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クリニック西川

2012年1月

金の斧、鉄の斧

イソップの寓話に「金の斧」という話がある。皆さんよくご存じだと思うが、改めてあらすじを述べる。

あるきこりが川辺で木を切っていましたが、手を滑らせて斧を川に落としてしまいました。きこりが困り果てていると、そこにヘルメス神が現われて川から金の斧を拾ってきて、「お前が落としたのはこの金の斧か?」と尋ねました。きこりが「違います」と答えると、ヘルメスは次に銀の斧を拾ってきて、「それではこの銀の斧か?」と尋ねます。きこりはそれも違うと答えます。ヘルメス神が最後に鉄の斧を拾ってくると、きこりは「これが私の斧です」と答えました。ヘルメスはきこりの正直さに感心して、金、銀、鉄、すべての斧をきこりに与えました。
これを知った欲張りのきこりは、わざと斧を川に落として途方にくれたふりをしました。ヘルメスが前の時と同じように金の斧を持って現れると、欲張りきこりは「それが私の斧です」と答えました。ヘルメスは呆れて何も渡さずに去ってしまいました。おかげで欲張りきこりは金の斧どころかもともと自分が持っていた鉄の斧も失ってしまいました。

この話は無欲と正直を美徳とする寓話として解釈されていて、同じような話は日本の民話にも存在する。「瘤取り爺さん」、「舌切雀」などなど、多くの民話が欲張りを諫めている。見方を変えれば、それだけ昔から欲張りで嘘つきが多かったということだろう。
さて、この「金の斧」をよくよく考えてみると、このきこりが単なる無欲な正直者だとは思えない。むろん大嘘吐きの業突く張りだというわけではない。ただこのきこりが正直者であるというよりも、きこりという仕事に誇りを持った職人気質の男であり、物の本当の価値を知っていた人間であると評価する方が奥深い。
彼が金の斧や銀の斧を断ったのは、金や銀は値が張って、飾るにはよいかもしれないが、そんな柔らかい材料でできた斧は木を切り倒すという本来の目的には適さない、ということが大きな理由であったのではないだろうか。
値段の高低と有用性の高低とが無関係であることは、斧に限らずあらゆるものに言える自明の理である。ところが、すべてを金(通貨)の尺度でしか判断しなくなった現代では、そんな当たり前のことが分からない人(欲張りきこり)が増えている。

タレントが単に料理を食べて、「う~~~ん 美味しい」と言って見せるだけの何の意味もないグルメ番組を目にすることがある。そこで供される料理のほとんどは確かに不味くはないのだろうが、中には「この人たちは舌で食べているのか?」疑いたくなる料理もある。
たとえば、世界三大珍味のフォアグラとキャビアとトリュフをてんこ盛りにした丼物。確かに材料費からいって目玉が飛び出るような高価な一品かもしれないが、ごちゃまぜにされてしまったらそれぞれの風合いが失われてしまって美味しいはずがない。それなのに、画面の中のタレントはこう言う。「美味しい 最高です 究極の丼です」と。さらには、これを見て「わあ 美味しそう 私も食べてみたい」という視聴者が少なくないのだから困ったものだ。
こういった食べ物は食欲を満たすのではなく、金銭欲を満たす料理。本当の味覚が退化して金銭感覚だけが肥大した現代人にぴったりの一品なのかもしれない。
衣料装飾品もそうだ。もともと大型のトランク作りで定評のあるフランスブランドのスカーフを気取って身に纏ったり、馬具製造から始まって革製品に定評のあるブランドのセーターを得意げに着たり。本当の物の価値を知っている人が見たら吹き出すようなおしゃれ姿で得意顔。

スポーツの世界に「名選手必ずしも名監督ならず」という言葉がある。むろん、ある程度以上の技量が備わっていなければ人を指導することはできないが、人を指導、育成するにはプレイする能力とはまた質のちがう能力を要求される。ところが先の名言があるにもかかわらず、スポーツの技量が優れていると何でもできると錯覚する人が少なくない。
元スポーツ選手の国会議員が大量に排出される理由だ。ちょっとサッカーが上手かっただけで、「旅人」とか称してあちこちに顔出す勘違いまで出てくる始末。
こういった錯覚は一般の社会においても言える。売り上げナンバーワンの名営業マン=名課長ではないし、名部長=名社長でもない。逆に、課長時代にはさしてうだつのあがらなかった人が重役に就任したとたんに大活躍することも稀ではない。適材適所。営業に向いた人と、人や組織をマネージメントすることに向いた人がそれぞれいるのだ。
そもそも、多くの人のトータルの能力はそれほど差がないから、何かに優れていれば、何か欠点があると考える方がよい。それなのに、営業売上で好成績をあげると、自分はすべてにおいて他人より優れていると錯覚してしまう。周囲も同じように錯覚するから始末に悪い。質や特性を考慮しないで、何か一つの軸における優劣でしかものを判断できない日本人が多くなってしまったのではなかろうか。
人々から物を多面的に深く考える能力が衰えていった原因はなんだろう。それは事実をあるがままに捉えて、多面的、総合的に考える訓練をされなくなったことにある。

小学校に入る前から学力という、人間の能力のごく一部だけを取り上げて何年にもわたって競争させられる。学校でよい成績をとる能力は、それはそれで重要な能力かもしれない。しかし、その能力は人間の能力のごく一部であって、それがその人の能力のすべてではない。ところが今の教育ではそのほかの能力は見向きもされず、人の価値が偏差値という無味乾燥な数値に置き換えられてしまう。
テレビの普及も思考の単純化を大いに促進した。すべての出来事が良いか悪いか、偉いか偉くないかと単純化されて表現される。「水戸黄門」という化け物のようなロングヒット番組がその象徴であろう。登場人物は初めからも悪い人と良い人に色分けられて、見かけ通りの筋立てで話が進む。視聴者は安心して観ていられる。なぜ安心かといえば思考を放棄できるからだ。
ワイドショーは当然としても、嘆かわしいことに報道番組まで視聴者の思考放棄に一役買っている。一つの事件である人物が容疑者となると、その人物の表情や仕草が選別されて悪人らしいカットだけが映像化される。お茶の間では容疑者=悪い人、被害者=よい人という単純な図式に乗って話が出来上がってしまう。こうやって現実の世界が水戸黄門化されていくのだ。テレビが急速に普及した昭和50年代に大家荘一が発した、「一億総白痴化」という言葉はまさに現在の日本社会を正確に予言していたと言える。
この白痴化推進の大元を辿ると、日本社会のアメリカナイゼーション(グローバリゼーション)に行きあたる。新興国家アメリカは多民族、多宗教の入植者集団である。こういった集団を一つに纏めて社会を機能させるために、多くの要素を切り捨てて一つの軸だけに単純化し、定量的に評価せざるを得ないのだと思う。
単一民族で深い文化と高い教養を持っていた日本社会が、敗戦によって豊かな物資と引き換えに、この愚かなアメリカ型思考をとりいれてしまった。複雑な事象を評価する時、その他多くの要素に目をつむって、なんでも単純に一つの軸で定量的に判断する方がはるかに労力が要らないからだ。

今や物事を一面的、定量的にしか判断できなくなった日本人。学校では点数取りにあくせくし、会社に入っては営業収益という数字に追いまくられる。その結果、傍から見れば出世したと見えるのに、実際には自分に向かない仕事や職責を背負いこんで要らぬ苦労をする。そしてその苦労の割に成果が上がらず、自らも幸せ薄く、空しさだけが残る人生を送る人が後を絶たないのではないか。
多くの日本人が、金の斧欲しさに鉄の斧までも失ってしまった欲張りきこりになってしまった。

今一度自分の生き方を再考してみよう。見かけ倒しの金の斧ではなく、切れあじ鋭い鉄の斧の人生もいいもだと思うのだが。

1969年1月19日、日本人が方向転換した日

人生には大きな節目が何ヵ所かある。母親の胎内から外へ出て自身で呼吸を始める出生の時。2歩の足で歩き始める時。陰毛が生え、異性の存在にドキッとする思春期。種保存の役目を終える閉経。そして次世代にバトンを渡す死の時。
これらは生物学的な転換点だ。しかし、ヒトにはこの他に価値観、生き方を変える心理学的な転換点もある。刎頸の友や恩師との出会い、身近な人の死、信じていた者からの裏切りなど。
こういった個人的な出来事の他に民族としての精神性を大きく変える転換点もある。1867年11月9日の大政奉還、1945年8月15日の玉音放送などである。昨年の3月11日もまた我々日本人の生き方に大きな影響を与える転換記念日として将来語り続けられるであろう。3月11日のような広域災害ではなく、東京のほんの一画で起きた出来事ではあるが、私たち日本人の生き方を大きく転換した出来事がある。

43年前(1969年)の1月19日、全共闘によって封鎖されていた東大安田講堂が機動隊の猛攻によって陥落した。団塊の世代の成長とともに高まった学生運動は、この日を境に急速に退潮の一途を辿ることになる。
その後の日本の復興、発展の牽引車となり、今日本の社会保障費を食いつぶす厄介な存在として疎まれている団塊の世代はその日を迎えるまでの数年間、己の内に漲る力を実感して行動していた。
当時の彼らを突き動かした熱病のようなあのエネルギーは何だったのだろう。その根底は、ベトナム戦争が作りだす多くの犠牲者への同情。その犠牲の上に平和を謳歌し利を貪る体制に対する義憤であった。他人の痛みを己の痛みと感じ、その痛みを取り除くために行動することが正義で、寄らば大樹の陰と日和見することが軽蔑される風潮が築かれていった。加えて、自分たちの行動で世の中を変革できるという楽観的な希望もあった。
言い換えれば、多くの若者が「義を見てせざるは勇無きなり」と、侠客・義侠気取りで生きていたとも言える。彼らは大学の象徴である東大安田講堂を梁山泊に擬し、「命は鴻毛より軽し、命より名を惜しむ」との心意気で国家権力の象徴である機動隊に立ち向かった
がしかし、その結果は散々なものに終わった。期待が大きかっただけに落胆も大きかった。心底無力感を味わった彼らの多くは青春の一ページを見事に破り捨て、その後は反動的な生き方を選んだ。その人生哲学とは「君子危うきに近寄らず」。

他人の痛みから目をそらし、弱い者いじめを憚らない現在の嫌な風潮を生んだのは若かりし頃、弱者に涙し、社会正義の実現を声高に叫んだはずの彼らなのではないだろうか。
私を含めて、団塊の世代の諸君はあの日を記念日として忘れてはいけない。そして今一度若き日の志を思い出して欲しい。そうでなければ、本当に私たちはこれからの日本にとって単なる厄介者になってしまう。
生きるということは呼吸することではなく、行為することなのだから。

旋毛(つむじ)

愛猫と戯れていて突然疑問が湧いた。人間の子供の頭を撫でる時は後ろから前に「いいこ、いいこ」するのに、愛猫を愛でる時は前から後ろに撫でる。なぜだろう?
答えは簡単、毛の流れが人間は後から前なのに対して、猫では前から後だからだ。猫だけではない、犬も、兎も、鼠も、みな頭部の毛は後方への流れている。動物学者ではないので確実なことは言えないが、前に向かって毛が流れているのはおそらくヒト特有の現象ではないだろうか。
それではどうしてヒトの髪の毛が前に流れているのかというと、頭頂部と後頭部の境付近、解剖学的に小泉門と呼ばれる辺りに旋毛があるからである。この旋毛を中心にそれより前は前方に、それより後ろは後方に毛が流れる。
ところで、旋毛はヒト以外ではどこにあって、何のためにあるのか。少なくとも猫でははっきりと旋毛といえるような物は見当たらない。だが眉間の辺りで毛の流れの方向が変わる。旋毛に類する場所と言える。
旋毛の存在理由を推理する時、この場所がヒントになるだろう。雨の中を前方に向かって走っている時、視界を十分に確保するためには、毛の流れが目を中心として後方へ流れていた方がよい。雨滴が毛の流れに沿って目の周囲から後方へと移動しやすいからである。逆に毛の流れが目の方向に向かっていたならば、雨滴が眼窩へと溜まってきて見にくくなってしまう。雨だけではない。埃の類に対しても同じことが言える。
ヒトは他の動物と違って直立しているから毛の流れにも違いがあって当然と考える人がいるかもしれない。がしかし、直立歩行の際にも、雨や埃から視界を確保するという観点からは眼窩を中心にして毛が後方に流れているほうが有利だ。毛が前に向かって生えているがために、目の前を雨がだらだらと垂れ落ちてとても見にくい。雨の中でサッカーやラグビーなどのスポーツをやったことのある方ならば必ずこういった経験をお持ちのはずだ。
だいたい、毛が伸びると顔の前面に垂れてきて、毛自体が視界を奪ってしまう。私たちは美容上の理由以前に、生存にとってもっとも重要な視覚をより有効にするために散髪をかかすことができない。こう考えると、私たちの毛の生え方は生物学的にはかなり異例の進化と言える。
こういった不利にもかかわらず、なぜヒトの旋毛はこれほど後ろにあるのだろうか。あくまで私の想像だが、旋毛の移動は合目的的な変化ではないのだと思う。ヒトは前頭葉を中心として大脳皮質が異様に大きくなった。これに伴って頭蓋骨の前半分が大きく引き伸ばされたために、旋毛も否応なく後ろに退かされたのではなかろうか。
大自然の中で獲物を追って狩りをしたり、外敵からの攻撃を逃れるために視力は必要不可欠な機能である。我々はその重要な視界の確保を犠牲にしても大脳皮質の肥大を選択したということになる。その結果、外観も動物としてはかなり風変りな異端児となった。
そもそも、毛が頭部、陰部、腋窩部など数か所を残して大部分が抜け落ちてしまっている。私たちは見慣れているから自分たちの姿に違和感を覚えない。さらに種保存の本能に支配されて、この特異な姿をむしろ美しいと感じる。しかし、改めてヒトの裸体を眺めてみるとはげちょろけで、相当不格好な生き物のように思う。もし宇宙人が地球上の生物を観察したとしたら、頭のてっぺんと生殖器付近にだけもじゃもじゃをつけたヒトの異容ぶりに、不気味がるのではないだろうか。
この禿げっぷりも摩訶不思議である。ヒト以外の類人猿は顔面、手掌、足底以外は毛で覆われている。進化の過程のいつごろに他の部分が脱毛したのだろう。また、なぜ頭部と陰部だけは毛が残っているのだろう。疑問は尽きない。
猫を撫でながら、つらつらと愚にも付かないことに頭を巡らしていた。それにしても、やはり毛は後の方に撫でる方が自然である。

タキオン発見―タイムマシンは実現するか?

昨年9月に国際研究グループ「OPERA」が発表した「光より速いニュートリノ*1を発見した」という実験結果は世界中に大きな反響を呼んだ。なぜならば、もしこの実験結果が正しければ、現代物理学の根底であるアインシュタインの相対性理論を覆すことになるからだ。
この百年近く、宇宙の真理の一つとされて、アポロ11号月面着陸やハヤブサ帰還を成功へと導いた相対性理論を否定するとなると、森羅万象のありようをもう一度根底から見直さなければならない。それほどの衝撃的ニュースであった。
この実験の概要は次のようなものだ。スイス、ジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機関(CERN)から約730km離れたイタリア中央部のグランサッソー地下研究所へミュー型ニュートリノを地中を通して飛ばした。光はこの距離を0.0024秒で到達するが、OPERAグループの観察ではニュートリノが光より一億分の6秒はやく到達したという。
もしこの実験結果が正しければ、ニュートリノの速度は、特殊相対性理論の柱の一つである光速不変原理によって、質量をもつ物が絶対に超えられないとする真空中の光速度29万9792.5km/秒を凌ぐ29万9799.9km/秒であることになる。
光速不変原理では質量をもつものはその速度が光速に近付くにつれて時間の進み方が遅くなって、光速度に達すると時間の流れは止まってしまう。さらに光速度を超えた速さで進むということは時間の流れが逆になってしまい、過去に遡ってしまうことになる。
と言うことは、今回の実験がもし正しいとして、この現象をニュートリノの視点で見ると、ジュネーブを出発するより前にイタリアに到着していたことになる。つまりニュートリノは過去への旅をしたことになる。長年SFファンが待ち続けたタイムマシンの実現と言える。
世界中のSFファンが色めき立っているが、多くの物理学者はこの実験結果に対して一斉に疑問の声を発している。ニュートリノの発生方法、地球の自転の影響、距離測定に利用したGPSの時計の正確度などなど、未だ超光速ニュートリノの存在を確定するには問題が多すぎると言うのだ。
物理学者たちがこの結果に懐疑的になるのも無理はない。もし、相対性理論を否定されたならば、自分たちが営々と積み上げてきた既存の物理体系を根底から書き直さなければならないからだ。100年前アインシュタインが相対性理論を発表した時にも既成の物理学者は、時間や空間が縮んだり伸びたりする世界を到底理解できず、一斉に否定したのだ。新しい発見とは容易には受け入れられないのが常である。
かく言う私も今回の報告には懐疑的である。私は物理の専門家ではないので学術的な根拠があって否定するのではない。光の速度との差があまりにも小さいので、直感的に測定誤差なのではないかと考える。もしニュートリノが本当に物理の世界を描き直す幻のタキオン*2であるのならば、もっと大差で光を追い越してほしいと考えるからだ。
厳しい検証に耐えて、今回の測定結果が正しいとしても、直ちに相対性原理を捨て去らなくてもよいと言う学者もいる。その理由は、もし私たちの世界が縦、横、高さ、時間の4次元で構成されているのではなく、5次元以上の次元で構成されているとすれば、余剰次元を近道して見かけ上、光よりも速く到達したにすぎないかもしれないと言うのだ。他の逃げ道もあるそうだ。それは、ニュートリノの質量が虚数であれば今回の測定結果は相対性原理と矛盾しないと言うものだ。しかし、二乗するとマイナスになる数、虚の質量なんてもう、凡人の想像の範囲を超えてしまう。
いずれにせよ、ニュートリノが光速を超えるのか否かについての結論は、今後まだしばらく時間を要すると思われる。
ところで、ニュートリノがいくら光よりも速く飛んだとしても、私たちを乗せて未来と過去を好きなように行き来できるタイムマシンの完成にはほど遠い。なぜならば、私たちの身体はニュートリノよりもずっと大きな質量を持つ素粒子で構成されている。したがって、ニュートリノを推力とするロケットを作っただけでは私たちの身体は光速を超えて飛ぶことができないからだ。
矛盾する話だが、今もしタイムマシンがあったならば今回のニュートリノ騒動について是非ともアインシュタインにコメントしてもらいたいものだ。
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*1:ニュートリノ:物質を構成する最小の粒子である素粒子の一つ。電荷を持たないために殆どの物質をすり抜けてしまうので検出が大変難しい。しかし、実際にはこの宇宙はニュートリノで満たされていると考えられるようになった。従来は質量を持たないと考えられていたが故戸塚洋二東京大学特別栄誉教授らの観測で微小ではあるが質量を持っていることが判明した。電子型、ミュー型、タウ型がある。
*2:ギリシャ語のταχσζ「速い」から名付けられた超光速で動くと仮定された仮想粒子。その存在は物理学では否定的だがSFの世界では良く使われる。

一年の計

あけましておめでとうございます。しかし、今年の「おめでとう」は大きな声で言うことが憚られる。
昨年3月11日14時46分18秒、宮城県牡鹿半島南東沖130kmの海底を震源とした東北地方太平洋沖地震はその一撃と派生して起こった大津波によって東北関東広範囲に壊滅的な被害を与えた。
地震もさることながら、数十分後に北海道から千葉にかけての海岸線一帯を襲った大津波の威力は想像を絶するものであった。場所によっては高さが40mを超え、海岸線から数キロの地点にまで侵入。地震と津波による死者・行方不明者は2万人に達した。さらに、その津波によって東京電力福島第一原子力発電所がメルトダウンを起こし、周辺地域からの避難者は十数万人に達している。この放射能汚染の解決までに後何十年かかるのかさえ不明の状態が続いている。
今年はこの大震災、それに引き続く原子炉事故によって数10万に上る人々が我が家で正月を迎えることができていない。その人たちも去年の今頃は各家庭で新年を寿ぎ、一年の計を立て、佳き年であらんことを祈ったに違いない。その僅か2ヶ月後にその祈りがこれほどむなしいものとなると誰が想像しただろうか。

地球はこれまでも破壊と創造を繰り返して今の姿にある。ある地球物理学者によれば、地球はここ数百年が異様に静かすぎたのであって、スマトラ沖から東日本大地震へと続く、今の状態がむしろ当たり前の姿なのだそうだ。
エベレスト山の頂上も昔は海底であったことを考えれば納得できる。だが、普段我々はたかだか7,80年の一生の尺度でしか物を考えられない。エベレスト山にある貝殻のことを考えながら家を建てたりはしない。だから、地球のごく日常的な営みがしばしば人間にとって想定外の大惨事を引き起こすことになる。
破壊と創造の繰り返しと言うが、破壊は自然の一撃にしろ、人の愚かな戦争にしろ、一瞬で成立する。しかし、創造は長い年月を必要とする。台風で倒された木一本でも、その高さまで成長するのには少なくとも数十年を要するのだ。
さらに私たちの平穏な生活という視点に立つと再生や創造には自然の力だけでなく自分たちの不休の努力を必要とする。その努力とは人の一生の尺度の努力だけではなく、地球的な尺度も考慮しておかなければならない。
とは言っても何万年も先のことを考えて行動することは無理だろう。しかし、少なくとも孫子の代の生活を念頭に置いた計画を立てなければならないことを今回の震災で学んだはずだ。
ところが今の人間社会の営みはどうだろう。地球的尺度の再生、創造どころか、目先の利己心を満たすために子供世代の生活さえ脅かしている。いや、十年先の己の首さえ絞めている。何も生産せずに、ただ一日先の為替差益で富を得ようとする経済システム。破滅しか待ち受けていないのに止むことのない狭量な宗教対立。廃棄物質の最終解決法も持たないうちに行っている核分裂反応利用。次の選挙のことしか考えない政治。生涯獲得所得のことしか頭にない官僚。
今の私たちの行動は再生、創造の一助どころか、自然の再生力を阻んでいる。今回の震災で一番の災いが、人間が作り出した原子炉であったことが何よりの証拠である。

自然の脅威はどんなに科学が発達しても畏れ、祈るしかない。しかし、己の生き方、社会の仕組みを変えるのは我々自身でしかあり、我々がなさなければならない責務である。
まずは強欲な搾取根性を捨て去り、人生目標を継続可能な慎ましい幸せに変えよう。目先の不自由を偲んで思い切った変革をしよう。既存の硬直した社会システムを変革するためには多大な自己犠牲を強いられるだろう。またこの1年で達成できるとは思わない。しかし、今私たちがchangeしなければ、未来はない。
数年先の正月に、声高らかに「あけましておめでとうございます」と言えるように今年を変革の一年目として頑張ろうではないか。
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