができました。防空壕の残る空き地から天に聳えるタワーを見るというのは、今から考えると実にアンバランスな風景ですが、当時小学校生であった私は何の違和感も無く空を見上げていたものです。
やがて、東京オリンピック、大阪万博などが開催されるのと並行して霞が関ビル、京王プラザホテルと次から次へ超高層ビルが建築されました。こうして私たちの視線が上へ上へと向かっている間に、焼け跡からは私たちの遊びの際の砦であった防空壕が撤去され、盛り場や省線(山手線)の傷痍軍人、上野の地下道の戦争孤児がいなくなり、都電やトローリーバスが車に追い出され、気がつけば超高層ビルの林立する近代都市に生まれ変わっていました。
莫大なエネルギーを消費して不夜城となった現在の東京は、極めて効率的で便利な街になりました。しかし、その一方で多くのものを失ってしまったように思います。
昔のしもた屋はすべてマンションに様変わり、そこに住む住人も総入れ替えで地域のつながりは消え失せました。肌の温もりを感じない、冷たいコンクリートの街になりました。人々はただただ慌ただしく動き回り、何でも手に入る半面、些細なことでは喜びを感じなくなりました。
当時の私は、東京タワーの完成を輝かしい発展の第1章だと感じていましたが、もしかすると神の与えた「混乱」の始まりだったのかもしれません。
東京スカイツリーの建設される隅田川沿いは今でも、東京の原風景とともに下町人情が残る数少ない地域です。スカイツリーの完成で同地域の活性化が期待されていますが、これまで死守してきた貴重な無形の何かが失われないように十分に気をつける必要があります。
スカイツリーをバベルの塔にしないためには、便利さと引き換えに失われていくものに対して日頃からもう少し注意を払わなければならないでしょう。