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クリニック西川

2010年5月

東アジア人

韓国の哨戒艦沈没事件は事故調査委員会の正式報告で、北朝鮮の潜水艦からの魚雷攻撃によるということが明らかになりました。46名もの若い兵士の犠牲者を 出した韓国政府としては断固たる制裁措置をとらざるを得ません。
これに対して北朝鮮はこれまでと同様に、瀬戸際強硬路線をとっています。すなわ ち、調査委員会の報告は捏造で、事件自体が北朝鮮を悪者に仕立てるための陰謀であるとの主張です。いかなる制裁措置も北朝鮮に対する戦闘行為とみなし、全 面的な対抗措置をとるとしています。いまや朝鮮半島は一触即発の状況となりました。
一触即発と言われても、お互いに強がって見せても、結局はそれ ほど大事にはならないのではないかと高を括っている日本人が多いと思います。iPadを購入するために2日前から行列するような平和な国に住んでいると、 ついつい忘れがちになりますが、韓国、米国と北朝鮮、中国とは実は今でも戦争真っただ中なのです。
1950年に勃発した朝鮮戦争は1953年に終 了したのではなく、一時休戦状態に入っただけなのです。たまたまいろいろな好条件が続いて、その休戦が続いているだけなので、一発の弾丸だけでも戦闘状態 再開はありうるのです。そこへもってきて、今回は大型哨戒艦の撃沈。本当に戦闘再開の危機状態なのです。
それにしても、言語も文化も同一の正真正 銘の同一民族がなぜこれほど敵対し、殺しあわなければならないのでしょうか。そのことを考えると、最終的には第一次大戦以前からの先進国による植民地主義 の暴虐に行き着きます。

このように骨肉相食む間柄にさせられてしまった韓国と北朝鮮ですが、ある1点では今でもしっかりとタッグを組みま す。それは反日です。対日本となると朝鮮民族は手を取り合うのです。両国民に未だに横たわるこの反日感情の発生原因も、元をただせば植民地主義に行き着き ます。
戦後、65年を経て日本と韓国は民主主義、資本主義という共通の社会制度で、民間交流も盛んになっていますが、両国民の間に今でも感情的な わだかまりがあることは否めません。それはサッカー、アイススケートをはじめとするスポーツにおいて明らかになります。日本は韓国にだけは、韓国は日本に だけは負けたくないと異常な盛り上がりを示します。民族間の感情的な溝の深さを痛感せざるを得ません。
しかし、日本民族と朝鮮民族はこれほど張り 合う必要があるのでしょうか。

私の曾祖父に当たる西川忠亮は築地で西川求林堂という会社を興し、印刷インキの国産化を果たした人物である と聞いています。祖父は忠亮の三男として築地に生まれました。3代続けて東京生まれであれば江戸っ子と言えるとされていますから、私は立派な江戸っ子と言 えるでしょう。では、西川家が代々江戸に土着していたのかというとそうではありません。曾祖父の忠亮は維新後に長崎から上京したのです。
家系図を 見ますと、高祖とされる西川忠右衛門正幸は肥後の国(現在の熊本県)加藤家の家臣であったそうです。その後、貿易業に転じて朝鮮との間を往来し、やがて対 馬に移り住みます。ところが豊臣秀吉の朝鮮征伐の煽りをくらって、朝鮮との貿易ができなくなったために長崎に移住したのです。
家系図で追えるのは ここまでです。しかしながら、想像するに、それ以前は九州に土着していた一族であったと思われます。
先日ある方と出身地について話をしていたとこ ろ、「腕を見せてください」と言われました。そして私の腕を見るなり、「あなたの先祖は九州地方に住んでいましたね」と言うのです。「なぜそんなこと分か るのですか」と聞くと、私の腕の肘関節から5cmほど前を横断する線を指さして「熊襲の遺伝子を受け継ぐ者はここに線が出ます」、「優性遺伝です」と言う のです。家に帰ってから息子や娘の腕を見ると、確かに私と同じ熊襲線が入っています。一方、家内の腕にはこの線は見受けられません。

熊襲 とは日本古代において現在の鹿児島県付近に居住したとされる人々で、隼人とも呼ばれます。大和政権が誕生してからもしばしば反抗をしていましたが、やがて 大和に組み入れられたとされています。
熊襲・隼人の身体的な特徴は今でも九州南部や奄美、沖縄、八重山諸島にすむ人たちに色濃く残っています。眉 毛が濃くて目が大きく、いわゆる「濃い」顔です。
私も眉毛が濃くて、理容店で剃ってもらわないと、両眉毛がつながってしまいます。睫毛も長くて、 幼少の頃はマッチ棒を6本ほど載せることができました。腕の線のほかにもこうした特徴を持っているので、「熊襲の血を引いている」と言われても素直に納得 できます。
一方、私は体毛がすごく薄く、この点では熊襲とは異なっています。むしろ朝鮮族に近いのではないかと思います。でも、先祖がしばらく対 馬に住んでいたことを考えると、朝鮮民族の血を引いていても不思議ではありません。つまり、熊襲+朝鮮であろうと考えられます。
自分のルーツをこ のように想像していたのですが、もう少し調べてみいるとそれほど単純ではなさそうです。ミトコンドリアDNAを用いた研究によると、現在日本人とされる人 々は数万年前に遡ると、9名の母親に辿り着くのだそうです。言い換えると、数万年前にすでに9系統もの人種がこの日本列島に入り込んで、混じりあい始めた ということになります。我々日本人は実はかなり複雑な遺伝子の組み合わせによって生まれたらしいのです。
実際、私の遺伝子型の根拠となる身体的特 徴を羅列してみると次のようになります。血液型:A型、Rh+、瞼:二重、睫毛:長い、眉毛:濃い、体毛:薄い、腋臭:弱い、肌:乾燥、耳垢:かさかさ、 巻き舌:できない、髪質:直毛、笑窪:あり、そばかす:なし、虹彩:黒褐色、禿:なし等々です。優性遺伝、劣性遺伝、取り混ぜた遺伝子系であります。
私 に限らず、ほとんどの日本人が様々な系統の遺伝子を併せ持っているのだと思います。こうしてみると、日本人とは一体何なんだと考えてしまいます。日本民族 対朝鮮民族という図式も意味のないものに思えます。なぜならば、9系統のうちのほとんどが中国、朝鮮半島経由で渡ってきたと考えられるからです。
本 来、兄弟のような関係なのですから、日本人と朝鮮人が張り合い、いがみ合うことは、ルワンダにおけるツチ族とフツ族のいがみ合い*1とたいして変わりないのです。現在中国に住む多数の民族とも生物学的 にそれほど大きな隔たりはありません。
南北朝鮮はもとより、東アジア各国はお互い東アジア人としての同胞意識を大切にして、仲良くやっていきたい ものです。
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*1ル ワンダ紛争:宗主国ベルギーの植民地政策によって、本来一つの民族であった人々が鼻の高さと幅によってツチ族とフツ族に無理やり分けられた。その結果、独 立後両者間で血で血を洗う争いが行われて、100万人に近い人が虐殺された。アフリカの小国で起きた大惨事に世間は無関心であったが、2004年に制作さ れた、映画「ホテル・ルワンダ」によって一躍多くの人の関心を集めた。紛争の終了後、ルワンダは驚異的な復興を遂げて、現在「アフリカの奇跡」と呼ばれる ほどの繁栄を見せている。しかし、富めば富むほど貧富の差が大きくなり、政治的に作られたこの二つの部族の間には、再び緊張が高まっている。

口蹄疫再考

先週のコラムから1週間が経ちましたが、宮崎県の畜産農家を襲っている口蹄疫の猛威は止まるところをしりません。日を追うごとに感染地域が拡大して殺処分される牛や豚の数が増えています。一時避難していた優等種牛6頭のうちの1頭も感染してしまい、殺されてしまいました。
宮崎県、国は感染の更なる拡大を防ぐために未だ感染の兆候が出ていない農場の家畜も殺処分する方針を固めました。これが実行されれば、なんと30万頭以上の牛、豚が殺されて土に埋められることになります。いくら家畜だとは言え、民族浄化の名のもとにヒトラーが行ったホロコーストを彷彿させる虐殺です。
多くの命が失われていく最中、初めのうちは関係者間で責任の擦り付け合いが目立ちました。野党自民党はここぞとばかりに、民主党政府の対応が遅れたとか、その原因は農水相が外遊してゴルフをしていたとかです。
最も勘違い甚だしいのが宮崎県のタレント知事。民主党叩きの流れに乗じて、河童と馬のあいのこのような顔をひきつらせて国の対応の遅れを非難していました。しかし、一地区の問題で済んでいたかもしれない病気が燎原之火のごとく燃え上ってしまった原因の一つは県の最初の対応ミスにあると思います。三月、農水省が感染の疑いを確認する3週間前に、宮崎県家畜衛生研究所で初の口蹄疫感染水牛を見逃していたのです。
河童馬に他人を非難する資格は全くないはずなのですが、この男ほど言い逃れ、責任のすり替えの上手い男は見たことがありません。さすが元タレントと感心します。でも、事態はお互いに責任を盥回ししている場合ではないのです。

この問題を扱うワイドショーで、感染牛、豚を食べてしまおうという、先週来私が主張している意見を述べるコメンテーターが一人も現れないのは意外です。私が医学的な常識から大きく外れているのかもしれません。でも、どうしても経済原理で行われている現在の対応には素朴な疑問を拭えないのです。
感染地域の半径10km以内の地域の牛、豚は今まで通りに殺して埋却しますが、10km~20kmの範囲の家畜は、殺さずに、本来出荷齢に至らない幼獣を含めて、すべての家畜を売り払うことになりました。これはまさに私の考え方に沿った対処法です。なぜ、初期の段階からこの方法をとらなかったのでしょう。
そして、さらに一歩踏み込んで、半径10km以内の屠殺した家畜も感染防止の加工を施した上で食用に供することを重ねて進言します。肉の商品価値を下げたくないという考えに則った家畜伝染予防法を根底から見直すべきです。
感染既往の恐れがあることを明記した上で、廉価に販売すれば、その事情を承知の上で購入する人は少なくないのではないでしょうか。
贅沢に慣れきった我が国では、健康優良な霜降りの高級和牛の存亡に大騒ぎする余裕がありますが、世界的に見れば、飢えに苦しんでいる人が溢れています。そういう人たちは牛や豚の肉などめったに口にできないのです。日本国内に目を移しても、現実的にはこのところの長引く不況で職に就けない人が増え、生活保護受給者が倍増し、生活に余裕のない人が増えています。曲がったキュウリと同様に、口蹄疫感染地域から半径10km以内で飼われていた牛の肉でも、必ず需要はあるはずです。
生命の尊厳、食糧問題、両観点からみて、現行の家畜伝染病予防法はあまりにももったいないのです。家畜の感染症とそれに対する防疫というものについてもう一度根本から考え直してみるべきだと思います。

防疫という大義名分で行われている家畜の大量虐殺をみていたら、ヒトへの感染性、毒性の高い鳥インフルエンザが我が国に発生した時に、鳥と並んで感染した人間の焼却死体が埋設される、恐ろしい地獄絵図が頭に浮かんでしまいました。

焼いて食べてしまおう口蹄疫

先日来、宮崎県東部の川南町を中心に「口蹄疫」なる病気が流行の一途を見せて、13日現在1市2町、86か所の農場が感染被害を受けて、8万257頭の牛や豚が殺処分を受けました。
また、まだ感染の兆候がない種牛6頭を感染圏外へ一時避難させたそうです。この6頭は現在流通している宮崎牛の約9割の精液提供牛であり、この優秀な雄牛を失うと宮崎の養牛業が壊滅的な被害になるために、移動禁止の原則の例外としたのだそうです。
それでも、既に宮崎の畜産農家は莫大な経済的損失を被っており、県は同地域の畜産農家の生活資金として2億1千万円の緊急融資を決定しました。宮崎県の1地方に限局された流行だけでこれだけの被害です。全国的に拡大した状態を想像すると背筋が寒くなる思いです。
世界的には過去に、何十万頭もの家畜を犠牲にした大流行もあったとても恐ろしい病気です。そもそも「口蹄疫」という名前からして何やら空恐ろしいではないですか。ところが、この病気については一般にはあまりよく知られていません。そもそも「口蹄疫」とはどのような病気なのでしょうか。

口蹄疫(foot and mouth disease)とはRNAウィルスのピコナウィルス科(Picornaviridae)アフトウィルス(aphtovirus)属のfoot and mouth disease virus(FMDV)によって偶蹄類(牛、豚、鹿、羊、山羊、猪、カモシカなど)やハリネズミ、像などが感染する急性伝染病です。日本でも家畜伝染病に指定されています。
こういった動物に感染すると発熱して元気がなくなります。よだれが多くなり、舌や口の中の粘膜と蹄の付け根の皮膚に水泡ができて、やがてそれが破けて傷になります。この傷の痛みや二次的な細菌感染によって、摂食や歩行が不良になり体力を消耗します。こうして幼獣では50%近くが死にますが、成獣の致死率はわずか数%です。それほど重篤な病気ではありません。それではなぜこれほど大騒ぎしなければならないかと言うと、それはこのウィルスの感染力が強力だからなのです。
「口蹄疫」は家畜の伝染病の中で最も伝染力が強く、感染源は罹患動物の体液、分泌物、糞便のみならず、ウィルスが付着した塵によって空気感染もします。空気感染の範囲は陸上で65km、海上では200km以上に達すると言います。実際に1967年~1968年にはイギリスからドーバー海峡を越えてフランスに流行拡大しました。1981年にはデンマークからスェーデンに伝播したことが分かっています。
病気の症状は重くないのですが感染性が強いために、もし「口蹄疫」が蔓延すると畜産業に経済的大打撃を与えます。このため、本疾患にかかった動物は治療されることはありません。症状が見つかり第殺処分にされます。死骸は焼却されて規則通りの方法で埋却されます。さらに、感染拡大への対策として発生場所を中心とした半径10km以内の動物の移動を禁じたり、半径20km以内の動物の搬出を禁止します。
殺処分、移動制限などの厳戒体制は現在、人類が最も恐れている「鳥インフルエンザ」を彷彿させます。ということは、この口蹄疫がヒトに感染すると致死的な病態を引き起こすのかと思いきや、そうではありません。ヒトは口蹄疫ウィルスに対して強い抵抗性を持っていて、感染する恐れはほとんどありません。万が一感染したとしても大した症状は現われません。ましてや感染した家畜の肉を食べたからと言って感染することはないのです。
では何故、これほどまでに大騒ぎするのでしょうか。ひとえに経済的な理由にあるとしか思えません。つまり、この病気に感染することによって飼育していた家畜の商品価値がなくなることが大問題なのです。多額の設備投資、種付け料、餌代をかけて育てた牛や豚が一瞬にして大量に売れなくなってしまうのですから、確かに、畜産農家にとっては死活問題です。

私は鳥インフルエンザや昨夏の豚由来の新型インフルエンザ騒動の報道を聞くたびに何か釈然としないものを感じていましたが、今回の口蹄疫の事件によって私が違和感を持っていたものの一つがはっきりとしました。それは、病気に罹患あるいは罹患の恐れのある動物を大量虐殺して埋めてしまうというやり方です。
私はシー・シェパードの会員ではないので、狂信的な動物愛護の精神から主張しているのではありません。感染拡大防止のために感染源となる動物を焼却処分すること自体には異論はありません。ましてや、ヒトに対して直接的な脅威となるような狂牛病のプリオン*1や変異した鳥インフルエンザであるならば少しでも感染の可能性のある動物は迅速果敢に焼却すべきだと思います。しかし、単に焼き殺して埋めてしまうのはいかがなものでしょうか。
発想を転換してみましょう。煮ても焼いても病原性を保つ、恐怖のプリオンは別にして、未だヒトに対しての強い感染性の見られない鳥インフルエンザならば、罹患した鳥を単なる感染性の廃棄物として処分しないで、感染性を消滅するだけの加熱処理をした上で皆で食べてしまえないのでしょうか。
ましてや今回大騒ぎをしている口蹄疫ウィルスは先ほど説明した通り、ヒトにはほとんど無害なウィルスです。感染した家畜は殺さなければならないとしても、そのまま埋却するのではなく、安全に加工して食用に供すればよいのではないかと思うのです。また、そういう加工技術開発は日本人のお手のものと思います。
誰でも、自分が口にするものはより安全性が高いものであってほしいと思います。しかし、すべて健康優良児の牛や豚である必要はないはずです。そんなことを言ったら、虫歯のある家畜も商品にならないことになります。重症の脂肪肝であるフォアグラなんか口にできないはずです。少しでも瑕疵がある物は商品にしないというやり方は、曲がったキュウリ、不揃いのジャガイモを廃棄してしまうのと同じ発想だと思うのです。
感染してしまった家畜は無論、商品価値が下がります。それでも商品価値が完全にゼロにならなければ畜産業者の損失も大分軽減できます。私だったら、感染する恐れがなければ、ちょっとした病気がある牛や豚でも、安ければ喜んで焼いて食べてしまいます。
殺される牛や豚の立場になってみても、この世に生を受けて食べられることもなく、ただ焼き殺されて廃棄物として埋却されてしまうよりは、まだ無念ではないと思うのですが、皆さんはどう思われますか。
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*1プリオン(prion):蛋白質からなる感染性因子。狂牛病の感染源と考えられている。通常の加熱や、放射線、ホルマリンなどでは感染性を失わない。詳しくは2007年の小生のコラム「感染する認知症」を参照。

ずる依存症

「ファー!!」
ゴルフをやったことのある方ならば聞き慣れた言葉だと思いますが、ゴルフの経験のない方のために説明をします。
「ファー!」とは英語の「far」であって、「遠く離れて!」といった意味で、ゴルファーの打った球がとんでもない方向に飛んでしまい、隣のコースでプレイしている人たちに危険を及ぼす恐れがある場合に、その人たちに気をつけるように促す言葉です。緊急の警告ですから、本人、キャディあるいは同伴者が声をそろえて大声で叫ぶのが正しいやり方です。
コースの間を遮っている林を通して届く声でなければなりません。昔、平井堅はアルバイトでキャディをしていたことがあったそうです。そこでベテランのおばさんキャディから「あなたの発声はダメ。もっとお腹からファーと声を出さなければだめよ。」と注意されたそうです。彼の美しい高音はそのおばさんから指導されたファーの賜物なのかもしれませんね。

バブル経済の崩壊で下火になっていたゴルフが再びブームになってきたようです。皆のふところ具合がよくなったからではなく、石川遼、池田雄太、宮里藍、横峯さくら、諸見里しのぶなど若手ゴルファーの活躍に負うところが大きいのではないでしょうか。
また、いったん破綻して経営者が変わったゴルフ場では料金がバブル時の数分の一にまで下げられました。少し遠いゴルフ場ならば、昼食代込みで、10000円以内で一日遊ぶことができます。車1台に4人乗って行けば、麻生さんの置き土産の高速道路1000円制度のおかげで、そう高い遊びではなくなりました。こういったデフレ経済もブームの後押しをしているようです。
これまでゴルフとは無縁であった方々がゴルフに関心を持つようになったのは喜ばしいことなのですが、にわかゴルフファンの急増による混乱も大きく報道されるところです。
ヨン様の追っかけと同じノリのギャラリーが石川遼の後をぞろぞろ付いて回り、神経を集中しなければならない大事な場面でも、そんなことはお構いなしに大声を出したり、写メを撮ったり。
昨年秋、私のホームコースでジャパンオープンが開催されましたので、観戦に行きました。しかし、あまりの人の多さと、その人たちのマナーの悪さにあきれ返ってしまいました。
マナーの悪さは、にわかゴルフファンのギャラリーだけではありません。ブームに乗ってゴルフを始めた人もスイングや服装はプロばりであっても、ゴルフ場における行動のいろはを教えられないまま、ゴルフ場に来ている人が少なくありません。
バンカー*1で打った後はきちんと砂をならす。グリーンのディポット*2は修復する。グリーンでは芝生を傷つけないように足を引きずって歩かない。他人のプレイ中は邪魔にならないように、プレイしている人の前後に立たない。こういった、ゴルファーとしての基本的なマナーを守れない人が少なくないのです。

多くのゴルフマナーは何回もプレイして機会あるごとに注意されていれば、次第に身についていくはずですが、ベテランゴルファーにも多く見られるもっと困った問題行動もあります。それはスロープレイと「ずる」です。
ゴルフは一つのゴルフ場で4人一組、6~7分程度の時間をずらして皆で使って楽しむものです。ですから、次の組を待たさないように迅速な行動が要求されます。
ところが、他の人のことなど眼中になく、自分だけがよければよいというわがままなゴルファーが後を絶ちません。そんなことは練習場でやっておいてほしいと思うほど念入りに素振りをする。さあ今度こそ打つのかなと思いきや、再び素振り。それからボールをにらみつけて数分間、身体が固まってしまったのではないかと心配するほど長いアドレスの後やっと球を打つ。やれやれと思いきや、そういう人に限って歩行速度も超スロー。
こういう人が一人でもいると、高速道路の渋滞と同様に、その後の組は一日中待たされ続けることになります。ゴルフのプレイ時間の目安はハーフ(9ホール)2時間とされていますが。最近は2時間以内で回れることはめったにありません。
その人たちの前はずうっと空いてしまいます。こうなるとゴルフ場でも放っておけないので、「前が空いていますので、もう少し早くプレイしてください。」とやんわり注意します。この注意で行動を正す人はもともとスロープレイをしないので、注意されて改善されることはまず期待できません。中には、いけしゃあしゃあと「私が遅いのではない。前が早すぎるのだ。」と反論する人さえいます。
もう一つの不治の病は「ずる」です。ゴルフは本来自分と自然との闘いです。だからゴルフの大原則は「あるがまま」なのです。原則としてどんな場所にあったとしても人為的な操作をしないで次のショットをしなければなりません。たとえば、すごくうまく打てたのに、丁度その時瞬間的に強い風が吹いて、球がバンカーに入ってしまうこともあります。それでも言い訳せずにバンカーから打たなければなりません。それこそが自然の中での遊びの醍醐味と言えます。めったにないことですが、これとは逆に、へぼ打ったのに偶然木の枝に当たった球がカップの中に吸い込まれることだってあるのですから。
ところが、スコアにこだわるあまり、人目の付かないうちに自分の球を打ちやすい場所にそっと移動する人がいます。
傍から見ているとどうしても右の林の中に飛び込んでOB*3ラインを越えてしまったのではないかと思えるのですが、一目散に自打球を探しに行った人がにこにこしながら「助かってました。」と平らな芝生の上のボールを指さしている。
追い風に乗ってグリーン奥の砂利道の方へ飛んでいったと見えたボールなのに、いち早く現場捜索に向かった御当人は、後から到着した同伴者に向かって「ラッキー」なんて言う。その足元を見ると、そこだけ盛られたようになった草地にちょこんとボールが乗っている、といった具合です。
こういうことをする人は、普段から嘘吐きのどうしようもない人かと言うとそうではないのです。社会的地位もあり、普段は謹厳実直で通っている人にも結構見受けられるのです。ことゴルフに関するずるは、ゴルフ以外の生活場面における人格と別次元のように思えます。
それではゴルフが下手な人なのかと言うと、そうでもないのです。むしろ、そこそこの腕自慢の方に多いようです。昔、テレビで活躍した大橋巨泉という人物のずるゴルフは有名です。彼はゴルフ上手で通っていましたが、あまりのずるの多さにいくつかのクラブから出入り禁止を食らったと聞いています。
因みに、偉そうにゴルフ談議をしている私ですが、ゴルフの腕前は「ど下手」です。なにも謙遜しているのではありません。今まで一緒にプレイをした人の中で、私より下手な人を見たことがないのだから、間違いありません。
私クラスになると、これはもうちょっとやそっとずるをしても結果に大した影響がないのでずるをする気にもなりません。ただし、あまりにもたくさん叩き過ぎて計算できなくなってしまうことはよくあります。
ずるをするきっかけは、賭けゴルフにあるようです。腕自慢の人たちが賭けをすると、1打多いか少ないかで結果が大きく違ってきます。このために少しでも打ちやすい所に動かしたいという誘惑に負けてしまうようです。そして、いったんずるをすると、麻薬のように止められなくなります。賭けをしていない時でもずるをしないではいられなくなります。それほど打ちにくい場所にあるわけではないのに、それでも少し動かざるにはいられなくなるようなのです。「ずる依存症」と言っても過言ではありません。これは不治の病ですので、ゴルフをやめない限り治りません。

いつも運よく九死に一生を得るゴルファー。そんなゴルファーが自分の打った球を追いかけて林の中に走っていく姿を見ると、私は思わず大声で警告を発したくなります。「フェアー(fair play)!!」と。
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*1バンカー(bunker):砂で満たされたくぼ地。
*2ディボット(divot):打った球が落ちた衝撃でグリーン上にできるへこみ。放っておくとへこんだままであるだけでなく、その場所の芝が枯れてしまう。自分の打球によってできたディボットはフォークという道具で持ち上げて平らに修復するのがマナー。
*3OB(out of boundsの略):ゴルフ場の境界外。打球がこの線を越えてしまった場合には、元の場所から再度打ち直し、一打罰を加えるので、その球は第3打目となる。

消えてゆく春と秋

観光バスの運転手さんから聞いた話ですが、春は日を追うごとに仕事がハードになり、秋はだんだんと楽になるのだそうです。なぜならば、春は桜前線を追いかけて行き先がだんだん遠くなり、秋は紅葉の南下に伴って徐々に近場までの運行になるからです。

それでも、例年は4月の下旬に北への長道中が終わり、ゴールデンウィークの大渋滞の中の長時間運転は避けられるとのことです。しかしながら今年は、日本列島の上に寒気団が居座っていて、いつまでも桜が散らないので、観桜旅行が続いているようです。先日彼に会ったら、連休の大渋滞の中を、弘前まで桜見物のバスを運転しなければならないと嘆いていました。

  私は今、山中湖に来ています。こちらは現在山桜がきれいに咲いていますが、仰ぎ見る富士山はここ数年見たことがないほど下の方まで雪が残っています。3月下旬にやっと開場したゴルフ場も4月に入って度々降雪のためにクローズを強いられて大打撃とのことです。

  地元の人の話ではここ数十年見たことのない霧氷も見られたそうです。この寒い春の原因は北極振動によってオホーツク寒気団が異常に南下したことなのだそうですが、一方、南の海ではエルニーニョ現象が続いていて暖かくて湿った大気が虎視眈々と日本列島への侵攻をうかがっています。寒気団が撤退すると一気に暑い夏の到来が予想されます。

  気象学者が地球温暖化現象の現れとして季節の変化が極端になり、春と秋が無くなって、夏と冬を繰り返すようになると言っていましたが、ここ数年の季節の移ろいを見ると、まさにその予想が立証されているように思います。

  わが国はその位置するところから、世界で類を見ない豊かな四季を誇ってきました。そして、そういう環境が繊細で優美な「侘・寂」の文化を育んできました。その一言で季節を表す季語を使った俳句は、四季が明瞭なわが国でなければ生まれなかった文化だと思います。

  この時期の素晴らしさを詠った句に「目に青葉 山不如帰 初鰹」があります。この俳句は江戸時代前期の俳人、山口素道の作で、正確には、「目には青葉 山郭公 初松魚」(字余り)なのです。郭公は現在では「かっこう」と読みますが、古くは「ほととぎす」と読みました。ところで、一説には「ほととぎす」は鳥の鳴き声ではなく、山に咲く「ほととぎす」という花の美しさを詠んだとも言われています。

  確かに、山には鳥の不如帰の羽と瓜二つの紋様をした花を咲かせ、「ほととぎす」と呼ばれる植物が存在します。しかし、この花は秋に咲くのです。素道の句はやはり、新緑の山に冴えわたる不如帰の鳴き声を愛でている句に違いありません。もし植物の「ほととぎす」を詠んだとしたならば、「目に紅葉 山ほととぎす 戻り鰹」でなければなりません。

  さて、この句を思い出したので、山中湖で改めて周囲の木々に注意を向けてみても、不如帰の鳴き声は聞こえません。今年の春は本当に異常状態なのだと実感しました。

  この異常気象のために野菜が生育不良で高値を呼んでいます。私も先日スーパーでキャベツ1玉に400円近い値札が付いているのを見ました。キャベツに限らず、ほとんどの野菜が高値で家計を直撃しています。このような不安定な天候がこの後も続くと米作にも影響が出てきます。いやなことに、気象に詳しい私の知人によると、今年の天候はタイ米を緊急輸入しなければならないほどの大凶作となった、17年前の天候と似ているのだそうです。

  農作物の不作は外国からの緊急輸入によって何とか凌げるかもしれません。しかし、気象学者の予測通り、今後も春、秋抜きで夏と冬だけの季節変化となると、日本人の精神性に大きな影響を与えるような気がします。「侘・寂」を解するきめ細やかな感受性が失われて、粗野で猛々しく、がさつな人格の人たちが増えてしまうことが懸念されます。いや、人を殺せばすぐにばらばらにしてしまう昨今、すでに現代の日本人の心から春と秋は消えてしまっているのかもしれません。
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