福島第一原子力発電所の震災による損壊がいまだ深刻な状況から脱していません。政府はこれまで屋内退避としてきた半径20~30km圏内の住民に対して自主退避勧告を出しました。また、漏出したと思われる放射性物質による汚染が近隣の農作物、牛乳のほか首都圏の水道水にまで放射性物質が検出されました。
震災直後の食料品、ガソリンの買いだめの悪夢から目が覚めたはずの人々がまたもやペットボトルの水を求めてまたもや狂乱騒ぎです。放射線の影響をもっとも受けやすく、またこれからの日本を担うべき乳児を抱える母親たちが心配するのはもっともですが、基礎代謝が衰えて放射線に対する感受性が低い高齢者までもが水の買いあさりに狂奔する様はみっともないの一言です。
本当に極微量の放射能汚染で人々が必要以上に右往左往する原因の一つは日本が被爆国であることだと思います。世界で唯一原子爆弾の戦禍を体験した国なので、放射能の恐ろしさが骨身に染みているのです。もう一つの原因は恐ろしいと言いながら放射能に関する正しい啓蒙がなされてこなかったことです。このために正しい恐れ方ができないのです。
とは言っても、私も放射線に関しては大学で学んで以来、とんとご無沙汰です。そこで改めて放射線障害についておさらいしました。
まずは放射線と放射能と放射性物質という言葉の違いです。一般の人はこの違いが分からないでごちゃまぜではしているようです。
放射線とは電離作用をもつ電磁波や粒子線です。そして核分裂してこの放射線を発する能力を放射能と言います。さらに、放射能という力を持つ物質を放射性物質と言うのです。テレビでは蛍を喩にして、蛍を放射性物質。蛍の光を放射線と説明しています。ネットにもっとユニークな喩が載っていました。うんこが放射性物質、おならが放射能、臭いにおいが放射線だそうです。少し汚いですが、こちらの説明の方が、3者の関係をより明確に喩えているようです。
放射線の何が怖いかというと電離作用です。電離作用とは原子の周りにある軌道電子を弾き飛ばして原子を陽イオンと電子に分離する能力です。この電離作用こそが生体を傷つける元凶です。私たちの細胞にある重要な物質を構成する原子が電離されることによって様々な障害が引き起こされます。
放射線は一つではなく幾つもの種類があって、それぞれ異なる性質を持っています。被曝した際の毒性も大きく異なります。ですから一概に放射線として一括できません。どういう種類の放射線が出ているかが重要なのです。主な放射線を以下に示します
粒子線:
α線:陽子2個と中性子2個からなるヘリウムの原子核
β線:電子あるいは陽電子
陽子線:水素の原子核である陽子
中性子線:原子核を構成する中性子で電荷は持たない
電磁放射線
γ線:波長が10pm(10-12m)より小さい電磁波
X線:波長が1pm~10nm(10-9m)の電磁波
それぞれの放射線の特長を述べます。
α線:+2の電荷をもっているまた質量が大きい。電離作用が強いので人体への影響が大きいのですが透過性が弱いので紙1枚で止めることができます。したがってすっぽりと服を着ていれば外部被曝(身体の外部から放射線を浴びること)はそう怖くありません。しかし、体内に取り込まれた内部被曝(身体の内部から放射線を浴びること)を受けると危険です。
β線:質量が小さいのでα線よりは透過性が高いのですが、それでも数mmのアルミ板や数cmのプラスチック板で遮蔽できます。電離作用はα線よりは弱いのですが、減速する際に二次的にX線を放射するので厄介です。
陽子線:透過性はそのエネルギーの大きさで異なってきます。二次的にβ線を放射します。
中性子線:質量は大きいので透過性が低そうですがそうではありません。電荷をもたないので多くの物質を通り抜けてしまいます。中性子爆弾や中性子砲弾は建物や戦車を破壊することなく内部の人を殺傷します。これを食い止めるにはとにかく大質量の塊が必要です。鉛、水、コンクリートなどで分厚い隔壁を作る必要があります。
γ線:次のX線同様に電荷をもたない電磁波はコントロールが難しいのです。なぜならば電場や磁場で方向を変えることができないからです。電離作用は比較的弱いのですが透過性が高いので10cmの鉛が必要です。
X線:基本的にはγ線と同じですがγ線より透過性が弱いので、それほど厚くない鉛で遮蔽できます。診断医療の場で昔から使われている放射線です。
実は、地球には太陽や銀河から日常的に莫大な放射性の粒子線や電磁波が放射されています。そのまま浴びていれば現存する地球上の生物はすべて死滅してしまいます。というより、この地球に今の形の高等生命体は存在しなかったでしょう。それなのに私たちが死なないで、呑気に海水浴なんかしていられるのは北極と南極との間に張り巡らされた強力な磁場と、10km~50kmの高度に存在するオゾン層で防御してくれているからです。この二つのバリアーによって地球に降り注ぐ放射線のほとんどが地表まで届かないから私たちは存在するのです。
したがって成層圏以上の高度を飛ぶ宇宙船や飛行機は相当量の放射線を被曝します。宇宙飛行は放射線との戦いともいえます。海外旅行でも相当被曝します。東京~ニューヨークの往復で胸のレントゲン検査の4倍ほどの放射線を被曝すると言われています。
また、紫外線は放射線には分類されていませんが、弱いながら電離作用を有する電磁波です。だから長時間浴びればX線と同じようにDNAを傷つけて発癌作用を示します。あまり調子をこいて日焼けはしない方がよいでしょう。日光浴するとメラニン色素が増加して小麦色になるのは、生体が皮膚の奥深くにまで紫外線が届くのを防ごうとする自衛策の結果です。
放射能の強さを表す単位としては昔はキューリーが使われていましたが、現在はベクレルという単位が用いられています。ベクレルは新聞やテレビで聞き覚えがあると思いますが、どういうものか理解している人は多くありません。
1ベクレルとは1秒間に1つの原子核が崩壊して放射線を放つ放射能の量のことです。450ベクレルの放射性セシウムと言ったら、毎秒450個のセシウム原子核が崩壊しているということです。
同じ数の原子核が崩壊しても、放射性物質の種類によって出てくる放射線の種類や強さが異なりますので、ベクレルが生体に対する障害度の強さを表してはいません。人体に対する障害の程度を決定するのは放射線の強さだからです。
私たちの健康にとってもっとも大事な放射線の強さを表す単位がシーベルトです。実は放射線の強さを表す単位はシーベルトの他にレントゲン、ラド、レム、グレイなどがありますが、シーベルトは人体が吸収した際の影響度を数値化した単位なので一般人にとっては一番実用的です。シーベルトはどうやって計算するのかというと放射能の強さ(ベクレル)に放射線の種類ごとに決められた係数をかけて算出します。
たとえばI(ヨウ素)131の場合、経口摂取時の換算係数は2.2×10-8です。したがって1kg当たり2000ベクレルのI131で汚染されたほうれんそーを全部食べたとすると2000×2.2×10-8=44μシーベルととなります。
ところが同じ2000ベクレルでもCs(セシウム)137によって汚染されていた場合にはCsの経口摂取時の係数が1.3×10-8なので2000×1.3×10-8=26μシーベルトにしかなりません。
テレビでも示されていますが、こういった被曝量がどの程度の物なのか理解するために一般的な被曝線量を示してみます。単位はμシーベルトに統一します。時によってmシーベルトで表示されると混乱してしまうからです。
胸のX線撮影:50μシーベルト、東京~ニューヨーク往復:19μシーベルト、胃の造影撮影:600μシーベルト、胸部CT検査:6900μシーベルト等です。因みに、私たちは何もしていなくても宇宙や地下からの放射線を被曝しています。その被曝量は年間2400μシーベルト、1時間当たり0.274マイクロシーベルトになります。
こういった値を見れば、200km以上離れた首都圏で大騒ぎする必要がないことを分かっていただけると思います。今後の推移を見守る必要はありますが、慌てて首都脱出をする必要はありません。と言ってもピンとこない方のために、ネットで見た面白い情報をお教えします。
地中には放射性物質があって放射能を発していると言いましたが、その量は予想以上に大きいのです。地中から湧き出る温泉に含まれる放射線量を測ると、一般的な温泉で自然被曝量の数百倍、有馬温泉に至っては四万倍にも達するのだそうです。日頃、温泉に浸かって「極楽、極楽」と楽しんでいた人が、たかだか自然被曝量の数十倍の報道で怯えるのはおかしな話です。
先ほどの汚染ほーれんそーの計算で考えた場合、同じベクレルの汚染ならI131よりもCs137の方が安全に見えますが、実はそう単純にはいかないのです。放射能を考える時は半減期という特性を考慮しなければならないからです。
放射能は時間とともに減衰します。この減衰の早さは放射性物質の種類で大きく異なります。I131:8日、I132:2.3時間、I133:21時間、Cs134:2.1年、Cs137:30年です。半減期から見ると30年経たないと半分にならないCs137に比べてたった8日で半分になってしまうI131なんか可愛いものです。
幸いなことに今は話題になっていませんが、原子炉に存在または産生される放射性同位元素にはまだ多くの物質があります。それらの半減期は以下の通りです。ネプツニウム239:2.35日、キセノン137:5.25日、ルテニウム103:39.5日、ストロンチウム89:52.1日、ジルコニウム95:64日、コバルト60:5.3年、クリプトン85:10.7年、ストロンチウム90:28.8年、プルトニウム238:88年、アメリシウム241:433年、プルトニウム239:2万4千100年。でもプルトニウムで驚いてはいけません。ウラニウム238に至っては45億年だそうです。地球誕生時にできたウラニウム238の放射能は今丁度半分になったところです。
これらの物質が全部ぶちまけられたならば領土の狭い我が国にとって危機的な事態です。そういう事態になることを阻止すべく多くの人が今命をかけて修復にあたっているのです。ただ、今はまだ現場周辺を除けば大騒ぎするような状態ではありません。
放射線は細胞分裂の過程にもっとも影響します。ですから、活発に分裂、増殖する細胞が障害を受けます。癌の治療に放射線が利用されるのは、癌細胞が正常な細胞よりも分裂、増殖が活発な点に着目しているのです。
この原則によって造血器官、精巣、皮膚、目の水晶体などが早い段階で障害を受けます。また、僅かではあってもDNAの損傷が固定化すると癌の発生確率が高まり、遺伝障害がおこりやすくなります。さらに胎児や乳児は新陳代謝が活発なので成人以降に比べて有意に障害を受けやすいと言えます。具体的には
50万シーベルト:白血球や血小板の現象によって感染しやすくなったり出血しやすくなる
100万シーベルト:一部の人がを悪心・嘔吐を訴える
200万シーベルト:水晶体が混濁し白内障となる
300万シーベルト:脱毛
300万~500万シーベルト:半数が死亡する
250万~600万シーベルト:永久不妊となる
700万~1000万シーベルト:100%確実に死亡する
以上、放射能汚染は決して見過ごすことができない由々しき問題です。しかし、現時点は大の大人がうろたえるレベルではありません。ましてや首都さらには国を脱出する必要はないのです。でも放射線の影響を受けやすく、しかも我が国の将来を担ってくれる妊産婦、乳幼児、若者はその地域にとどまる理由がないのならばできるだけ遠くへ非難するのもよいでしょう。
しかし、前回のコラムでも書いたように私より高齢の人間は放射線の影響も受けにくいですし、放っておいてもこの先の活躍はしれたものです。今こそ日本に踏みとどまってそれぞれの分野で社会に貢献すべきだと考えます。そうしなければ被災地域のみならず日本全体の復興が果たせられないでしょう。
これからコラムにしようと思って書きかけていた草稿はすべてボツになりました。311で日本は大きく変わってしまったからです。前回のコラムで東日本大震災が未曾有の規模であると述べましたが、事態はさらに悪化の一途を辿っています。太平洋、東北地方沖の長さ500km、幅200kmにわたるプレートの破壊エネルギーとそれによって引き起こされた巨大津波が福島第一原子力発電所を破壊しました。
当初は6つある原子炉の一つだけの軽度の事故と思われていたのに、時間を追うごとにその被害は深刻度を増すだけでなく、数が増えていきました。その結果、3つの原子炉が機能不全に陥り、残る2つの原子炉の燃料棒も溶融の危険にさらされています。
東日本大震災は我が国に地震そのもの、津波、原子炉破壊という三つの重大な災害をもたらしました。三重の災害です。これまでは地震と津波による被害が注目されてきましたが、今、世界中の人の関心は福島の原子力発電所事故の成り行きに注がれています。
なぜならば今回の事故は国際原子力機関が定めた原発事故の国際評価尺度で6/7。チェルノブイリ事故の7に次ぐ2番目に相当する深刻な原子炉事故だからです。そして、私がこのコラムを書いている今も、東京電力及び関連会社の職員と警察官、消防官、自衛隊員が自らの命をかけて原子核燃料の暴走に対峙しています。
日本経済に対する打撃はこの震災そのものよりも、その結果、原子力を含む多くの発電所が破損したことの方が大きいかもしれません。また、残存の発電能力では東日本の電力需要を満たすことができません。そこで東京電力と東北電力は大規模停電が起こらないように、あらかじめ輪番制で地域ごとに計画停電を実施しています。これがさらに日本経済に追い打ちをかけています。
いくら計画的とは言っても一日のうち4,5時間電気が供給されないと仕事にならない企業が少なくありません。業務そのものは遂行可能でも社員の通勤が困難で人員の確保が難しい状況です。しかも、この電力不足は当分続くと予測されます。
なぜならば、福島の原子炉事故が大惨事に至らずに終息したとしても人々の原子力発電に対する安全神話が完全に崩壊してしまった現在、残りの原子炉の再開は不可能と思われます。原子力発電所周辺の住民が稼働再開を容認するはずがないからです。
生き残りの発電所のフル稼働と新たな火力発電所の増設しか手がありません。しかし、原発なしには首都圏の莫大な消費電力を賄うことは難しいでしょう。年々暑さを増す夏季の電力供給が破綻することは目に見えています。現在行われている計画停電が常態化することを想定しておいた方がよいでしょう。
私たち日本人、特に首都圏に住む私たちは無造作にエネルギーを消費することに慣れて、節約という感覚が麻痺していました。今回の震災は大変不幸なことですが私たちが忘れていた質素な生活を思い出させてくれる機会となりました。
石原都知事の「天罰」発言は言語道断です。首都圏の贅沢の犠牲になっていた東北、北関東の人たちが天罰を受ける言われはありません。しかし、彼が言わんとしていたところは分かるような気がします。文学者のくせに言葉の使い方を誤ったのです。本当はこう言いたかったのではないでしょうか。「これは自然からの警告だ」と。
すでに私たち日本人は、国民一人当たり700万円もの借金をしています。そこへ持ってきてこの大災害です。復興にかかる費用をどう捻出すればよいのでしょう。我が国の財政はよほどの妙手を打たない限りデフォールトします。
GDP中国と争っている場合ではありません。さらに、外交は軍事力と経済力に裏打ちされた活動です。これまで頼みの綱であった経済が破たんし、震災後の復興で他国から多大な借りを作った日本外交が今後ますます困難な状況になるのは目に見えています。
私たちは自ら、最悪の場合30、40年前の生活に戻らなければならないかもしれません。そうでなかったとしてもそれだけの決意を持たなければ、この国を再建することができないのではないでしょうか。私たちこの島国に生まれた日本人に逃げ場はないのです。今こそ国民力が試される時です。
特に、高度成長経済の恩恵を十分に受けてきた私たち団塊の世代は、特に頑張らなければならないと思っています。若い頃理想に燃えた私たちが、これからの日本を担う世代に具体的に何を残すことができるのか。ここが踏ん張りどころです。
ちょうどめまいと不安を主訴としている初診の患者さんを診ている時でした。その女性の顔が曇りました。「おや?私もめまいかな?」と思っているとやがて身体が左右にゆすられてはっきり地震だと気付きました。
もともと不安が強い方ですから、みるみると顔色が真っ青になっていきます。一気に突き上げる縦揺れで始まったのではなく、微振動が徐々に増大していく長周期の揺れであったので、私はとっさに震源が遠いと判断しました。中越地震の時の体験から、患者さんに「大きい地震だけど震源は遠いから心配ないですよ。もうすぐに止みます。」と言いながら笑って見せました。
ところが、私いい加減な気休めとは裏腹に揺れはどんどん大きくなります。私も少しやばいかなと思い始めました。揺れは収まるどころか、キャスター付きの椅子が動き出すほどの揺れになり、棚の上から物が落下し始めました。「この机の下に隠れなさい」と患者さんを避難させて書棚が倒れないように支えながら揺れが収まるのをじっと待ちました。収まってから確かめると診察室だけではなく、事務室でも幾つもの物品が散乱しました。
私のクリニックはビルの一階にあります。それでこの被害ですから高層ビルの上階の揺れはどれほどだろうか、いや何よりも震源近くの被害は想像を絶するものであろうと直感しました。この嫌な勘は不幸なことに現実のものとなってしまいました。
東日本大震災の第一弾は三陸沖を震源とするマグニチュード9.0。なんと我が国で地震観測が始まって以来、最大の超巨大地震でした。世界的に見ても1960年のチリ地震(M9.5)、1964年のアラスカ地震(M9.2)、2004年のスマトラ沖地震(M9.1)に次ぐ史上4番目のエネルギーをもっていました。
しかもその後立て続けに福島県沖、茨城県沖と巨大地震が相次ぎ、結果として、500kmに及ぶプレート境界面が幅200kmにわたってずれたのです。このように隣りあったプレート境界面の連続破断は、これまで我が国でもっとも警戒していた東海・東南海・南海地震のモデルです。それが今回は予想していなかった東北地方の太平洋プレート・米プレート境界面で起きたのです。しかも東海地震で想定していたよりもはるかに大きなエネルギーで。
今のところ死者は千人規模との報告です。しかし、もっとも被害の大きな地域からは被害状況が入ってきません。今後そういった地域の被害状況が明らかになれば、最終的な死者は数万人に上るのではないかと私は懸念しています。
もうひとつ世界中が心配していることが、原子力発電所の原子炉破壊の成り行きです。福島原発の複数の原子炉がチェルノブイリ化した場合、東北、北関東は完全に壊滅します。しかし、関係者が懸命の復旧処置をしていますのでチェルノブイリのような炉心融解・爆発には至らないと希望的予測をしています。
しかし、原発の炉心爆発を免れたとしても、これまでの地震・津波の侵襲によるものだけでも、その経済的な被害は想像もできません。もうパンク寸前の財政でどこまで復興できるかこちらも大いに憂慮されるところです。
地震の科学的考察や被害状況、さらには原発事故そのものについては、私などが解説することはおこがましいと言えます。それぞれの専門家がもっと詳しく、正しい説明をしているので、そちらをご覧ください。
さて、首都圏は相当な揺れを体験したものの、運よく大規模な災害にならずに済みました。テレビで現地の被害状況を観て、可哀そうにと感じられるだけの余裕があります。ですから、首都圏に住む私たちが今しなければならないことは、物質的な援助もさることながら、まずは自己中心的にならずに日本国民として助け合いの精神で動くことです。
それにもかかわらず、すでにスーパーマーケット、コンビニの棚から食品を始め多くの生活物資が消えてしまいました。ガソリンスタンドは給油のための車で長蛇の列ができて、多くのスタンドが売り切れになってしまいました。
オイルショックの時のトイレットペーパー買い占めの再現です。どうして私たちはこうも愚かなのでしょうか。一定の食糧を備蓄したいという思いは理解できます。しかし、今の現象をみると必要以上の物資を買い貯めているとしか思えません。車のガソリンをいくら満タンにしても、本当の大規模災害が起きた際には道路は車での移動はできなくなります。全く意味のない買い貯めであるばかりでなく、身近に引火・爆発物を作っているようなもので防災上、逆効果です。
政府が呼びかけているにも関わらず節電への協力姿勢がみられないのも悲しい限りです。首都圏で使う電気の大半は首都圏以外の地域で発電されています。今回問題となっている福島原発もその一つです。こういった発電所が少なからず稼働停止を余儀なくされている現在、首都圏は今電気の供給において危機にひんしています。それにもかかわらず、パチンコ屋は相変わらず煌煌と照明を続けています。家電量販店は無数の展示品の電源を入れています。
もっとひどい奴もいます。物価が高騰するのを予想して買い占めを行っている悪徳商人です。
今生きている私たちは本当に運がよかったのです。ありがたいという気持ちを忘れず謙虚な生活を心がけましょう。自己中心的な軽挙妄動は厳に慎まなければなりません。
まずは皆さんにお詫びしなければなりません。以前、インフルエンザや狂牛病に関するコラムでウィルスのことを最小の生物と話してきました。しかしある時娘から、「ウィルスは生物ではないよ」と指摘されました。「何を馬鹿なことを言っているんだ。私は昔、細菌学においてウィルスのことを学んだんだ。」と反論しましたが、後から調べると現在の生物学の立場からは非生物とされていることが分かりました。知ったかぶりして誤った記載をしていたことをお詫びします。
それではなぜウィルスが生物として認められないのかというと、細胞という構造を持たないし、自分でエネルギーを生み出す能力がないからなのだそうです。現在の生物学においては生物とは自己増殖能力、エネルギー変換能力、恒常性(ホメオスタシス)維持能力、自己と外界の明確な隔離という特徴を持つものと定義しています。
確かにこう定義されてしまうと、ウィルスはほとんどの条件を満たすことができません。まず、自分自身の力だけでは増殖できません。他の細胞に寄生した時に初めて増殖できるのです。ATPを使って自分自身を養う能力もありません。必要なエネルギーはすべて寄生した細胞から得ます。当然ながらホメオスタシスなどとは縁遠い存在です。そもそも内部環境と呼べるほどの構造を有していません。
自己と外界との間に明確な境界があるという点だけは合格と思いきやこれについても怪しいのです。ウィルスは寄生細胞内で増殖する際に一時期、その姿を消してしまいます。つまり、自分と外界との区別さえなくなってしまう時期があるのです。とどのつまりは、生物らしさは自己増殖能力しかなくなってしまいます。
自己と同じ個体を増殖するだけでも立派に生き物と言えそうですが、「自己増殖ならば水晶のような結晶体だって自己増殖するではないか」と反論されてしまいます。水晶を生物と呼ぶことにはさすがの私もためらいます。
このように列挙するとウィルスが生物であるとはますます言いにくくなるように思われるかもしれません。ですが、この議論はあくまで生物を自己増殖能力、エネルギー変換能力、恒常性(ホメオスタシス)維持能力、自己と外界の明確な隔離という特徴を持つものという定義を前提にしています。そしてこの定義はあくまでも人間が作ったものであって絶対の真理ではありません。定義自体を見直せば話は違ってきます。
実際に、先ほどの定義を満たすことができない生物らしき存在はウィルス以外にもあります。リケッチャです。リケッチャはウィルスと同様に自分でエネルギーを産生することができず、他の生きた細胞に寄生しなければ活動できません。ウィルスと同じように、特定の細胞に入り込むとその細胞の代謝系を利用して活動して、自己複製をして子孫を増やします。ウィルスと異なる点は細胞構造を持っていることです。このためにリケッチャは生物として取り扱われるのが普通です。生物と非生物との区別はそう簡単ではないのです。
つまり、皆が当たり前と信じている「生き物」という概念が実はかなりあいまいなのです。したがって、現在私たちが生物と見做しているイメージとかけ離れた生き物の存在も否定できないのです。たとえば遠く離れた惑星では地球型生命体の主要構成元素である炭素がケイ素に置き換わった生物がいる可能性があります。その惑星のヒトはガラス人間かもしれません。また、自己内外の区別を言う条項を無視して、有機物のスープである海そのものを生命体と考える人もいます。
多くの天文学者が地球以外の生命体(エイリアン)探しに躍起です。1977年に打ち上げられたボイジャー1号、2号は海王星の軌道を超えて太陽系外の宇宙空間を目指しています。現在ボイジャー1号は太陽から薬140億km離れた位置を秒速約17kmで飛行中です。あと4年で太陽系圏を脱出して外宇宙に達します。
この両ボイジャーには地球の生命や文化の存在を伝える金属製のレコードが搭載されています。運よく地球外生命体がこの宇宙船と接触した時にこのレコードから地球生命体の存在を気付いてくれることを期待してのことです。
また、世界中の望遠鏡、さまざまな帯域の電波望遠鏡を用いて外宇宙からの、意味のある電波信号をキャッチしようという地球外知的生命体探査(SETI)というプロジェクトが行われています。
135億光年もの広さを持った宇宙ですから、地球以外に私たち以上の知能をもつ生命体が数多くあったとしても不思議ではありません。しかし、宇宙の時間もまた広さと同様に135億年です。たまたま地球のヒトが電波を扱えるようになった現在という一瞬間に接触を持つことができるのはかなり低い確率になります。
いったいいつになったらエイリアンと接触できるのか、気の遠くなるような遠大な作業です。ところが、このプロジェクトは地球外生命体が電波を信号として利用する私たちヒトのような存在であると仮定して初めて成り立ちます。
生命の概念を変えて考えれば、私たちは日常茶飯にエイリアンと接触しているのかもしれません。なぜならば、ウィルスの起源は地球外にあると考えられているからです。前にも述べましたようにウィルスは自己増殖する時以外は常にエネルギーを使って自己の恒常性を保つ必要がありません。蛋白と核酸だけで構成される単なる粒子ですから真空の外宇宙においても彗星や岩のかけらに付着して何万年も宇宙空間を漂っていられます。そしてこういった宇宙の浮遊物が地球に落下する際に一緒に飛来したはずです。
ですからウィルスは太古の時代から地球に住みついていたと考えられます。そして自分たちが増殖するのに都合のよい細胞というものが地球に誕生してからは、私たちがいわゆる生命体と呼ぶ存在と一緒に反映してきたのかもしれません。そして現在、私たちの周りはこのエイリアンたちで溢れかえっています。
それどことかそもそも、ヒトのように酸素を吸ってエネルギーを産生する動物の細胞の生命維持に不可欠なミトコンドリアという細胞内器官は、大昔に動物の細胞に侵入したウィルスであったとする説が有力です。
新型インフルエンザだ、エイズだと、私たちに対する敵対する存在としてばかり強調されるエイリアン、ウィルスですが、彼らの存在なくしては私たち地球型生命自体が存在しなかったようです。