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クリニック西川

2011年4月

無知は罪

小学1年生の同級生にTちゃんという女の子がいました。色白のかわいい子でした。病弱でよく学校を欠席していました。また、歯茎から出血する姿も目にしていました。今から考えると出血傾向のある疾患を罹っていたのだと思います。
小さい頃から女好きであった私は自分が病弱であったことも加わって、ことさら彼女のことが気になっていました。家が近いこともあって何回かTちゃんの家まで御見舞いに行って遊びました。この時にとても不思議なできごとがありました。私が他の友達を御見舞いに行こうと誘っても、多くの友達が行こうとしなかったのです。
少し後に、クラスメートたちの会話を聞いていてこの謎が解けました。Tちゃんのお母さんは広島で被爆した方でした。つまりTちゃんは被爆者2世ということだったのです。Tちゃんの病気が何であったのか、またそれが本当に母親の被曝に関連したものだったのかは謎のままです。しかしはっきりしたことは、子供たちに「放射能の病気がうつるからTちゃんとは遊んではいけません」と言っていた親が少なくなかったということです。
Tちゃんは間もなく学校から姿を消しました。転校したということでしたが、真相は定かではありません。ただ単にお父さんの仕事の関係で引っ越したのかもしれませんが、学校でのつらい体験を避けるために転向したのかもしれません。最悪のシナリオとしては、病気が悪くなって帰らぬ人となった可能性もあります。
転向の理由がどうであれ、こういった周囲の言動によって、Tちゃんの心、そしてご家族の心が深く傷ついたことは間違いないでしょう。それを裏付けるのが、御見舞いに来た私への歓迎ぶりです。帰り際にTちゃんとお母さんが「また来てね」と手を振った、その笑顔が忘れられません。

原発事故にまつわる風評被害が数多く報道されています。福島県産、茨城県産のほうれん草、牛乳、魚などの食品は、基準値を超えたものは流通していないにもかかわらず、多くの消費者が見向きもしません。一生懸命生業に汗を流してきた農民や漁民の心中は察して余りあります。
食品に過敏になる気持ちは理解できないでもありません。自分や家族が直接口にするものですから、万が一の場合には重篤な内部被曝を受けるからです。また、「大丈夫」を連発する政府に対する根強い不信感があるからです。
しかし、水や食品以外に対する的外れの風評には心底憤りを感じます。原発周辺から一時避難した子供が避難先の小学校で先生から「福島から来たということは伏せておいた方がよい」とアドバイスされる。福島県からの避難児童だということが明らかになると実際に苛められる。福島県ナンバーのトラックでの搬送を断られる。高速道路のサービスエリアで福島県ナンバーの車の持ち主が罵声を浴びせられる。人間の醜さ、残酷さが具現化された情景です。
この原発事故避難者に対する一連の差別、迫害報道の中で我が耳を疑ったのは医療機関の受診拒否です。原子力発電所から30km以内に居住地があると言う理由から避難所生活している人が病気にかかって受診したところ、放射線量を確認するスクリーニング検査をして「異常なし」という証明書を提示しなければ診察しないと拒否する医療機関があると言うのです。
このとんでもない報道を聞いても最初は、「どの世界にも信じられない馬鹿ものはいるんだな」と思っただけでした。ところが最近の報道でそういった医療機関がたった一か所の特例でないことを知り、愕然としました。
医師国家試験とはどういった基準で行われているのでしょう。その後携わる診療科にかかわらず、医師として必要な一定の医学的な知識を有しているか否かを判定してきたのではないでしょうか。そうであれば、放射線障害を伝染病と混同するはずがありません。
一生に一度もお目にかかることがないような難病・奇病の診断基準を要求する一方で、素人でも知っておくべき医学的な基礎知識をおろそかにする医師国家試験のあり方を再考する必要があるのではないでしょうか。

閑話休題、放射線は細菌やウィルスとは根本的に異なります。感染しません。単なる化学物質として微粒子に付着して衣類や体表面に付着するか、呼吸の際に肺に取り込んだり、水や食べ物として消化器を通して体内に取り込むことによって被曝します。しかし、体内に取り込まれたとしても細菌やウィルスのように増殖するわけではなく、むしろ時間とともに減弱してしまいます。
水道水の放射線量が基準値を超えた時に、私に「水道水を使う時には煮沸すればいいですか?」と質問された患者さんがいました。全くの不正解です。生き物ではありませんから煮ても焼いても減りません。しかし、放っておけば時間とともに減少しますから、汲んでおいた水を数日後に使用すると言うのが正解です。
洋服や皮膚に付着した放射線物質は払い落して、入浴、洗濯すればそれまでです。ですから、原子炉建屋の中で水素爆発現場に立ち合わせた人でもない限り、身体の周りに放射性物質をくっつけているはずがないのです。一方、内部被曝はその人本人には重大な障害を与えますが、燃料棒の一部をかじって飲みでもしない限り、周囲の人に重大な放射線を浴びせるほどの放射線物質は取り込めません。しかも、それほどの放射線物質を内部に取り込んだ人は避難所に辿り着く前に死亡しているはずです。つまり、危険地域に住んでいたからという理由だけで避難している人たちが放射能の汚染源になるはずがないのです。

こういう理不尽な差別や迫害の根底には何があるのでしょう。一つは他人の痛みを感じとる共感性の欠如です。福島の原子力発電所で作られる電気は福島県民のためのものではありません。東京電力管内、つまり首都圏のエネルギーをまかなってきたのです。
大地震、津波そしてそれによって引き起こされた原子炉事故に見舞われた福島県民は無辜の被害者です。深く同情こそされてもなんら非難されるいわれはありません。そういう人々を迫害できるのは自分の身を相手に置き換えて心を感じ取る能力に欠けているからです。
次に挙げられるのは利己心です。他人はどうあっても自分さえよければよいという欲望が困っている人に手を差し伸べず、鞭打つ行為をなすのです。他人が野垂れ死のうがなんだろうが、自分だけが安全で長生きすればよいのです。
もう一つの要因は無知だと思います。これまで自分の生活と無縁と思っていた目に見えない放射能を全く理解していないために、過剰におびえているのです。この無知こそが今回の福島県民差別の最大要因ではないでしょうか。なぜならば、同じ被災者でも宮城県や岩手県民に対してはこういった迫害がないからです。
無知はこれまでにも数多くの人を殺し、傷つけてきました。中世の魔女狩りしかり、ハンセン氏病患者迫害しかりです。知らないものに対する恐怖からくる過剰防衛ほど残酷で罪深いものはありません。
知らないのだからしょうがない。ちゃんと分かるように教えてくれるべきだと言う方もいらっしゃるでしょう。それは甘えた発言です。現代の情報が溢れた時代、自ら得ようとして得られない知識はほとんどありません。知らなかったと言い訳する人は、実は知ろうとしない、知る努力をしないだけです。パチンコ必勝法を読み、FX取り引きで金儲けする知能と時間があったら、自分の生活の基盤を支えているエネルギーについて学ぶことはできるはずです。

Tちゃんは今頃どうしているでしょう。もし、今も元気で生きているとしたならば、今回の原発騒ぎに古傷をえぐられる思いなのではないでしょうか。無知こそ最大の罪です。

ダークエネルギー

東日本大震災による原子力発電所事故をきっかけにエネルギー問題が世界中の人の一大関心事になっています。そこで、今回は宇宙を支配する究極のエネルギーをご紹介します。
そのエネルギーをダークエネルギーと言います。ダークエネルギーとはオカルト用語ではなく、悪魔崇拝の宗教が崇める摩訶不思議なパワーでもありません。宇宙物理学で用いられる純粋な学術用語です。
私はダークと聞くとどうしても邪悪なイメージを抱いてしまいます。しかし、このエネルギーは邪悪どころか宇宙全体に満ち満ちて、宇宙のもっとも根本的なエネルギーであるらしいのです。
らしいというのは、このエネルギーは現在の科学では測定することが不可能だからです。目にも見えず測ることもできないのに、なぜダークエネルギーが宇宙の根本エネルギーだと言えるのでしょうか。それはダークエネルギーがなければ宇宙が今の姿でいられないからです。

古代ギリシャの哲学者デモクリトスはこの世のすべては原子(アトム)からできていると考えました。彼の哲学は18世紀の近代科学の発展とともに実証されてきました。しばらく前までは原子がすべての最小単位とされていた時代もありました。しかし、その後の物理学の飛躍的な発展によって、現在は原子が物質の最小構成単位ではなくクォークという12種類(アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトムとそれぞれの反クォーク)の素粒子のいくつかが組み合わさってできていることが分かっています。
陽子はアップクォーク2個とダウンクォーク1個、中性子はアップクォーク1個とダウンクォーク2個、k中間子はストレンジクォーク1個と反アップクォーク1個からできています。さらに、まだ見つかってはいませんがクォーク4個、5個の組み合わせからなる素粒子の存在も予想されています。
クォーク理論は宇宙の成り立ちを解明する画期的理論です。2008年、南部陽一郎、小林誠、益川敏英先生たちのノーベル賞受賞はこのクォーク理論の発展に対する寄与が評価されたものです。
それではクォークがこの宇宙を構成する最小単位かというとそうではありません。この宇宙はそれほど私たちに分かりやすくできてはいないのです。数千億個にも及ぶ恒星の集団である銀河の動きを観測すると銀河の中には目に見える(電磁波を発する)物質の5~10倍の物質が存在することが分かりました。今現在の測定技術では検出が不可能な物質であることから、この謎の物質はダークマタ―と名付けられました。
このダークマタ―はどうやらクォークの組み合わせでできる素粒子とは別物であるらしいのです。私たちの宇宙を作っている物質は実は派手やかにきらきら輝く星や私たちの身体をを形成している、目に見える物質よりも、目に見えない物質、ダークマタ―の方がはるかに多いのです。
だいぶ頭が混乱してきたと思いますが、これでギブアップされては困ります。実は目に見える物質と目に見えない物質を合わせても全宇宙のエネルギーの3割ほどしか説明できません。

宇宙は何もない真空(日常使う空気がないという意味ではなく、時間も空間も何もないという意味)からビッグバンを経て猛烈な勢いで膨張してできたという話を聞いたことがあると思います。
この膨張は現在も続いており、今でもあらゆる銀河はお互いにどんどん離れています。この先宇宙はどうなるのかということは物理学の主要な関心事です。これには3つのパターンが予測されます。一つは膨張のスピードが徐々にゆるくなってやがて、一定の大きさでとどまる。2つ目のパターンは膨張が止まり、今度は逆に収縮方向に動き出す。この予測の行きつく先は始まりに戻ります。つまり、ビッグクランチ(大収縮)を経て真空になるということです。最後の予測ではこの膨張がどこまでも続いてやがてすべての物質、素粒子がばらばらになってしまいます。
3つのシナリオのどれになるのかは宇宙全体にあるエネルギーの中で広がろうとするエネルギーと縮もうとするエネルギーのいずれが勝っているかという一点にかかっています。大方の学者は収縮に転じるか、または一定の大きさで静止状態に入るのではないかと考えていました。したがって遠く離れた銀河(昔の宇宙)の膨張速度は近くの銀河(最近の宇宙)の膨張速度より大きい。すなわち膨張はしているがその加速度は負であると考えていました。
ところが、実際に銀河の遠ざかっていく姿を詳細に観測すると予想に反して過去よりも現在の宇宙の方が膨張速度を速めていたのです。もっとも想像しにくかった第3のシナリオです。
ここで登場するのがアインシュタインの有名な公式E=mc2です。つまり質量とエネルギーは等価(形を変えて同じもの)だということです。宇宙を縮めようとする主要なエネルギーは重力です。ですから、宇宙全体の質量が十分にあれば、膨張はやがて収縮に転じるはずです。宇宙全体のすべての星以外にその5~10倍の目に見えない物質があることが分かったのですから宇宙には十分な収縮力があってよいはずです。
それなのに宇宙はさらに速度を増して膨張しています。この事実を説明するためには既存のエネルギーだけでは足りません。これまでに集まった観測結果を元に積算するとこの宇宙には重力に逆らって膨張させようとする未知のエネルギーが想像を絶する量で存在するはずなのです。これがダークエネルギーです。
先ほどの質量・エネルギー等価方程式を使ってこの宇宙の全エネルギーを表すとダークエネルギーが72%を占めます。ついで目に見えないダークマタ―が23%。私たちの身体や星を形作っている物質はたかだか%に過ぎないことが分かりました。
今、このダークエネルギーの本体を明らかにするために多くの科学者が躍起になっています。真空のエネルギーが最有力候補ですが、本当のところは皆目見当もつかないといった方がよいでしょう。
なんでも分かったつもりになっていてもそれはこの世のたった5%の世界における出来事に過ぎません。私は宇宙のことを考えると日常的な悩み事が小さく思えて、とても気が楽になります。皆さまも、なにかつらいことがあったら星空を眺めて遠く宇宙に思いをはせてみてはいかがでしょう。

災いを転じて福となす―節電―

東京電力管内の電力不足は暖かい春の訪れとともに一息ついた感があります。この間、未曾有の大停電を避けることができた最大の理由は、私たち国民が計画停電という緊急対策を従順に受け入れるだけではなく、多くの人が自らさらなる節電を心がけたことです。
一部に醜い買いだめ行動も見られましたが、多くの国民はこの国難に節度をもって臨みました。被災者たちに思いを寄せて、暴動を起こすことなく我慢の生活を絶える日本人の姿は諸外国のメディアによって称賛の言葉を添えて報じられました。
先日テレビの街頭インタビューでの回答では、「洋服を一枚多く来て暖房の設定温度を下げている」、「なるべく家族が一緒に一部屋で長く過ごすようにしている」、「使っていない電気製品はコンセントを抜いている」、「洗濯物を貯めて選択の回数を減らしている」、「早寝早起きの生活にして夜間の電気消費を減らしている」など様々でした。中には、「電気掃除機をしまって箒で掃除している」と、実にけなげな努力をしている方もいました。危機的な状況に対して一致団結してことに当たる、こういう国民性が、太平洋戦争時に米国を恐れさせたのでしょう。
さて、私たちの涙ぐましい節電にもかかわらず、今年の夏は大ピンチが想定されます。なぜならば、地球温暖化と言われている現象によって、近年の夏の気温は上昇の一途を辿っています。この夏もかなり暑くなりそうです。特にアスファルトで固められた都会では冷房なしには生命が危険に陥るほどです。畢竟、冷房のために莫大な電力消費が予測されます。
現時点での東京電力の試算によると、今年の夏が昨年と同じ程度の猛暑となった場合、各人がエアコンの設定温度を高めに設定したとしても、東電管内の電力消費は瞬間最大6000万キロワットに達します。ところが、福島第1および第2原子力発電所が運転を停止している現在、東電の現時点における電力供給能力は約4000万キロワットでしかありません。
原子力発電再開は絶望的です。そこで震災で被災した鹿島火力発電所の復旧を急ぎ、現在休止中の火力発電所を急いで稼働させ、タイや韓国から提供されたガスタービン発電機を回し、関西電力からの電力融通を受けたとしても6000万キロワットはおろか、5000万キロワットも危うい状況です。
電力確保を難しくしている1つの要因は、大井川を境として以東と以西とで電流の周波数が異なっていることです。東京電力、東北電力、北海道電力は50Hz、関西電力、中部電力などは60Hzとなっています。このために関西の余剰電力を関東に回そうとしても、ただ送電線を繋ぐだけではだめなのです。周波数変換装置によって50Hzに変換しなければなりません。この装置が一度に多量の電流を変換できないのだそうです。しかも、この設備の増設は火力発電所建設よりも時間がかかるときているので、とても今年の夏には間に合わないと言うのです。
どうしてこんな不便な電力事情になったのかというと、明治維新後、電気事業を興すにあたって、東京電力がドイツの発電機を導入し、関西電力はアメリカ製の発電機を導入したからだと聞きます。こんな小さな島国で使用電気の規格がが統一されていないとは何とも馬鹿げた話です。
しかし、明治政府の先見性のなさを避難していても今年の夏の電力不足の解決にはなりません。さらなる工夫をして今年の猛暑を生き延びなければなりません。
現在政府が考えている対策は、エアコン設定温度の引き上げ、企業の時間差操業、サマータイムの採用、強制的に電力所費を抑える電力使用制限令の発動まで、いろいろと考えられていますが、未だ決定打は見つかていないようです。
私からの提案は、大井川以西の60Hzの電気をそのまま関東に流すことです。私が幼いころの電気製品の隅には「50Hz用」、「60Hz用」と明記されていて、確かに東京で使っていた電気製品を関西に持っていって使えることができない場合がありました。
ところが、最近の家電製品で関西に引っ越したら使えなかったなどというものがあるでしょうか。私の知る限り身近な電気製品は日本中どこへ行っても使用できます。つまり最近の家電製品は50Hzの電気でも60Hzでも使えるものがほとんどです。ですから中部、関西電力からそのまま関東地方に送電して、特定地域の家庭用電力をまかなえばよいのです。当然電気料金は関西電力に直接支払います。東京電力はこれだけの不祥事を起こしているのですから、縄張り意識を捨て門戸開放するはずです。
ただ工場で使用する大型モーターなどは周波数が異なると正常に作動しないそうです。こういう工場が多い特定の工業地帯には周波数変換機を経由した分を回すのです。一部の大口に変換した西からの電力を、一般家庭には60Hzのままの余剰電力を割り当てれば、電力事情はかなり融通が聞くようになると思います。
さて、「人さまに偉そうに指図しておいてお前自身はいったい何をやっているんだ」と思われる方もいらっしゃると思いますので、我が家の節電の実態をご報告します。
まずはテレビの電源。これはリモコンではなく元スイッチで操作しています。これによって待機電力を使わなくなりました。以前はつけっぱなしにしていたパソコンの電源をこまめに切ることにしています。
冷蔵庫が沢山あったのですが、中身を大掃除して一つを破棄、もう一つは電源を切って単なるストッカーにしました。
クリニックにおいても使用しない部屋の電気は消しました。また、屋上の看板照明と入口近くの袖看板の照明を消しました。閉院間近の時刻に来院される方は、終わってしまったと勘違いされそうです。7時まではちゃんとやっておりますのでご心配なく。
今までも順次切り替えていたのですが、出来る限り照明をLEDないしは蛍光灯に切り替えています。本当はすべてLEDに切り替えたいのですが、LEDランプはまだとても高価です。低用量の照明はすでに取り替えていたのですが60W、100wクラスだと5000円近い値札を見てこれまではちゅうちょしてきました。しかし、今回の震災をきっかけに意を決して、先日購入してきました。
でも、チューブ状の蛍光灯に変わるLEDランプはなんと2万円もするのでさすがに手が出ません。家電メーカー、政府は一丸となってLEDランプの普及のために補助金を出してでも価格を下げるべきでしょう。
我が家で行っているもう少し大規模な節電は太陽光発電です。これは今回の騒ぎで取り付けたのではなく、すでに一年以上前から設置してあります。家庭用としては大面積のパネルを敷設したので、日中は6キロワットほどをまかなってくれています。日照時間が長くなる夏には東京電力からの送電をかなり節約できます。
太陽光発電は日中だけしか作動しません。夜間は今まで通り東京電力からの電気に頼っています。本当は都市ガスによる発電エネファームも設置したかったのですが初期費用が高いので断念しましたが、これから先の日本のエネルギー事情を考えると再考しなければならないと考えています。
当然のことながら、できる限り家族が一緒に過ごす時間を増やして個人の部屋の照明時間を削減するつもりです。

前回のコラムで、東日本大震災を機に私たちの生活様式や価値観を変えていく必要があると述べましたが、電力を節約するために家族が1部屋に集まって時を過ごすようになれば、これまでばらばらに壊れかけていた日本の「家族」の復活の第1歩となります。災いを転じて福をなすになればと考えています。

私の日本人としてのアイデンティティー

台頭する民族主義とか民族間の争いといった活字をよく目にします。普段は特に何の疑問も持たないで分かったつもりでいます。しかし、一言で「民族」と言っても、実は民族の定義はとても難しいのです。特に私たち日本人は長い期間、海で遮られた島国に住み、同じ肌の色で、同じ言語をしゃべり、宗教はなんでもござれと言う生活をしてきましたから、民族について深く考えてきませんでした。周囲にいる人が同じ民族か否かなどと考える必要がなかったからです。
実はあらためて、民族とは何かと問われると実際には答えることはとてもむずかしいのです。分かったつもりで使っている「民族」の定義自体が極めてあいまいで流動的だからなのです。
一番納得しやすいのが生物学的な特徴による区別でしょう。肌の色によって白色人種、黄色人種、黒色人種と分けられます。しかし、この3分類では民族とは言えません。
中華思想によって支えられている中国人(漢民族)は同じ黄色い肌をしてお尻にあざ(蒙古班)を持っていても朝鮮人や日本人を同じ民族だとは思いません。民族といった場合には肌の色に加えて、文化的背景が重要だからです。
文化的背景と言えば言語を思い浮かべます。確かに言語は民族を定義する大事な要素です。しかしながら同じ語族が同一民族かというとそうでもありません。たとえば、ロシア語を話そうが、英語を話そうが、インディッシュ語を話そうが、ユダヤ人はユダヤ人です。
それでは宗教によって分類できるかというとこれまた難しいのです。カソリック教徒であることが一致してもドイツ人とフランス人は同一民族ではありません。むしろお互いを軽蔑しあう仲です。さらには宗教なんでもありの日本では、もし信仰対象で民族を区別したとするならば、世界でもまれにみる多民族国家になってしまいます。
極端な例では、植民地時代の宗主国が統治のために、同じ言語、同じ宗教の人々を勝手に区分けした結果生まれた、ルワンダのツチ族とフツ族なんてとんでもない例さえあります。
このように民族とは一概に規定できるものではないのです。自分たちがどういう基準に重きを置いて互いに同胞と感じあえるかという主観的な区別なのかもしれません。つまり、民族によって、また個人によってもアイデンティティーのためのよりどころは異なるのです。

福島原発は依然として先行きが見えません。このため、東北南部、北関東はもちろんのこと東京、北海道からも外国人観光客の姿が消えました。放射線障害を恐れてのことです。観光客が来ないのは当然と言えますが、これまで首都圏で仕事をしていた外国人も続々と帰国しました。その動きは日本全体に広がっているようです。「日本が大好きだ。日本に骨をうずめたい。」と言っていた外国人がそそくさと荷物をまとめて帰っていくそうです。
外国人だけではありません。母国を見限って外国へ避難する日本人も現われています。私のところにも外国に住む日本人から、「日本は危ないからこちらに来ないか」と、ご親切なお誘いもきています。
現在のような異常な状況に対してどのような行動をとるべきかというテーマに正解はないでしょう。人それぞれの人生観にしたがって自分の歩む道を決めればよいのだと思います。
私は今後考え得る最悪の状態にならない限り、現在自分が住む街から離れるつもりはありません。その理由は、この街に私を必要とする人がいるからです。私は決して有能な人間ではありませんが、それでも私を必要とする人がいる限り、この場を離れて生きることはできません。
もう一つの理由は私の日本人としてのアイデンティティーのよりどころがこの日本列島の国土にあるからです。もちろん、日本語を話すということも日本人を意識する重要な要素です。しかし、東京に生まれ、東京に育ち、東京で家庭を持ち、東京で働く私にとって、この土地と四季豊かな風土こそが日本人としてのアイデンティティーの基盤になっているのです。
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