年頭を飾る初場所で第69代横綱、白鵬が6場所連続優勝を果たしました。これは朝青龍の7回に次いで昭和の大横綱、大鵬(2回達成)に並ぶ第2位の記録です。白鵬が故障しないで今のままの相撲を取るならば、来場所に朝青龍の記録に並ぶことは間違いないでしょう。
連続優勝もさることながら、白鵬は昨年、すでに63連勝という偉業を達成しています。この記録は不世出の大横綱、双葉山の不滅の記録69連勝に肉薄する快挙でした。近代相撲においてそれまで2位であった千代の富士の53連勝を大きく凌駕し、不確かな記録ではありますが江戸時代の名横綱谷風梶之助に並ぶ歴史的な記録です。
双葉山の時代には1場所11~13戦、年2場所であり、現在の1場所15戦、6場所と比べると、圧倒的に取り組みが少なかったのです。ですから、双葉山の69連勝は3年間という実に長い期間をかけて達成した記録でした。3年にも及ぶ期間、他を寄せ付けない強さを誇っていたわけで、並はずれた強靭な心と体が要求されたものと考えられます。したがって、今後69連勝の記録が破られたとしても双葉山の記録の偉大さが失われるものではないとされています。
しかし考え方を変えてみれば、現在の横綱は6回の本場所の合間にも地方巡業場所があります。さらにテレビなどへの出演もこなさなければなりませんから、身体を休める暇もありません。一年中過密なスケジュールに追われています。いったん怪我や病気で体調を崩しても、十分な療養をする間もなく次の場所に臨まなくてはなりません。双葉山の時代よりも厳重な体調管理とタフネスさを要求されるとも言えます。
なにはともあれ、天下の範たる名横綱が久しぶりに誕生しました。久しぶりの名横綱誕生と聞いて、「朝青龍がいたじゃないか」と言われる方もいらっしゃると思います。しかし、私は朝青龍を名横綱とは思っておりません。それどころか横綱として認めることにさえ反対なのです。
その理由は土俵外の乱暴狼藉だけにあるのではありません。確かに朝青龍は生涯669勝、幕内優勝25回そして先ほど書いたように連続7場所優勝の偉大な記録も残しています。しかし、彼の相撲の取り口はどう見ても横綱とは言い難いものでした。
スピードと運動神経が本領と言えば聞こえがいいですが、格下相手に張り手をしたり、バックドロップまがいの危険な技で相手力士を怪我させたり、勝負がついた後にも土俵外まで追い打ちをかけるような力士を横綱とした横綱審議会、相撲協会の見識を疑うというものです。
以前のコラムにも書きましたが、相撲における正式な階級は大関までなのです。大関の中で特に心技体すべてにおいて秀でた者が現われた際、特別に免許を与えて横綱を張ることを許すのです。そして綱を張ることを許された力士を横綱大関と呼びます。
ですから、いくら強くても横綱を張るだけの品格が伴わない場合には、ただの強い大関のままにしておくのが本来の姿です。江戸時代最強の力士と言われた雷電為衛門はついに横綱の免許を与えられませんでした。朝青龍も大関のままにしておけばよかったのです。そうすればあんなに早い引退をしないで、今でも白鵬との名勝負を観ることができたのではないでしょうか。
当たり前のことですが、名横綱と呼ぶ必要条件は、何よりもまず強いことです。いくら人格が優れていても弱ければ力士の範足りえません。その強さの上に、品格があり、正々堂々とした取り組みの「横綱相撲」が要求されます。
白鵬の相撲はどうでしょう。朝青龍のように慌てたどたばた相撲ではありません。どっしりと受けて立つ。そして相手が動こうとする気を読むやいなや一気に攻撃を仕掛けて倒す。これぞ横綱相撲です。
この勝負の仕方を「後の先(ごのせん)」と言い、武道全般における最高の技量とされています。受けるばかりで、相手が動いてから動くのではただの後手です。しかし、攻撃を仕掛ける相手の呼吸を呼んで気迫によって動きでは先手を取るということです。
いわば敵の心の動きと身体の動きの間隙を制することであり、一朝一夕でできるものではありません。まさに心技体一致の境地においてのみ「後の先」が成立します。
私は双葉山の相撲を実際に見たことはありませんが、双葉山の相撲がまさに「後の先」であったと聞きます。だからこそ70連勝を阻まれた際にも全く表情を変えずに「未だ木鶏足りえず」と語ることができたのです。
一方白鵬は稀勢の海に敗れた際、悔しそうな顔がテレビに映し出されました。未だ木鶏どころか双葉山の境地にも至っていませんが、その後、とりこぼすことなく勝ち進んで優勝を決めました。着々と木鶏に近付いているように思います。
私がもう一つ白鵬を高く評価する点は、彼がモンゴル人、日本人という枠を超えた存在になっている点です。私は彼を見ていて人種のことを意識したことがありません。それどころか、彼の相撲には強く武士道を感じます。日本人の妻を娶ったということもあるのでしょうが、何かあるとすぐにモンゴルに逃げ帰っていた朝青龍と違って、日本の文化に溶け込んでいます。多くの相撲ファンが彼のことをモンゴル人と意識して観ていないのではないでしょうか。
朝青龍の素行に非難が集まった際に、モンゴルの人たちに「朝青龍がモンゴル人だからバッシングされている」という誤解を与え、日本人の閉鎖性が問題視されました。しかし今、多くの日本人が白鵬を心から称賛する姿を見れば、モンゴルの人たちもあの時の非難がモンゴル人であるが故ではなく、ひとえに朝青龍個人に対するものであったことを理解してくれるものと思います。
数年前の人気ドラマ、「Dr.コト―診療所」を覚えていらっしゃいますか。沖縄県八重山列島にあるとされる架空の島、志木那島(しきなじま)を舞台に吉岡秀隆扮する医師、後藤健介の離島における活躍を描いたドラマです。
のどかな南の島を背景に都会育ちの外来者と、強い心のつながりを持つ島の人間が誤解しながらも少しずつ信頼関係を築いていく様を描いています。また、原作者が実際に30年にわたって離島医療に携わった医師であるだけに、過疎地における厳しい医療環境がよく描かれていて、医療の在り方に鋭く迫った作品でもあります。
大都会においても産科、小児科を中心とした救急医療の崩壊が叫ばれる現在、地方過疎地の医療は極限状態になっています。そこで慌てて医学部の定員が増加されました。しかし、医師の数を増やせばこの問題が解決するでしょうか。私はそうは思いません。
いくら医師の数だけ増やしても、東京、大阪などの大都市圏の医師が増えるだけだと思います。しかも、私の携わる精神科や眼科、皮膚科といった開業しやすくて訴訟リスクの少ない診療科や、自費で多くの収入が期待できる美容外科の医師が増えるだけのような気がします。
過酷な勤務が強いられてしかもハイリスクの産科医や小児科医はいつの時代も医師不足なのではないでしょうか。ましてや、離島で代表される過疎地の医療が充実するとは思えません。
それでは医師はそんなに強欲な者ばかりなのかと言えばそうではありません。Dr.コト―を観て、熱い思いをした医師は私だけではなかったはずです。それどころか、心の奥底で医の原点であるDr.コト―になりたいと願っている医師も少なくないと思います。
では何故、実際に名乗りを上げる医師がこれほど少ないのでしょうか。理由は様々あると思いますが、一番大きな理由は、家族の生活、とりわけ子供教育環境にあるのだと思います。
医師も家庭にあれば一人の親父であり母親です。自分の子供によりよい教育を与えたいと考えるのは当然です。そうなるとどうしても離島医療にしり込みしてしまいます。実はDr.コト―になりたくても慣れない医師が多いのです。
それでは、未婚の若い医師が僻地に行けばよいということになりそうだが、これも現実的ではありません。地域の医療を一人で担うには相当の経験がなければできません。卒業して2、3年の医師に勤まるわけがないのです。
それよりは、子供の教育を終えた晩年を僻地量に費やすほうが現実的です。しかしこちらも誰にでもできるというわけにはまいりません。まずは体力的な問題です。地域の医療を一人で担うためには相当な体力を必要とします。24時間365日患者さんを受け入れなければならないからです。60歳を過ぎた老体には過酷すぎると考えます。やはりある程度の経験を持ち、しかも体力の旺盛な壮年期の医師でなければ勤まらないのではないでしょうか。そうなると、多くの医師に家庭を持つことをあきらめてもらわなければなりません。
「医師とは人の命を預かる崇高な仕事なのであるから、家庭を犠牲にすることくらい覚悟の上のはずだろう」と主張される方がいらっしゃるかもしれませんが、それは酷というものです。私たちも生身の人間です。暖かい家庭を持ち、子供の幸福を願う権利はあるはずです。
それでは、どうしたら医療の偏在を正すことができるのでしょう。私は医療行政だけを姑息的にいじくりまわしても解決しないと思います。日本の都市政策全体を根本的に変えなければならないと考えます。つまり文化機能が東京、大阪、名古屋といった数少ない大都市への機能の集中している現況を改めて、各地方へ分散することです。
今、話題となっている、「道州制」の単位くらいでよいと思いますので、そのどの地域に住んでもそれほど大きな差がない文化的な生活ができる国に作り変える必要があると考えます。そうなれば家庭を持った働き盛りの医師が各地域に根付くことができることになるでしょう。
医師だけではありません。あらゆる仕事が東京に一極集中している現在のいびつな雇用環境が改善されて、各地域で多くの雇用が生まれます。そうすれば多くの国民が故郷を捨てることなく安定した生活を送ることができるはずです。
私も、子供が一人前になったら医療過疎地に余生を捧げることを考えたことがあります。しかし、よく考えると舌とボールペンしか扱うことができない精神科医は僻地に必要とされません。そこで求められている医師は産科の心得のある外科系医師なのです。結局、私はDr.コト―にはなれそうにありません。
日本語は英語やドイツ語に比べて論理性に欠ける言語です。たとえば「・・・・の」という挌助詞一つをとってみても、「of」に相当する所有の意味の「の」、「at」「in」「on」など所在や「時間」を表す「の」、「分量」を表す「の」、形状や性質を表す「の」、「for」に相当する「の」、内容を意味する「の」、主格としての「の」、対象を表す「の」、所属を意味する「の」、同格の「の」、「・・・・に関する」という意味の「の」、「・・・・による」という意味の「の」、「between」「with」に相当する人の関係を表す「の」、「from」をいみする「の」などなど、実に多様な使い方をします。
ですから、気をつけていないとやたらと「の」が連続する文章になってしまいます。たとえば、「昨日の父の夕食の時の機嫌の悪さの原因は・・・・・・」と具合に、牛の涎のように「の」が垂れ流されてしまうことになります。
また、主語、述語、副詞の並べ方に他の言語のような規則性がありません。それどころか、主語が省略されることは日常茶飯事です。さらに、「食べる」と「食べる?」のように、同じ言葉がイントネーションによって自分の意思を表す場合もあれば、相手への問いかけになることもあります。
このように日本語は融通無碍、悪く言えばいい加減な言語です。私はこの日本語のいい加減さが独特の情緒表現を生み、人間関係において適度な距離感をもたらしてくれているように思います。人と人とを取り持つ言語としてとても優れていると考えますが、論理的な思考や議論には不向きかもしれません。
私が初めて書いた論文の草稿は、先ほどの「の」だらけで、極めてあいまい、不明確な内容になってしまいました。当時私を指導してくださった第2薬理学教室の故福原教授から、「まず英語で考えて、それを日本語で表現するようにしなさい」と指導されました。その教えを実践するようになってから、日本語の論文も以前より論理的に書けるようになりました。
幼児期からの英語教育が流行る一方で、母国語教育がおろそかにされています。その結果、私たち現代日本人の語彙は恐ろしく乏しくなってきました。それだけではありません。もともとあいまいな日本語をさらにあいまいにするような表現が目立ちます。
その1つが、以前のコラムでお話しした「・・・・・の中で」と言った無意味で不必要な修飾語です。大した内容ではない話をもっともらしくもったいぶる時に使われます。学生時代にまともな読書をしなかった若者が、社会人になって、仕事の場で身につける表現方法のように思います。
会社のプレゼンテーションや客を勧誘するセールスの場面であれば、相手にもっともらしく思わせることが目的ですから、こういった表現が適当であるかもしれません。しかし、日常会話においても馬鹿の一つ覚えで、こういった商用トークしかできないとは悲しむべきことです。
もうひとつ私が耳障りに思う表現が「ぽい」です。「俺なんか疲れったぽい」とか「私あなたのこと好きっぽい」といった具合に使われます。なぜ、「俺疲れた」、「私あなたのこと好き」と直截的に言えないのでしょう。
おそらく前者の「ぽい」は「少し」といいたいのでしょう。後者は「好き」とはっきり告白して相手から拒絶された時のショックを和らげるために自己防衛法なのかもしれません。
ともかく、こういったあいまいな表現しか使えないということは自分の意思が明確でない。あるいは自分の発言に対する責任を放棄するということです。何らかの事情があって窮余の策として使うことは致し方ないかもしれませんが、日常の発言がすべて「ぽい」では責任ある大人とは言えません。
私の仕事場でも、この「ぽい」をしばしば耳にするようになりました。「私うつぽいんです」と訴える方が少なくないのです。話し言葉だけではありません。予診票の主訴の欄にしっかりとした字で「うつっぽい」と書く人までいます。あたかも「うつっぽい」という言葉が医学用語になったかと錯覚してしまいます。
「ぽい」という響きには「本当の・・・ではない」、「…に近い」、「似て非なるもの」というニュアンスがあります。実際に、「うつっぽい」という表現をされる方の多くは狭義のうつ病でない方が多いのです。ディスチミアであったり、嫌なことがあってしょげているだけの人も少なくありません。
けれども、医学を学んだことのない患者さんが「うつっぽい」という表現を使う気持ちはよく理解できますから、それを咎め立てする気はさらさらありません。しかし、「どうしてうつっぽいと思うのですか?」という問いに「私はよくわかりませんが、前に診てもらっていた先生に診断名を聞いたら『うつっぽい』と言われたもんで」という返事が返ってくることがあります。
こういうあいまいな診断で抗うつ薬を処方する「精神科っぽい医師」がメンタルクリニックだとか心療内科だという看板を掲げていることは憂慮すべき事態です。
その家はどう見てもゴルフのスタート小屋とはほど遠い造りです。4畳半ほどの和室。衾を取り払って一続きになっている隣りの部屋の床は板張りで、正面にある窓が全開になっています。全開とは言っても腰高の開き窓ですから開口部はせいぜい幅3メートル、高さが1.5メートルといったところでしょうか。その窓越しには鬱蒼とした木々が見えます。
和室には箪笥や卓袱台(ちゃぶだい)が置かれていて、普段誰かが生活していると思われます。なんとその部屋から正面にある、先ほどの窓に向かってティーショットを打たなければならないようなのです。
そんな小さな的に向かって、一体どうやって打つんだろうと思案しているうちに、家内が二枚の畳の間にティーを差し込み、球を載せるやいなや、スパーンと打ちました。球は見事に小さな窓枠を抜けて外へ飛んで行きました。
そうなると四の五の言っていないで私も打たなければなりません。同じように畳の間にティーアップして前方を見ると目標の窓は一層小さく見えて、とても私の技量でその間を打ち抜くことなど不可能そうです。しかし、打ち終わった家内の姿はもうその小屋には見えません。一刻も早く窓の外へ球を打ち出さないと置いていかれてしまいます。
飛距離なんか二の次にして、とにかく窓に向けて打とうと決意して、クラブを振り上げました。とすると、クラブが右奥にある箪笥に当たってしまいます。そのままではどんなにクラブを短く持ってもスイングすることができないのです。さらに、ティーの前方においてある卓袱台も意外と目障りです。
急がば回れ。少し時間はかかってもちゃんとスイングができる状況にしようと、卓袱台と箪笥を動かします。卓袱台は上に載っていた食べかけの食器を片づけるのに少々手間取りましたが、卓袱台その物は軽いので簡単にどかすことができました。問題は箪笥です。これには相当てこずりました。大幅な時間のロスです。
家具の移動でかなり疲れたのですが、なんとか息を整え、狙いをすましてドライバーを一振り。すると、予想通り、壁にぶち当たる大音響とともにゴルフボールがまるでピンボールゲームのように部屋の中を縦横に飛び交いました。怪我しないように頭を手で覆ってボールが鎮まるのを待つこと数秒。そっと目を開けるとボールは隣の部屋に片付けた卓袱台の下に転がっています。
卓袱台は人工物として取り除いたとしても、ティーアップしてもうまく打てなかったのに、窓に一層近くなって、しかも板張りの床からボールを外に打ち出すことなど絶対に不可能です。絶体絶命の状況に頭を抱えてしまいましたが、ふと横に目をやると板張りの部屋の右手には引き戸があります。その戸をあけると廊下につながっています。その廊下を左手に5メートルほど進むと期待通りに、右側に玄関がありました。「そうだ、以前もこの玄関から外に出たんだ。」
そうなのです。このコースは初めて来たわけではありません。少なくとも10回以上は訪れていて、寸分たがわぬ状況を同じ回数だけ経験しているのです。それなのに、いつも家具を片づけてミスショットをし、そこで改めて玄関の存在に気付くのです。
ティーアップした和室の襖を開ければ廊下を隔てて真正面に玄関があるのですから、学習効果があるのならば、最初から襖と玄関の扉を開け放って、玄関の方へ打てば一回で小屋から脱出できたはずです。それなのに、毎回同じ過ちを繰り返してしまう私なのです。
パターを使って廊下にボールを掃き出し、廊下を転がして玄関の外に打ち出すまでになんと5打かかってしまいました。
さてなんとか小屋の外に出ることはできましたが、周囲は林ばかりで目標であるグリーンはおろかフェアウェイさえ見ることができません。ただ、本能なのか、おぼろげな過去の記憶なのか分かりませんが、このホールが打ち上げであることだけは分かっています。だから、なるべく茂みの少ない林間を選んで高い方へ向って打っていけばよいのです。ゲートボールのように進むこと数10分。もう何打打ったか数えることは不可能ですが、少なくとも30打は打っているはずです。
やがて、木漏れ日の明るさが増し、鳥のさえずりが聞こえてきました。そして左手から鳥のさえずりに交じって人々の談笑する声も聞こえてきます。そちらの方に目をやると、樹間を通して左下の方には緑鮮やかな広いフェアウェイが並走しているではないですか。そのフェアウェイ上を家内とその仲間の、3人の同伴者が楽しそうに話をしながら歩いています。
私が林の中で悪戦苦闘していた数十分もの間、彼らがどうやって時間を潰していたのかは分かりませんが、同じホールなのに私は小屋から林の中を、一方彼らは綺麗なフェアウェイを使って同じグリーンを目指していたのです。
3人がきれいなスイングでアイアンを打ちました。3人とも見事にグリーンにオン。なんと目指していたグリーンはすぐそばにありました。私の位置からも数本の木を通して目と鼻の先にピンフラッグがあるではないですか。しかし、私のボールは赤茶けた地面の上にあるために、うまく打つことは困難です。いったん左のフェアウェイに出してからグリーンを狙うのが正しい選択です。ところが、私はいつもの通り、最短距離である木の間を狙って打つのです。結果は予想通り、ボールはトップしてグリーンをオーヴァーしてしまいました。
体中に葉っぱや木の枝や鳥の糞やらを纏わりつけてグリーンの奥に到着するとそこはドロドロのぬかるみです。その固めの沼のような泥の真ん中に私のボールがあるではないですか。
普通ならばカジュアルウォーター*1としてぬかるみの外にドロップという救済を得られるはずなのですが、このコースではどうやら、この救済措置が適用されないらしいのです。私は忍び足でボールに近づきますが、半分ほど近寄ったところで靴が泥の中に沈み、靴下も泥だらけになってぬるぬるです。でもボールが徐々に泥の中に沈んでいくので、気持ち悪いなんて言っていられません。
渾身の力で泥に向かってクラブを打ちこみますが、ボールはさらに泥の中に沈んでしまいます。「エイ!」「ヤー!」「ター!」めったやたらにクラブを振り回すうちにボールは影も形も見えなくなり、私も膝の辺りまで沈んで全身泥だらけ。
半狂乱の私に頭上から家内とその仲間たちが悪魔のような笑いを浮かべながら、口々にこう言います「みんな待っているんだから早くしてよ」、「スロープレイはだめだぞ」、「空振りもちゃんと数えているかい」、「そんな泥だらけだとクラブハウスに入れてもらえないわよ」・・・・・・・。
私は泣きながら大声で叫びます。「だからこのコースには来たくないって言っただろう!!!」
ここで目が覚めるのです。
3年ほどの中断の後、一昨年の夏からゴルフを再び始めたことは以前のコラムでお話ししました。ゴルフの再開と同時にもう一つ再開した経験がいま書いたゴルフの悪夢です。何年間も、いつも同じホールで苦しむのです。ホールの作りもほとんど変わりがありませんが、4年前にはグリーン奥の泥沼はなかったと思いますので、私を苦しめるトラップがさらに増えたようです。
私は精神分析家ではありませんが、この夢を見ると、フロイトはやはり偉大なのだろうと見直します。「その夢は意識下におけるあなたのゴルフの象徴です」と言われたならば何度も大きく頷いてしまうからです。
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*1カジュアルウォーター:大雨や雪などの結果、ゴルフコースの中の指定区域外に予想外にできた水たまりなど。あらかじめ設計されている池や川などのウォーターハザードと異なり、無打罰で外に出して打つことができる。
あけましておめでとうございます。昨年一年、私の駄文にお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。本年も懲りずによろしくお願いします。
さて、正月のテレビは、ギャラの安い芸人をかき集めて意味もなくワイワイ騒ぐだけの番組がほとんどですが、皆が心待ちにしている、この時期ならではの放送もあります。それは箱根駅伝の中継放送です。
本当の駅伝ファンは沿道に出向いて応援をするようですが、テレビでの観戦もなかなかです。暖かい部屋に居ながらにして、2日間にわたる大手町~箱根往復の戦いを観ることができます。数多くのスポーツの中で駅伝がもっともテレビに向いている種目かもしれません。
箱根駅伝を皮切りに一月はスポーツのビッグイヴェントが目白押しです。サッカー、ラグビーの天皇杯、大相撲初場所等々です。スポーツ好きの者にはたまらない一ヶ月です。これは日本に限った話ではありません。アメリカでもこれからいろいろなスポーツのチャンピオンゲームが行われます。
さて、アメリカを代表するスポーツというと、日本ではベースボール(野球)やバスケットボールを思い浮かべる方が多いと思います。しかし、実際にアメリカでもっとも人気があるスポーツと言えば、アメリカンフットボールなのです。
アメリカのアメリカンフットボールのプロリーグ、NFL(ナショナルフットボールリーグ)の王座決定戦、スーパーボールの放送は全米TV視聴率、歴代ベストテンの半数以上を占めます。また、大学生によるカレッジフットボールの全米王座決定戦も、メジャーリーグのワールドシリーズやプロバスケットボールの王座決定戦の視聴率を上回るほどです。
ところが、何でもアメリカの後追いをする日本なのに、このアメリカンフットボールに限って、我が国ではあまり人気がありません。体力が歴然とものを言うスポーツなので日本人には不利だということが大きな理由ではないかと思います。さらに、ルールが複雑であるということも一般の人が楽しめない原因ではないでしょうか。
アメリカンフットボールは一見すると、防具を着けたラグビーのように見えます。確かに、ボールの形状や相手のエンドゾーンまでボールを運ぶことによって得点を得るという点はラグビーに似ています。しかし、ゲームの流れはラグビーとは程遠く、実は野球とよく似ているのです。
ラグビーは一度試合開始の笛が鳴ったならば、終了の笛が鳴るまで時計は止まらず、一気呵成に試合が続行します。いくつかあるルールも元を質せば、「ボールより前でプレイをしてはいけない」という一言に尽きます。
これに対してアメリカンフットボールはやたらに複雑なルールで行われます。また、一つのプレイごとに攻撃側と守備側が決められています。攻撃側は4回攻撃するチャンスを与えられます。この4回の攻撃で10ヤード以上前進できれば、再び4回の攻撃権を得ることができるのです。10ヤード進むことができなければ攻守交代、チェンジです。つまり野球は3アウトでチェンジなのに対してアメリカンフットボールは4アウトでチェンジというわけです。
攻撃と守備がはっきりしているので、その都度メンバーが入れ替わるのも野球とそっくりです。1回の攻撃ごとに集まって次の作戦を立てます。数秒プレイをしては集まって10秒以上相談をしている。しかもその度に時計が止められます。この断続的な試合運びがラグビーを見慣れた日本人には違和感を与えるのかもしれません。
とは言うものの、走る格闘技ですから、当然ラグビーと似た部分もあります。その1つがポイント・アフター・タッチダウンです。ラグビーではトライをして5点を得ると、その後御褒美としてトライを決めた地点の後方線上からゴールキックを蹴る権利を貰えます。そしてこのキックがゴールポストの間を通過すればコンバージョンゴールとして2点獲得できます。
アメリカンフットボールにおいても相手のエンドゾーンにボールを運ぶとタッチダウンと言って6点獲得です。そしてラグビーと同様に1回のボーナス攻撃権を得ることができます。これをポイント・アフター・タッチダウンまたはトライ・フォー・ポイントと呼びます。ただしこのボーナス攻撃権はラグビーとは違ってキックだけに限られていません。すなわち、敵陣ゴール2ヤードの地点からのフィールドキックか、通常の攻撃かの選択ができるのです。
フィールドキックは十中八九成功しますが与えられる得点は1点です。一方、通常のタッチダウンを奪える確率は半分以下です。その代りにもし成功すれば2点獲得できます(2ポイントコンバージョン)。
私は学生時代にアメリカンフットボール部でクォータバックをしていました。今では日本の学生フットボールでもヘルメットにレシーバーが内蔵されていて、すべてのプレイコール(次にどのような攻撃をするかという指示)はフィールドサイドのコーチが出します。しかし、私が現役であった30年以上も前、しかも医学部レベルのアメリカンフットボールでは、タイムアウトを取らない限り、プレイコールはクォータバックに任されていました。
クォーターバックの悩ませたたことの一つが、このトライ・アフター・タッチダウンをキックにすべきか2ポイントタッチダウンを試みるかという判断でした。
なぜならば、2点と1点、この1点差はしばしば最終的に勝敗を左右したからです。ともに1つのタッチダウンしか得られなかった場合、相手がポイント・アフター・タッチダウンをフィールドキックで1点取ったとすれば合計点は7点です。そこでこちらが2ポイントコンバージョンを成功させれば8点になり勝利です。ところが、万が一2点を狙って失敗してしまえば6点のままで終わり敗北となるのです。このようにポイント・アフタ・タッチダウンのゲーム選択は極めて重要なのです。
私は昨年還暦を迎え、今年は2度目の干支巡りに入りました。人生をアメリカンフットボールに喩えるならば、60年間健康で家族にも恵まれて仕事を続けられてきたということは、一応タッチダウンに成功したのではないかと思います。となるとこれからの人生はポイント・アフタ・タッチダウンです。ここでフィールドゴールのような成功率の高い安全策をとるのか、はたまたハイリスクだがわくわくするような2ポイントコンバージョンを狙うべきかという選択に迫られているのです。
人生の最終結果を決定するかもしれないトライ・フォー・ポイントは実に難しい選択ですが、現役時代のプレイコールでもそうであったように、ここは一つ2点を狙っていきたいものです。